154話 多胡正国
杵築大社で二泊して諸々の諸事も済ませ、今度は稲佐の浜からまた南蛮船もどきに乗船しました。平田まで乗ってきた船とは別の南蛮船もどきだよ?
波根や温泉津の沖合いを通過して、江の川の河口にある渡津まで14里、約56kmの距離を一足飛びで駆け抜けました。
いやー、14里の距離を二刻、4時間あまりで着いてしまうのですから、やっぱ南蛮船もどきは速いですね! 8ノットは出ていた感じでしょうか?
渡津で一泊してから、関船に乗り換えて江の川を上って、因原で船を降りて断魚渓を経て、多胡爺の在所でもある邑智郡の中野村へとやってきました。
「別当様、ようこそおいで下さいました! また、遅ればせながら姫君の誕生をお祝い申し上げまする」
「ありがとう。一泊だけど世話になるわ」
「石見の山の幸と干物しかございませんが、精一杯おもてなしをさせて頂きます」
「楽しみにしていますよ」
私たちを出迎えてくれたのは、多胡爺の弟である多胡正国さんです。多胡爺よりも一回り近く若いので、まだオッサン以上老人未満といった感じの武将でしょうか?
まあ、この時代では、五十を越えたら老人といえば老人なのかも知れないけど。
「十五郎も息災であったか?」
「おかげさまで、平穏無事に過ごしております。兄上も元気そうでなによりですな」
十五郎とは、多胡正国の通称、仮名のことですね。たろさや源五郎と同じだと思っておいて下さい。
この時代では、あまり諱は人前では呼ばないのが常識になっているのですよ。
なんですか? その真名には魂が宿るみたいな中二病チックな考え方は?
真名で呼ばれたら、魂が拘束されてしまって、服従を余儀なくされるのでしょうかね?
それって、どこのファンタジー世界の悪魔だよ……
発想が悪魔と同じような気がしないでもない。
しかし、人間も一皮むけば、悪魔的な側面を持っているのは否定できなかったよ。
まあ、私の場合は、家臣に対しては諱で呼んでも大丈夫なんですがね!
諱を呼ぶのが憚られるのは、下位の者が上位者を呼ぶ場合に限りますので。
諱を憚るのは、悪魔の教えというよりも、儒教の教えなのかも知れませんね。
中国では皇帝の名前に使っている漢字も、憚って使えないとかの制約もあったような気がしましたしね。
面倒くさい習慣だこと。
それで、幼名がそのまま通称になる人もいれば、元服してから新たな通称を名乗る場合もあったりして、少しややこしい気もします。
あと、諱をころころと変更する人が多すぎ!
立花宗茂なんて、10回以上も改名しているんですよ?
もうね、アホかと。馬鹿かと。よーし、パパ改名しちゃうぞー! そんな吉野家で特盛を注文するみたいな感じで、気軽に改名しないで下さい。立花宗茂には、小一時間問い詰めたい気持ちにさせられますよ。
まあ、偏諱を貰った場合には、改名するのも仕方ないのですがね。
ちなみに、多胡爺は十郎左衛門尉になります。左衛門尉は、多胡爺が若い頃に一時期仕えていて尊敬もしている、朝倉宗滴にあやかって後から名乗ったのでしょうね。
「まあ、健康だけが取り柄みたいなもんじゃからのぉ」
「毛利との同盟が成ってから此の方、それがしは暇で暇で無聊を託っている所存」
「あら? 平和なのは良いことじゃない」
そう、毛利との同盟が成立したことによって、史実では昨年に死んでいるはずの、多胡爺と多胡正国は生き延びているのです。
多胡爺は明応六年の生まれですから、もう既に七十近いですけど、なにもなければ、あと十年ぐらいは生きられそうな気がしますね。
そういえば、毛利ジジイも多胡爺と同じ歳でしたね。史実でも毛利元就は、1571年までは生きたのだから、最低でもあと六、七年は生きられるでしょう。
それ以上の長生きは、本人の摂生次第ではありますけれども。
ところで、明応六年って西暦でいったら何年になるのでしょうかね?
