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153話 杵築大社

9/29に前話の最後を1000文字ほど加筆しましたので、まだ見てない読者の方はよろしければご覧ください。


 永禄6年(1563年)11月上旬 出雲 杵築大社



「別当様、おひさしゅうございます」



 お元気ですか? 玉です。


 今日は、富田のお城を抜け出して、杵築大社にやってきました。

 まあ、最終目的地は安芸なのですが。


 富田のお城を出立してから小舟で飯梨川を下り、中海で小型の南蛮船もどきに乗り換えて、宍道湖に入って平田まで。平田からは尼子家専用の馬車に乗り換えて、一刻弱で杵築大社に到着しました。

 月山富田城から杵築大社まで約15里、60kmちょっとの道のりを一日で着くのですから、やはり船は便利ですよね。



「彦四郎殿、ひさしぶりですね。息災でしたか?」


「別当様の後ろ盾もありまして、おかげさまで国造を継ぐことができました」


「それは祝着です」



 まあ、私が首を縦に振らなくても、国造は彦四郎殿で決まったも同然ではあったのですけど、一応は尼子家の顔も立てましたよ。という一種の政治パフォーマンスみたいなモノなのでしょう。

 私の母親である桃さんの実家が北島家の傍流なのだから、どちらかというと私は北島家に近い人間ですので、千家のほうの国造の問題には口を出しづらいのが現状ではあるのですよ。


 もっとも、積極的に口を出すつもりもありませんし、北島と千家どちらも依怙贔屓をするつもりもありません。自分から出雲国造衆の後継者問題に首を突っ込むつもりもありません。

 私は朝廷を見習って、いつもニコニコ全方位スマイル外交をモットーにしておりますので。


 一歩間違えれば、相手に優柔不断と受け取られかねないのが玉に瑕ではありますけれども。


 でもまあ、いままでどおりに、千家家と北島家で平等に神事を分担して行っていけば良いのではないでしょうかね?

 もしかしたらそのうち、どちらかの家の血が途絶えてしまって、両家が一つになる未来も可能性としてはありますしね。


 史実の未来では、分裂したままだったけどさ。


 それで、私が彦四郎殿と呼んだ人物は、千家義弘といいまして、春姉の旦那さんでもある、東慶澄さんの兄にあたる人物になります。

 私が小さい頃に、ちょくちょく遊んでくれた近所のお兄ちゃんが、千家義弘さんなのです。


 つまり、国造を継いだというのは、杵築大社の宮司の役目を父親から引き継いだということになります。

 だから、彦四郎殿のお父さんである千家慶勝さんは、隠居したということですね。


 この時代では、急死とかを除いて死ぬまで当主の座に就いているというのは稀ですので。



「それと、儀式に顔を出せなかったことは、申し訳なく思います」


「いえ、その時期の別当様は身重でしたので、その儀は無用にございます」


「彦四郎殿が国造になられましても、尼子とはこれからも良き関係をお願いしますね」


「こちらこそ、これからもよろしくお願い致します」


「出雲国造衆は、尼子の屋台骨も同然なのですから、頼みましたよ」


「ははっ!」



 なんで私が、尼子の家臣でもある彦四郎殿こと千家義弘にこうも気を遣っているのかといえば、杵築大社という尼子とは別の権威を持っているからなのですよね。

 もっとも、私自身も出雲国造衆の血を引いていますし、杵築大社にも籍を置いているわけなのだから、尼子と杵築大社は一心同体とも言えるのですけれども。


 出雲国造衆の支持がなければ、私は尼子家の当主の座にも就けてなかっただろうしね。



「それと、別当様なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、彦四郎殿なら昔みたいに、玉と呼んでくれても構わないわよ」


「それはさすがに、他の家臣の目もござりますれば、なにとぞご容赦のほどを」


「大人になるのって、生きづらくなると同義の気がするよね」


「なんとお答えすればよろしいのやら……」



 そこは、ウィットに富んだ返しを期待していたんだけどなぁ。

 そう、たとえば、「姫様はまだ子供です」とか、「姫様の精神は子供のままです」とかね。


 しかし、これはもう既に赤ちゃんを産んで母親になっていたり、私の精神が未熟と言っているのも同然だから、私に対して失礼にあたるのかな?

