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30話 きゃっきゃっ


 永禄元年(1558年)8月下旬 尾張 丹羽郡 浮野村 近郊



「そこの怪しい集団、動くな!」



 さっきから一歩も動いてませんがな。



「姫様、ここは拙者にお任せ下さい」


「ん、頼んだ」



 ここで最初に小娘である私が出て行く必要も無いですしね。大将は出しゃばらずに、どっしりと構えていれば良いのですから。部下の仕事を奪う事なかれともいいますけれども。



「さっきから戦を見物していたようだが、貴様らは何者だ!」



 何者かと言われても、この旅装束の姿形を見て旅人と理解できないのでしょうか?



「私たちは杵築大社の勧進の為に、出雲から出て諸国を旅している者です」


「出雲だと? 斎藤か今川の間者ではあるまいの?」



 間者が、こんなに大勢で移動しているとでも思っているのですかね? もしかして、この誰何してきた男はバカなんでしょうか? 筋骨隆々ですから、脳味噌の代わりに筋肉が詰まっている可能性も否定できませんね。



「滅相もございません。それで、熱田神宮に参拝する途中でこの戦に出会ってしまい、巻き込まれない為にも足止めをしていた所です」


「それは迷惑を掛けてしまったようだな。だが、なにか身分を証明出来る物を提示してもらおうか」



 あ、一応は身元の確認をするんですね。でも、この場合には一般庶民はどうするんでしょうかね? 身元を保証するモノなんて持ち歩いているとは思えないのだけれど。



「それでは、こちらをご覧下さい」


「うむ…… 亀甲に剣花菱の印? それに、平四つ目結!?」



 印。つまり、判子、印鑑ですね。尼子の支配領域では、いちいち花押を書く必要がない重要度の低い書類と書状には、判子を使用しているのです。印鑑の始まりは相模の北条家と言われていますが、本格的に普及したのは江戸時代に入ってからのはずです。

 徳川家康が関東に転封になって、北条家臣団を配下に組み込んでから普及し始めた気がしましたね。北条家は統治システムが優れていましたので、徳川幕府にそのまま引き継がれたシステムも多かったみたいです。印鑑もその一つですね。


 私も北条早雲なのか氏康なのか知りませんけど、それを真似して郡代の時に判子を作ったのです。いやー、ペタペタ押すだけの判子って便利ですよね! 書類の山が片付くのが早いのなんの!

 それで、私が判子を押した書状を見た人たちも便利そうだと真似し始めて、徐々に出雲中で判子が使われるようになったという訳なのです。



「杵築大社発行の手形と、出雲守護の尼子修理大夫様の許可証でございます」


「奇遇ですな。某も佐々木源氏の傍流の出でしてな。いやはや、尾張で四つ目結の家紋を見れるとは。我が家でも十数年前までは四つ目結を家紋にしていたのでな」



 まあ、佐々木源氏も子孫は大勢いますからね。というか、私たち一行が佐々木源氏に縁があると分かったとたんに、筋肉ダルマが嬉しそうにニヤついて気持ち悪いんですけど。



「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」


「うむ、佐々。某は佐々内蔵助と申す」


「ぶほっ!」



 佐々内蔵助…… この筋肉ダルマが佐々成政かよ! あー、うん。歴史上想像しているイメージにぴったり当て嵌まるかも知れませんね。肖像画って馬鹿にできませんね。まあ、一流の絵師に描かせているのだから、似ていて当然といえば当然でしたか。



「おひいさま大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。ちょっと咽ただけだから」


「おひいさま……?」



 あ、やべっ! まあ、信長とは利害関係は無いから、私の身分がバレても問題はなさそうではありますが。



「内蔵助、如何したぎゃ? その連中は何者だぎゃ?」


「殿! この連中は出雲の杵築大社の保護を受けている者たちで、熱田参りに行く途中だとか」


「そうきゃ、旅芸人の一座きゃ。おみゃーさんら我の勝ち戦を祝おうて、なんぞ舞ってはくれにゃーだか?」



 うわー! なに、この名古屋弁なのか尾張言葉なのか知らないけど、にゃーにゃーみゃーみゃー猫丸出しの言葉は! まあ、私も一応は似た言葉を喋れはしますけど。でも、さすがにここまで、にゃーにゃーみゃーみゃー言わんかったがね!

 コイツわざと喋ってるんじゃにゃーか?


 といいますか、内蔵助はコイツの事を殿って言ったよな? それで、神経質そうな細面に切れ長の目……

 私は、いま、どんな顔をしているのだろうか? 日本の歴史上で恐らく一番有名な人物を目の前にして、緊張した面持ちになっていないかな?



