22話 玉姫と小早川隆景2
「吉田郡山から宍戸、吉川、小早川を従えて安芸一国へ。それから備後を押さえて二ヶ国に成長したわね。厳島で陶を破り周防へと侵入して大内を滅ぼして長門も併呑。石見も益田を降して過半を確保。備中の三村も実質的には従属、と。
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
「姫様は、なにが言いたいのですかな?」
「他意はありません。毛利殿は我が世の春で羨ましいと、正直にそう思っただけですよ」
「某には嫌味にしか聞こえないのですが……」
まあ、実際に嫌味を言っているのですけどね。
「あら? 嫌味に聞こえるだなんて、毛利は後ろめたい方法で他国を掠め取ったのかしら?」
「そんな事はござらん! それを言うなら尼子も主家であった京極家を出雲から追い出してござろう!」
そんなに怒っていたら血圧が上がっちゃいますよー。ただでさえ、この時代の人々は塩分を過剰摂取しているのですから、そんなに興奮すると早死にしちゃうぞ。
「ええ、そうね。小早川殿の言う通りだわ。目糞鼻糞を笑うですもの」
「分かっているなら、毛利のやり方を尼子に文句を言われる筋合いはござらん!」
それにしても、小早川隆景ってもっと冷静沈着な人物だと思っていたのに、少し想像と違いましたね。吉川元春と言われた方がしっくりくるかも。でも、それを言ったら吉川元春に失礼ですよね。
「べつに文句は言ってないわよ。事実を述べただけですから。それに、尼子は備後と備中の守護を大樹より拝命していますので、その尼子を邪険に扱うのは大樹と幕府を、延いては大樹を任命する朝廷すらも蔑ろにしている。
私は、そう思うのですけれども、それにつきまして小早川殿は、如何お思いですか?」
「それは、尼子が備中と備後の統治が出来ていないから、毛利が代わりに統治しているにすぎません」
うむうむ、モノは言いようというヤツですよね。分かりますよ。私も言い訳と誤魔化しと屁理屈を捏ねるのは得意な方でしたからね! これは、人間としての防衛本能なのであります。
けして、屁理屈なんかではないのです。断じてないのであります。ないったらない!
「あら? それでは、尼子が返却を求めたのならば、毛利は返してくれるのですね! ちゃんと筋目は通すだなんて、さすがは勤王の家と褒めたたえられる毛利ですこと。玉は感激いたしましたわ!」
「い、いや、某は、そこまでは言ってはござらん……」
「小早川殿は私を騙したのですか? 巫女である私を謀るということは、大社を謀るということ。延いては天照大神をも謀り、その系譜である朝廷すらも謀っているということですね! 勤王の家というのは嘘だったんですね!」
「い、いや、それは話が飛躍しすぎていると思うのですが……」
オーバーなリアクションで、台詞の最後には胸の前で両手を組み、潤んだ瞳で相手の顔を見上げるようにして、相手に訴えかけるのです。うむ、ブラボー! 完璧! 女優玉ちゃんの面目躍如というところですね!
うん、我ながらアホなことをしているという自覚はあるのです。が、甚だ遺憾ながらも、これも必要な演技なのであります。
けして、揚げ足を取るのが好きとか、重箱の隅を楊枝でほじくるのが好きだとかでは、ありませんのであしからず。違いますからね? ただ、ツンツンつつくのが好きなだけなのですから。この違いは大きいのであります。
「まあ、半分は冗談なのですけれどね」
「またまた、姫様の冗談は厳しいですな」
「だがしかし! 誰がなんと言おうとも、お天道様の道理はこれが本筋なのは確かなことなのよ。それで、まだ毛利の申し開きを聞いてないわね? 尼子としては本当に返して頂けたら嬉しいですのよ?」
万が一に本当に返して貰えたとしても、私的には困るんですけどね。あー、でも、備後庄原は欲しいかな? 瀬戸内側は出雲からでは遠いから、私には、いらん。
まあ、毛利が備中備後を尼子に返す訳はないと思いますがね。
「無理を通せば道理が引っ込むとも申しますな」
「道理に向かう刃なしとも言うわよ」
「むぅ……」
ふっ、勝った。
「それにさ、山陽と山陰の6ヶ国を斬り従えるのに一体どれくらいの血が流れたのかしら?」
「それは、やむにやまれぬ仕儀にて」
「はぁ!? それ本気で言ってるの? 罪もない女子供まで殺すのが、やむにやまれぬ仕儀なんだ。ふーん…… 毛利功成りて万民の骨枯れるね」
この時代の戦は基本的には、なんでもありなのです。田畑は刈られ、女は見境なく犯されますし、気に入られたら男も犯されます。気に入らなかったり反抗すれば殺されます。生き残っても捕まって奴隷として売り払われるのです。
ヒャッハー! これが好きな人には、とても素敵な世の中ですよね。力こそが正義なのですから。上杉謙信なんて関東まで食料強奪と人狩りの為に出稼ぎに行ってたぐらいですしね。『義』ですって!
