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16話 田植え


 弘治2年(1556年)4月 出雲 杵築大社 近郊 菱根村



「おひいさま、その戸板みたいなのは何に使うのですか?」


「これは、戸板じゃなくて田植え舟だよ!」


「田植え舟ですか?」



 そう、私が化粧料の水田に持ち込んだのは、断じて戸板などではありません。戸板に見えるかも知れませんけれども、これは舟なのです。中腰になって作業する田植えの重労働を少しでも改善できればと思って考案したのです。

 畳の大きさで一畳くらいの板の左右に太めの巾木みたいなのを取り付けて、後ろ側の板の左右に穴を開けて一本の縄を通してます。私が合図をしたら、この縄を田吾作さんが引っ張るのです。

 それで、田植えをする私の格好はといいますと、板の上にうつ伏せに寝転がって苗を植えるのです。想像できるかな?


 これで、手の届く範囲内であれば田植えが出来るという訳であります。



「まあ、春姉はそこで見てなって! 田吾作さん、引っ張るのお願いねー!」


「んだ、分かっただよ!」











「わーっ! 冷たいっ! 濡れた!」



 失敗しました。


 しくった。私の重みで板が沈むんだった。それで沈んだ分、前から後ろから横の隙間からも水が入り込んできて……

 やはり、ちゃんと湾曲した舟の形にしなかったのが不味かったみたいですね。丸木舟を作ってもらおうかな? いや、濡れなければ良いのだから多少の曲線を描いた板でも大丈夫か。



「おひいさま、やっぱりそれは戸板でしたね」


「春姉も戸板戸板言わない! くしゅん!」



 たしかに、戸板に巾木を付けただけの、なんちゃって舟ではありますけど。



「ほらほら、感冒になるといけませんから、早く大社に戻ってお風呂に入りますよ」


「オラは失敗するんだから止めとけって、ちゃんと姫様に言っただよ」


「何事も試してみないと、結果は分かんないじゃないのよ。それに、私がやってみせなくちゃ、みんな使わないでしょ」



 ほら、五十六さんも言っているしさ!



「いや、今回の戸板は結果が出る前に分かりましたよ」


「んだんだ」



 ぐぬぬ、解せん……



「次よ、次! 今度は上手くやるんだから!」


「はいはい、今日は帰りますよ」






「また、姫様がおかしなことをやってただな」


「まあ、いつものことだべ」


「んだんだ」






「くしゅん! ぬぬ、誰かが玉姫様は可愛いと、また噂しているな」



 今日の反省をするならば、横着するとロクな目に遭わないということですね。一つ勉強になりました!






 3日後



 ズポッズポッズポッ



「はい! 田吾作さん引っ張って!」


「あいよ~」



 ズポッズポッズポッ



「はい! 次!」


「ほいさ~」



 うむうむ、これ、これだよ。私が目指していた田植え舟は!



「ちゃんと田植えになってますね……」


「ふはははは、どうだ! 春姉まいったか!」



 あれから私は、急遽船大工に頼んで田植え用の小舟を作ってもらったのです。子供がスキー場とかで遊ぶ、雪の上を滑るソリを想像してもらったら分かりやすいですね。あのソリが少し大きくなったとでも思ってください。



「いや、参りませんけど、おひいさまがちゃんと田植えをしてますね」


「そうでしょ! そうでしょ!」



 雪の代わりに、泥水の上を順調に快調にソリは後ろ向きに滑っております!



「でも、おひいさま、一つよろしいですか?」


「んー、なにかな?」


「おひいさまと田吾作さんの二人一組で田植えをしている訳ですから、当然ですけど苗を植える速さは二人分ないと割に合わないと思いますよ?」



 ぬぬっ!? 春姉のクセに鋭い所を付いてきやがったな! そうなのです。春姉が指摘した通り、普通に植える人の二倍の速さで田植え舟の人は苗を植えなくては、田植え船の意味と価値が半減してしますのです。

 でも、田植え舟の値段を考えたら三倍のスピードは欲しいかな? 田植え舟を買って良かったと思えるメリットはないとね! まあ、その辺は田植えをする人の価値観もあるから、私が口に出す問題ではないのかも知れませんけど。


