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15話 火縄銃と桜 【地図1】


 弘治2年(1556年)3月 出雲 杵築大社 近郊 遥堪村



 トンテンカンテン、カンカン、キンキン、トンテン



「お姫様、完成しましたぞ」


「こ、これが……」


「はい。これが鉄砲です」


「で、できたーっ!」



 ついに、出雲産の火縄銃の完成です! まあ、作り始めてから一月と掛かってもいないのですけどね。それに、作ったのは国友の鍛冶師ですし。

 そう、出雲で鉄砲を自作できるようにする為に、近江国友から鉄砲鍛冶を招聘したのです。


 最初は、出雲みたいな田舎に行くのは嫌だとか国友の鉄砲が売れなくなるとか言って、招聘に渋っていた国友の鍛冶師でしたが、鉄砲の元になる鉄を握っているのは尼子なのです。

 国友で作られる鉄砲に使われている鉄の7割以上が、尼子を通して国友に送られている鉄なのです。尼子は出雲や伯耆の砂鉄の一大産地を抱えていますからね。畿内はもちろん濃尾や北陸など、畿内の周辺では鉄はろくすっぽ採れないのです。

 それに、元々日本では鉄の産出自体が少ないのだから、余計とこの時代では鉄は貴重なのです。まあ、時代が下がっても日本では貴重ですけど。


 ですから、ちょっと笑顔でお願いしてみましたら、喜んで出雲に飛んで来てくれたという訳なのです。もちろん、国友村の総意として数名を快く送り出してくれました。

 それで、菱根村の隣にある遥堪村に鉄砲鍛冶の工房を作ったのです。


 いやー、水道の蛇口、つまり、供給源を握っている威力って、半端ではないと実感させられた一件でしたね。 市場の統制、万歳!


 けして、脅してなんかいませんよ? お願いですから。



「それで、この鉄砲は月に何挺ぐらい作れるのかしら?」


「そうですな、慣れているワシらなら一人頭で月に二挺ってとこだな」



 ふむ、国友から指導しに来てくれた連中は4人だ。彼等で月に合計8挺、年あたり約100挺か。でも、技術指導がメインになるから、精々半分の50挺が良いところかも知れませんね。

 それに、彼等は一応は出雲での鉄砲生産の目処が立つまでの約束だから、2年程度で近江に帰る予定なのだ。その間に、出雲の鉄砲鍛冶師を一人前に養成しなくてはならないのだ。



「うちで集めた、刀鍛冶や野鍛冶の人たちでは?」


「慣れるまでは、月に一挺が精々だろうよ。それも最初は不良品が多いはずだ。でもまあ、鍛冶師は鍛冶師なんだし慣れるのは早いと思うぞ」


「なるほど」



 鉄を叩くという基本の下地は同じなのだから、一から素人を育てるよりは数倍は早くてマシという訳か。でも、最初は誰でも素人なのだから、やる気があるならば素人でも見習いはさせるべきだな。そうしないと、次世代が育たなくなるしね。



「数多く作るのなら、鍛冶師ばかり集めるのではなくて、カラクリを作る細工師や木台を作る職人も、もう少し必要だな」


「分かった。集めてくるよ」



 火縄銃を作るのは分業制だからね。それぞれの職人が作った部品を組み合わせて、火縄銃は完成するのです。



「それじゃあ、これからも鉄砲作りと鉄砲鍛冶の指導をお願いしますね」


「ああ、任せとけって! 大社のお姫様のお願いには逆らえんからな」



 このまま順調に行けば来年か再来年には、尼子にも小さいながらも鉄砲隊が配備されていることでしょうね。






 それで、毛利に寝返った山吹城はどうなったのかって?


 どうにもなりません。只今、絶賛放置中です。


 といいますか、兵で囲んで兵糧攻めをしているんですけどね。山吹城に籠城している兵の数は500名程度だと聞き及んでます。無理矢理城攻めをしても落とせないこともないのだけれども、籠もっている兵に問題があるのです。

 元々は尼子方の城だったので、当然攻める方も守る方も知り合いだらけなのだ。下手をしなくても親戚付き合いをしている兵が多数いるのです。ですから、犠牲が大きくなる城攻めは士気が上がらないので、囲んで放置しているのです。

 ちらほらと城から脱走してくる兵の数が増えている。そう多胡爺が言っていました。山吹城を囲んでいれば、肝心の銀山は尼子の手に戻っている状態ですしね。まあ、そこに多数の兵を張り付けているのですから、無駄な出費を強いられている訳ですが。