「我は尾張守護代、織田上総介である」



 そう、織田信長に出会ってしまったのですから……






「遊びをせんとや生れけむ~ 戯れせんとや生れけん~ 遊ぶ子供の声きけば~ 我が身さえこそ動がるれ~ ~思へばこの世は~ 常の住み家にあらず~ ……

…… ~月に先立つて有為の雲にかくれり~ 人間五十年~ 下天の内をくらぶれば~ 夢幻のごとくなり~ 一度生を得て滅せぬ者のあるべきか~」



 インテリヤクザの親分である信長さんに対してのリップサービスです。本当は会津磐梯山でも歌ってやりたかった所だけど、あいにく私が歌詞を正確には覚えていなかったので諦めました。



「きゃっきゃっきゃっ! 梁塵秘抄の歌と敦盛が繋がっちょるがや! 我には考えもつかん発想だがね」


「お恥ずかしい限りですが、芸とは見ている人を楽しませてなんぼですから」


「そうだぎゃ! 型に嵌まった伝統もそれはそれで良いが、型を破らにゃーと新しきモノは生まれてはこにゃーがね! うむうむ、良いモノを見させてもらった礼を取らすだぎゃ! 出雲の旅の一座に銭10貫文をつかわす!」


「ははっ! ありがたき幸せにございまする」



 うむ、前世でのフィギュアスケートの選手になんとなく似ていますね。でも、あの人って血が繋がっているかどうかは眉唾みたいとことを聞きましたね。それでも、似ているのは不思議な気もしますね。醤油顔ってヤツなのかな?

 しかし、信長の声が甲高かったのは本当だったんだね。きゃっ、にゃー、みゃー、なんて頭にキーンと来そうだもん。この声で怒鳴られでもしたら耳から血が出そうだよ。


 ちなみに、信長と受け答えしているのは旅の一座の座長さんです。まあ、鉢屋衆の間諜の一人でもあるのですけどね。



「と、殿……」


「なんだぎゃ?」


「ここは戦場にて、10貫も持ち歩いてはおりませぬぞ」



 まあ、そうだろうね。銭で10貫文なんて40kg近くの重さになるのだから、こんな清州から近場でやる戦には邪魔なだけだよね。近場だから小荷駄も連れて来てなさそうだし。でも、即決の恩賞用に金銀は持ち歩いているのが上の者の勤めのはずなのです。



「にゃにー!? 金か銀でいーでにゃーか! たーけか! おみゃーも槍だけでにゃーと、ちいとばかし頭を使わんといかんがね!」


「ははっ! 殿の仰せごもっともでございまする」



 うん、やっぱり筋肉ダルマの脳味噌は筋肉で出来ていたみたいでしたね。それよりも、もうこの時代から既に信長はワンマン社長だったのね。まあ、戦国大名なんてみんな似たようなモノなのかも知れませんけれども。

 でも、織田家は社長がワンマンな上に超が付くブラック企業のはずなんだよね。私だったら部下を酷使しすぎる織田家は、絶対に働きたくない会社ですね! おまけに、リクエストする社長の口数が少ない上に言葉が単語のみで不明瞭ときたもんだ。


 もしかしなくても、信長って会話のキャッチボールが出来ない人間なんじゃないの? これって完全にアスペルガーですよね? まあ、その点では私もかなり危うい部類に入る気がしますが……

 社長のリクエストを先回りして熟して、更にプラスアルファの結果を出せだと? なんという俺様超絶ブラック企業。なんという封建制度の絶対君主。


 なめとんかーーーっ!!


 秀吉や明智光秀や丹羽長秀とか滝川一益とかって、エスパー並の予知能力でもあったんですかね? 光秀はたまにポカやらかして折檻を受けてたみたいですけど。柴田勝家は、この4人には及ばないだろうね。当然ながら筋肉ダルマも。


 しかし、まだ後世に伝わっているような口数が少ないイメージとは違うんだね。信長って、『であるか』これしか言わないイメージがあったんだけれど、あれは威厳を出す為のキャラクター作りだったのかな? 付け髭伝説もあるくらいだしね。



「では、改めて、出雲の旅の一座に銭10貫文分の銀をつかわす!」


「ははっ! ありがたき幸せにございまする」



 仕切り直しをするのが神経質な信長っぽいですよね。


 それで、銭10貫文分の銀というのは、だいたい100~110匁くらいの重さの銀でしょうかね? 1匁は3.75gです。1貫は3.75kgなんですけど、銅銭1枚は3.75gにはならないのです。

 1g未満なんて、この時代では多少のバラつきが出るのは当たり前なのです。擦り減ったりもしますしね。でも、一応はちゃんと計算されて銅銭は作られてはいるのです。


 銀を銅銭の価値に置き換えると、同じ重さの場合には約100倍の価値があるのです。金はそこから更に約40倍です。でも、この時代では銀の価値が高いので、実際には金と銀の差は縮まるのですが。

 つまり、銀で金を買って貯め込んでおけば、後の世ではウハウハな大金持ちに成れるという訳であります! でも、年率に換算しなおすと…… 地道に経済活動をしていた方が、儲かる気がしないでもないですがね!



「それで、貴様ら旅芸人一座が何故、種子島などという物騒な高い玩具を持ち歩いているのか聞かせてもらおうか」



 バレてやんの。まあ、火縄の臭いしますもんね。ここに至っては、私が出ないと言い訳できないよね。というより、アンタ普通に喋れるじゃないのよ! いままでのは全部演技だったのかよ!



「それは私を守る為よ。織田上総介殿」



毎日更新が途切れそうです

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