 つまり、銭を出して楽をして田植え舟を使うか? 銭を惜しんでいままで通りに中腰で田植えをするか? そういう費用対効果の問題に移行するのです。



「それもそうだね。でも、私は田植えに慣れてないから、誰か他の人に代わって試してもらおう!」


「んだらば、オラの母ちゃん呼んでくるだか?」


「うん、お願い! それとは別に、普通に田植えをする人も二人呼んでちょうだい!」


「わかっただよ!」



 これで、よーいドンで同時に田植えを始めたら、田植え舟で植えるスピードが計れるというものです。






 ズポッズポッズポッ



「あいよ! アンタ引っ張っておくれ!」


「あいよ~」



 ズポッズポッズポッ



「あいよ! 次!」


「ほいさ~」


「おひいさま、田植え舟の方がかなり速いですね……」


「ふはははは、そうでしょ! そうでしょ!」



 うむうむ、これ、これだよ。私が目指していた田植え舟での田植えは! 田吾作さんの奥さん、やるではないか! これは理想的な田植えではないか!



「巫女のひいさま、この田植え舟は凄いだよ!」


「ふはははは、そうでしょ! そうでしょ!」



 まさか、普通に田植えをする三倍のスピードを軽く超えてくるとは! これでは、舟を赤く塗らないと舟に失礼に当たるではないか!



「あたしゃ、この舟さ欲しくなっただよ! この舟さ値段はいくらするだか?」


「うーん、船大工には急遽頼んで突貫で作ってもらったから1貫文渡したけど、通常なら800文くらいで作ってくれると思うよ」



 まあ、舟というよりもソリに近いしね。木材の使用もたかが知れてるし、値段的には7~800文くらいで妥当な線かな?



「800文だか? その舟の値段が高いのか安いのか、あたしゃにゃあ分かんねえけんど、あたしゃにゃとって800文は大金だがね」


「商人に米を1石と6斗売れば、だいたい800文だよ」



 でも、そんなに売れるほど米は余らないって昨年に指摘されたしね。いくら収穫が増えてるといっても厳しいかな?



「米さ8俵分だか? うーん…… 今年も昨年と同じくらい米さ取れても少しきついがね」


「それならば、冬にやっていた治水作業。それにお菊さんも参加してたでしょ?」


「んだ、銭こさ、ようさん稼がせてもろただ」



 そうなのです。多少のすったもんだはありましたけれども、出雲では私鋳した永楽5文銭と1文銭が流通して、完全に市民権を得とくしたのであります!

 良貨は悪貨に勝ったのです。でも、今度はみんなが欲しがって宋銭と交換してくれという要望が多くて、銭の生産が追い付かないという悲鳴が、主に鋳物師方面から上がっております。ご苦労さまです。



「炊き出しと雑用の女衆の日当が一日10文だから、80日分ね。田吾作さんと併せたら一月分とちょっと働いた分を全部回せば買えるわよ」


「よう考えたら、800文以上まだ使わずに持ってただよ」



 それを早く言いなさいよ! 良く考えないでも覚えているでしょ! まあ、先々月までは治水作業やってたしね。全部使ってしまったとかの方が金銭感覚でいえば問題だしね。



「というか、この田植え舟は、田吾作さんとお菊さんにあげる」


「ごせるだべか!?」


「うん。私が持っていても、私が田植えをする訳ではないしね。それなら私の化粧料で実際に田植えをする二人に使ってもらった方がいいでしょ? 最初に手伝ってくれたお礼だよ」


「巫女のひいさま、ありがとうごぜえますだ!」



 うむうむ、よきにはからえなのじゃ! ほほほほ、褒めよ称えよ妾を崇め奉るのじゃ!


 んんっ!? 暴走してしまったようですね。声に出してないよね?



「でも、お菊さんたちの田植えが早く終わったら、他の人にもその田植え舟を貸してあげてね」


「んだ、分かりますただよ」



 うむうむ、これで田吾作さんとお菊さんが田植え舟の有用性を示してくれたら、来年の田植えの季節には多数の舟が、水田に浮いている光景が目に入るということですね。


 楽しみですね!






「おひいさま、一つよろしいですか?」


「んー、春姉なにかな?」


「田植え舟って後ろにしか進めませんけど、大丈夫なんですかね?」



 なぬっ!?


 そういえばそうだった! で、でも、なんとかなるでしょ!


 多分ですけど……



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