 もうすぐ田植えのシーズンだというのに、刺賀長信はいつまで籠城しているんですかね? いくら待っていても、毛利は助けに来てくれませんよー。


 そう、毛利にとっての刺賀長信とは、時間稼ぎの捨て石にしかすぎないのだから。


 厳島で陶と大内を破った毛利の今後の戦略を私なりに推測すると、こうなります。


 毛利は周防と長門の攻略を尼子に邪魔をされないように、牽制の為に刺賀長信を寝返らせただけなのだ。もちろん、そのまま石見銀山が毛利の手に入るのがベストだとは思いますけど、今回は一先ず防長の攻略を優先させたようですね。

 私が毛利元就だった場合でもそうしますし。石見銀山も大事だけど、防長2ヶ国を取る方がもっと大事ということです。

 事実その裏付けに、周防東部の瀬戸内にある周防大島は昨年の内に陥落しているし、岩国とかがある玖珂郡も先月には毛利の手に落ちたのだから。

 宇賀島なんて根切りをやったらしいですし。水軍同士って敵でも味方でも、結構なあなあの関係だと思っていたのだけれど、どうやら違っていたみたいですね。根切り怖いです。


 それで、毛利としては大内を滅ぼしてから、安芸、周防、長門の足元を固めてから、石見銀山を奪っても遅くはない。そう、毛利元就は考えているのではないかと、私なりに少し足りない頭を振り絞って考え抜いた結論なのです。


 ですから、山吹城に籠もっている刺賀長信に待っている未来は、降伏か飢え死にしかないのであります。もう既に兵糧もそんなに残っては無いはずですしね。


 そう思っていたのですが……






 とたたたたー



「この軽い足音は春姉だね。あ、なんか嫌な予感が……」


「おひいさま、大変ですよ!」



 うん、春姉は期待を裏切らないですね。



「毛利でも攻めてきたかな?」


「はい! よく分かりましたね!」



 まさか、春姉の足音で判断しているだなんて、本人の前では言えないしね。



「まあね。それで、どうなったの?」


「3日前に、我が方の大叔父様と小笠原殿が率いる軍勢と、毛利方の吉川の軍勢がぶつかりました!」


「春姉の大叔父ということは、多胡爺の弟の正国殿か。だとしたら、石見の邑智郡の出羽とか淀原の付近が合戦場になったのかな?」



挿絵(By みてみん)



「はい! よく分かりましたね!」


「まあね。それで、どうなったの?」



 なんだか、ループしてね?



「それが、小競り合い程度で吉川は引き上げて安芸に戻ったみたいです」


「牽制しに来ただけってことだね」



 でも、出羽から吉川の本拠地である安芸の山県郡、新庄辺りまでは、山越はあるにしても3里か4里の距離しかないのだ。実質的には吉川の裏庭といっても過言ではないぐらい近所なのだ。

 その出羽村の隣の隣、2里ぐらい離れた村が多胡爺の中野村なのです。これで中野村がいかに危険度が高い場所にあるのかが分かるはずである。


 石見東部の国人領主の土地は尼子方、毛利方双方の土地が入り乱れているのです。例えば、吉川の分家の石見吉川氏の在所は江の川の北側、尼子の支配地域の中に半分孤立した状態にあるのですから。

 逆に、多胡爺の在所は江の川の南側だしね。



「牽制ですか?」


「現時点では、毛利にとっては石見よりも周防の方が大事ってことだよ」


「なるほど。毛利が石見に来れないように、大内には頑張ってもらいたいですね!」



 そうなれば良いけど、まあ、恐らく無理でしょうね。益田氏を尼子に付かせれば多少の目はあるのか? いや、その前に大内と毛利の争いに巻き込まれるのか。けれども、益田氏を援助するのは悪い案ではなさそうですね。父上に言ってみるかな。


 私にとっては、江の川以南は完全に捨て地なのだ。そう、春姉や多胡爺には悪いとは思うけれども、中国地方で一番ともいわれる大河の江の川が毛利への防波堤の役割を担っている時点で、その江の川よりも南側は守れないのです。

 それをどうやって納得してもらうかが、頭の痛い所なのですが…… これが、多胡爺が江の川の北側に領地を持っていたのならば、悩まずに済むのですが。でも、いつかは言わなければいけない問題ではあるんだよね。



「はかなさを ほかにもいはじ 桜花 咲きては散りぬ あはれ世の中」


「それは誰の歌ですか?」


「誰だったかな? 藤原の誰かかな? 人の世も舞い散る桜の花びらのようにはかなくて、人生ままならないね」


「おひいさまは達観してますよね。それよりも、今年の桜ももうすぐお仕舞いですね」


「そうだね……」



 可愛いなりして中身はオッサンですから、達観もしますよ。


 まあ、それだけではないのですけれども……



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