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17話 築城? 【地図1】


 弘治2年(1556年)5月 出雲 月山富田城



「粕淵に城を築けだと!?」


「はい。ちょうど江川(江の川)が急激に折れ曲がって南へと向きを変える場所です。そこに城を築きますと、都賀方面からの蓋になります」


「だがしかし、あの辺りは追放した佐波の奴らが戻ってきて、コソコソとちょっかいを出してくる場所だぞ?」


「ですから、余計に粕渕に城が必要なのです。鉢屋衆の調べで父上もご存知だと思いますが、既に粕渕と目と鼻の先の浜原に佐波が砦を築こうとしている兆候があります」



 佐波氏が築こうとしている砦は、恐らく史実でいうところの八幡城なのだと思います。佐波氏に対抗して尼子も城を築かなければならないのだ。粕渕に城が在るのと無いのでは、今後の戦略にも影響を及ぼすのですから。

 この場所は、石見東部での対毛利防衛における最前線になる予定なのだから。



挿絵(By みてみん)



「うむ、その報告は聞いておる」


「粕渕に城を築けば、そこから先へ繋がる三瓶方面でも忍原方面でも」


「敵が侵入し辛くなるということか」


「はい。粕渕は石東を守る上で重要な場所です」



 粕渕の地形は、南側に江の川が流れていて山が北側に伸びていて完全に蓋をしているのです。ですので、毛利が粕渕より先に進もうとするならば、築いた城を落とすか、粕渕を無視して大きく迂回するしか方法はなくなるのです。

 こんなにも立地条件が揃っているのに、いままで城が築かれていなかったのが不思議なくらいですね。



「なるほどのぉ」


「それに、粕渕は知井宮からですと、佐田から佐津目へと抜けて女三瓶の横を通れば、波根と忍原を通って行くよりも3里ほど近くなります」



 所謂、斜めにショートカットという訳です。知井宮から粕渕までは、山の中を通る女三瓶経由だと9里で日本海沿いを通って大田から忍原経由だと12里だ。たかだか、3里というなかれ。到着が半日違えば、戦場に間に合う可能性も上がるのですから。



「なんと! それは真か!?」



 そっか、父上には大雑把な地理関係しか頭の中に入ってないから、ショートカットする概念がなかったのか。



「はい。知井宮から女三瓶を通る道中には小さな山越えはあっても、それほど険しい山越えはありませんし、神戸川を三瓶の山の方へと遡って行けばよいと、猿田毘古神が教えてくれました」



 この時代でも、猿田彦は道案内と旅の道中の安全を守る神様なのです。まあ、当たり前ですよね。昔からの言い伝えが未来に残っているというのが正解でしたね。



「猿田毘古神がのぉ。しかし、三瓶の山裾を通るとなると、まともな道など無いのではないのか?」


「佐津目の山口村から女三瓶を通って志学村へ抜けるのにも、獣道程度の道ならばあると鉢屋衆が言ってました。この道筋ならば大軍での行軍でも、毛利方の間諜に気取られる恐れも少ないかと思います」



 私は三瓶山の南側にある志学に粕渕防衛線の後背地を作りたいのだ。粕渕にも近いし、物資の集積場と兵士が休める場所を確保すれば、ある程度は士気の低下も防げるはずです。三瓶には温泉もあるしね! ビバ温泉!



「ふむ……」


「それと、江川の河口の渡津から江川を遡って粕渕まで約11里。ここまでなら、一年中でも小さい関船なら入って行けるはずです。その先の浜原には浅瀬がありますから、浜原から先は関船では無理みたいですけど」


「江川の浅瀬だから浜原の地名が付いた、そういうことか。しかし、玉よ。そなたは一つ見落としておるぞ」


「なにをでしょうか?」



 なにか見落としてたかな?



「粕渕の手前の川本と乙原にも浅瀬はあるから、水の少ない時期では関船の船底が川底に当たるはずじゃぞ? 関船を江川で使うのを聞いたことが無いのは、浅瀬があるからじゃ」



 な、なんだってーっ!


 それは初耳でした。鉢屋衆も私に聞かれなかったから、指摘してくれなかったということか。まあ、関船を粕渕まで入れるって言わなかった私のミスなんだけどさ。

 まだ、構想段階だから、みんなに内緒にしていたのが裏目に出るところだったよ。父上、ナイスアドバイスであります!



「そ、それじゃあ、大きめの小早で!」


「玉は江川を使って粕渕まで物資を運びたいのか?」


「物資はもちろんですけど、いざという時には兵も送り込めるようにしたいのです」


「じゃが、小早は漕ぎ手を除いたら精々十数人しか乗せられんぞ? 小早が百艘あっても1500人が良いところだの」



 ですよねー。


 やっぱり、小早での兵員輸送は無理があるみたいですね。でも、その1500人とかの少人数でも必要とされる場面は絶対にあるはずなんだよなぁ。その援軍が到着して戦に勝てる場面がね。


 毛利を討ち破った援軍の小早から華麗に飛び降りてくるのは、緋色の巫女袴を穿いた玉姫様なのであります!

 毛利に追い詰められて、味方の援軍を心の底から待ち侘びていた武将と足軽雑兵たちの割れんばかりの歓声に笑顔で手を振る玉姫様。そして、出迎えてくれた武将は感激のあまり涙を流し、膝を着いて私に忠誠を誓うのであった。


 ノブヤボでいったら忠誠度MAX間違いなしの状態だね!






「玉よ。そちがニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるから、儂はぞぞ毛が立ったわい」


「ふへっ?」



 いかんいかん! 船の案配が悪くて、現実逃避の妄想MAXに逃げ込んでいたみたいですね……


 そうなのです。田植え舟からこの方、ふねと名の付くモノとの巡り会わせが悪くなっている気がするのです。成功したと思っていた田植え舟は、田吾作さんの怪力によって成し得ていたのでした。

 また、うつ伏せで長時間作業するのも、中腰で作業する程ではないにせよ腰に負担が掛かることが判明したのです。


 よって、田植え舟は田吾作さんとお菊さん夫婦以外には、あまり評判は良くありませんでした。残念ながら、来年の田植えの季節に水田の辺り一面で、田植え舟が浮かんでいる光景をお目に掛かることは、恐らく無いのであります。


 まあ、考えてみればそうなんだよね……


 田植え舟が効率良く作業できる代物ならば、機械が出回るまでの人力の時代ではメインになっていて、歴史に残っているはずだもんね。考えついた時には、私って天才じゃね? なんて、思っていたのが恥ずかしくなりますよね。


 ふぅ、なかなか上手いこと行かないものですね。それに、小早も百艘も無いのですよね。


 うーむ…… 吃水が浅くて小早以上、関船未満の船が必要になるということか。それも、できたら海と川の両方での使用に耐え得る船が……


 唐船? ジャンク船とか、良さげなのかも知れませんね。小早と関船とジャンク船の良いとこ取りの船って作れないかな?


 今度、船大工の棟梁に聞いてみますか!



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