 だから言えなかったのか。ダメじゃん!


 彦四郎殿も気真面目でしたか……


 私もエスプリの効いた言葉が思い浮かばなかったよ。

 つまり、私も真面目人間ということが証明されたわけでありました。


 異論、反論は認めない!



「ああ、彦四郎殿は気にしないでもいいよ。愚痴みたいなモノだからさ」



 私を玉と呼んでくれるのは、どうやら源五郎兄ぃだけみたいですね。たろさは玉姫だし、春姉はおひいさまだもんね。


 まあ、玉姫呼びとおひいさま呼びは、私も気に入っているので別に構わないのだけどさ。

 あと、和歌ちゃんの、お姉様呼びも捨てがたいですね。


 しかし、偉くなるのもそれはそれで、あまり親しくない家臣は畏まってしまうのだから、家臣との間に溝ができた感じがして、一抹の寂しさを覚えてしましますよね。

 家臣との間に溝ができないようにするために、尼子家はなるべくオープンな職場を目指しているのですけど、なかなかどうして上手く行かないものだと思い知らされます。


 べつに私は、あえて威厳を出すように、「であるか」しか言わないような、どっかの付け髭疑惑がある野郎とは違うんだけどなぁ。


 尼子家は転職者大歓迎なアットホームでフレンドリーな職場です!


 その割には、あまり他国から仕官して来てくれないのですよね。私みずからスカウトした藤堂高虎の親父さんもまだ近江にいるみたいだし、畿内の人間からしてみれば、やはり出雲は田舎で遠国と思われているのでしょうかね?

 でも、公家の娘は喜んで出雲に下向してくれたんだぞ!


 しかしその公家も、公家の前に枕詞で貧乏が付くのでしたね。

 つまり、生活に困窮しなければ、わざわざド田舎の出雲くんだりまでは、誰も来てくれないということみたいでした。


 とほほ……


 それと、出雲は遠国じゃなくて中国なんだよ!

 つまり、未来の日本で呼ばれている中国地方の中国とは、都からの距離の格付けで、近国、中国、遠国の中国という意味だったのです。


 まあ、どうでもいい豆知識でしたか。



 ちなみに今回の旅のお供に、春姉は加わってはいません。まだ葉月と吉法師が乳飲み子ですから、富田でお留守番をしてもらっているのですよね。

 だから旅のお供は、たろさと多胡爺であります。あと侍女軍団の一部ですね。


 春姉と源五郎兄ぃは留守居役とでも言えばいいのかな?

 重臣の誰か一人ぐらいは、月山富田城に残しておかないといけませんしね。


 私が富田に戻った時に、葉月から私が母親だと忘れられていないか、それが少しだけ心配ではあるのですけど……

 まあ、たぶん大丈夫でしょ!




 ※※※※※※




「……ことしもぶじにいなほがみのったことをあめのほひのみことにかんしゃし~ ~ らいねんもぶじにいなほがみのることを~ ~ ここにねがいたてまつると~ ~ かしこみかしこみもまおす~」



 祝詞が適当すぎるだって?


 杵築大社の巫女で禰宜でもあり、出雲斎宮勅別当でもあり、尼子140万石の当主で戦国大名でもある、この私に意見をするとはいい度胸だ。

 祝詞とは、神に感謝を捧げると同時に、無教養な市井の人々にも理解できるように、分かりやすく口上するほうが良いと思うのですよね。


 断じて、私が無教養なのではない! ないったらない!


 全国一斉学力テストでもすれば、私は確実に日の本で1000位以内には入れる自信はあるんだぞ!

 そう、この時代においては。という但し書きはつくのですけれども。


 しかし、この時代においては、分野別では一位さえ狙える頭脳が私には備わっているのです。


 といいますか、ちゃんとした新嘗祭は冬至に国造衆が行いますので、私は略式でもいいのですよ。

 私の場合は、杵築大社に立ち寄ったついでに、祝詞を上げただけなんですしね。


幼少期を巻きで大部分すっ飛ばしたから、彦四郎殿は初登場です。

これからも出番があるのかは未定…

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