1495年~1498年ぐらいでしょうか? この年代で、だいたい合っていると思いますけど、正確に特定するのは面倒だから、暇な時に思い出したらでいいや。
「十五郎、姫様が仰せの通りじゃぞ」
「それがしは、腕が鈍ってしまったのではないかと危惧しているのです」
「日々の鍛錬は怠ってはおらんのだろ?」
「鍛錬はしておりますが、こう戦が無いと勘が鈍っているような気がしまして……」
まあ、中野村は毛利との最前線で、いつも緊張を強いられていた場所だから、その緊張が当たり前になってしまったのもむべなるかな。
つまり、多胡正国は戦が恋しいと言ってるのと同義みたいでした。
そんなにも戦がしたいとは、戦国武将は業が深い生き物ですよね。
「出羽との仲は悪くないのでしょう?」
「敵だった時から、何かしら人の行き来は続いております」
出羽とは、中野村から南南東に二里ほど行った場所にある村のことです。
毛利元就の六男だかを出羽元倶と名乗らせて養子に迎え入れた、国人領主の出羽氏が治めている土地ですね。
国人領主というのは、したたかだと思い知らされます。敵対する勢力と領地が接していたとしても、敵対しているはずであろう近隣の国人領主との交流を途絶えさせないのですから。
まあ、常に伝手を確保しておくというのは、戦の結果どっちに転んでも生き残れるようにする為の、国境に領地を持っている国人領主の生き残る知恵でもあるのだから、私も一概に否定はできないのですよね。
それに、村人の場合は隣村とも親戚付き合いをしている人が大勢いますので、初めから人の往来は止めようがなかったのでしたね。
民百姓にしてみれば、尼子にしろ毛利にしろ昔の大内にしろ、誰が一番偉いお殿様だとしても、そこに住む彼等には関係ないのですから。
「そっか、領地に問題がないのであれば、毛利の援軍として九州で戦でもしてくる?」
「京の都には上らないのでござりますか?」
そっちかよ! これは多胡爺から何か聞かされていたな。私が多胡爺の方に顔を向けると、目を逸らしやがった!
そんなにも、京の都に尼子の旗を立てたいのでしょうかね?
「京には公方様がいるじゃないのよ」
「そうでございましたな」
「たとえ、お飾りとはいえ征夷大将軍なんだから、徒らに大軍を率いて上洛でもすれば、尼子が謀反を起こしたと誹られても言い返せないわよ」
まあ、大軍を率いて上洛するのは、それはそれで浪漫ではあると思うけど、上洛してからゴタゴタに巻き込まれるのを失念していますね。
「それに、私から三好と敵対するつもりもないのだから、京の都は神社仏閣をお参りするだけで満足してちょうだい」
「別当様の仰りようですと、京へ遊びに行っても構わないのでござりますか?」
「隠居してからなら好きにしていいわよ」
「今日限りで隠居致しまする!」
そんなにも、京の都を観光したかったのでしたか……
まあ、京に憧れるその気持ちも分からなくはないのですがね。
おそらく多胡正国は、若かりし頃の多胡爺から京や畿内での出来事を土産話に聞いて、一度は行ってみたいと憧れを募らせているのでしょう。
田舎者特有の、都会に憧れるお上りさん願望とでも言えるのかも知れません。
老い先短いはずの年寄りの願いですから、心優しい私は、多胡正国の隠居を許可してあげましょう。
でも、都とはいっても、そんなに煌びやかでもなかったですし、観光に行ったとしても、きっとガッカリすると思いますよ?
「十五郎はまだ隠居してなかったのか……」
多胡家のことなのに、多胡爺も結構いい加減ですね……
初登場で、いきなり隠居してしまった正国さんw
おかしい、安芸までたどり着けなかったよ…