まあ、それだけ自領だけでは兵士を養えないぐらい貧しい土地だったのでしょうが。けどさ、私に言わせたら力の使い方をもう少し考えて自重しろと言いたいですね。そのリソースを開墾に振り分けれなかったのかな?
出雲や尼子領では現在進行形で新田開発やその他諸々の開発をして、数年前に比べて確実に豊かになってきているのにね。
ああっ、素晴らしきかな末法の世!
私にはクソくらえな世の中ですが。
「つっ!? ……小の虫を殺して大の虫を生かす事は、致し方なき事かと……」
「そこまで言うのならば、毛利には死んでいった民たちへの責任があるのは、当然の如く理解しているわよね?」
「残された民を幸せにする義務ですな」
「そうね。その問いに、毛利はどう答えるのかしら? 佐摩の銀山を巡って、尼子と毛利どちらかが滅ぶまで未来永劫に戦うつもりなの?」
相手を滅ぼす、自分が滅ぼされる覚悟はあるか!
私には無い!
意地汚く生き抜いてやんよ!
「いや、さすがにそこまでは……」
「残された民を戦場に駆り出して磨り潰してまで、そこまでして得る価値が本当に銀山にはあるのかしら?」
「銀があると物が買え申す」
「まあ、確かにその通りね。でも、銀では腹は膨れないわ」
「ですから、銀で米が買え申す」
「そうね。銀で米が買えるから、間接的には腹は膨れるわね。でも、飢饉になった時には? いくら銀を積んでも、米は売ってもらえないかも知れないわよ? みんな飢えたくはないでしょうしね」
でも、飢餓輸出なんて素敵な言葉もあったりするんですよね。『民は大御宝』という金言があるのに、この時代の為政者はみんな忘れてしまったみたいですね。
「そうなれば、止もう得ませんが敵国から奪うしかありますまい」
「だから、いつまで経っても戦乱が終わらないのよ」
まあ、自国の民を飢えさせる訳にはいかないのは理解できるけどさぁ。それに、この時代って日の本六十余州なんていっても、同じ日本人という意識はほとんどないんだよね。他国の民は同胞ですらないのです。
だから、余計に戦乱が終わらずに長引いている訳か。納得しました。
「それは確かに、姫様が言われる通りですが」
「他領に侵略して乱暴狼藉して田畑を刈り取る。武士の集団は山賊となんら変わりはないじゃないのよ。まるでイナゴの群れね」
「武士を山賊やイナゴと同列などとは無礼千万ですぞ!」
「姫様、某も小早川殿に同意ですぞ。その言い方は、あまりにも酷すぎますぞ」
おろ? 多胡爺まで参戦して来ちゃいましたか。なにこの呉越同舟タッグは? 武士って無駄にプライドが高いから厄介なんだよね。最低限のプライド以外の、残りのプライドなんて犬にでも食わせてしまえば、柔らか頭になるのに。
朝倉宗滴も『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』なんて言ってましたしね。
あ、でもこれってダメじゃん! 勝つ為には犬畜生の行いを肯定しているのですから、山賊ヒャッハー! バッチこい! ということだよね? うん、宗滴公のこの言葉は、お蔵入りにしましょうかね。
「多胡爺は黙ってて! 女は犯すわ殺すわ捕まえて奴隷にするわで、やっている事は山賊と一緒じゃないの。ううん、規模が大きい分、山賊よりも性質が悪いわね」
「また、山賊などと!」
「徳寿も黙りゃ! 少しは人の話を黙って聞く!」
「はひっ!」
うん、背筋がシャキッとなって大変結構なことですね。




