105話 九州上陸 【地図7】
最後の方を中心に、400字程度加筆修正しました。
永禄4年(1561年)11月 筑前 志摩郡 今津村 柑子岳城
「ふーん、これが柑子岳城ねぇ。なかなか良いお城じゃないの」
「まあ、某の吉川勢に掛かれば、大抵の城は落とせるがの」
「……」
「治部の兄上は例外ですよ。貴方を基準にしたら、どんな堅城でも紙切れ同然になりそうですし」
「某からしたら、姫こそ例外じゃと思うがの」
「……」
「うふふ、兄上ったら、私を煽ててもなにも出ませんよ」
お元気ですか?
新婚早々、たろさの兄である吉川元春とキャッキャウフフと浮気デートをしている玉です。まあ、たろさも隣に居るのですが、元春さんが怖いのか、さっきから黙ったままなのであります。「……」この無言がたろさであります。
いくら吉川元春が、たろさの兄とはいえ、相手は猛将の呼び声高い鬼吉川ですから、たろさも遠慮があるのかも知れませんね。でも、ちょっとイライラして、不機嫌そうな感じがするのですが……
もしかしたら、たろさは私が吉川元春と仲良く喋っているのが気に入らないのかも知れませんね。
これは、たろさが屈折しないように、ちゃんと、たろさのルサンチマンを夜には受け止めてあげなければなりませんよね? まあ、賢者タイムになれば、たろさも少しは落ち着くでしょうし。
たろさしっかりしなさい! そんな題名の漫画かアニメが前世であったようななかったような……?
しかし、私の右側にはたろさで、左側には吉川元春。これは、両手に花ならぬ、両手に毛利兄弟ですか。これってもしかして、TS逆ハービッチ姫の誕生ですかね? まあ、私が吉川元春と、どうこうなる訳ではありませんけれども。
それはさておき、
南蛮船もどきに乗って出雲を飛び出して、今世では初めて九州に上陸しました。べつに、九州での戦の援軍に来たわけではありませんよ? 今回の九州への旅は、ある人物の勧誘に来たのであります。
柑子岳城をなかなか良い城と褒めていますけど、私には城の良し悪しなど分かりません。しかし、素人の私的に良い城の基準はとは、ズバリ厠の数なのです。
だがしかし、たかが厠と馬鹿にするなかれ。城内の衛生環境の改善はとても大事なことなのですから。仮に、いざ籠城するとなった時には、何千人、下手をしたら万単位の将兵で、狭い城内が人で溢れかえる事態になるのです。
史実では、能登の畠山氏は上杉謙信に攻められた時に七尾城に籠城したのですが、城内で疫病が発生して自滅したとかナントカ記憶していますしね。不衛生な環境では、疫病の被害も拡大するはずですので、トイレの整備は必須なのであります。
私が当主に就任してから月山富田城では、父上の代に比べて厠の数を3倍に増やしたのですけど、家臣たちからの評判も概ね好評でした。誰も彼も汚い厠で用を足したいだなんて思ってなかったということですよね。
それで、この時代の城には、まだ天守閣が存在しません。天守閣は、ボンバーマンが多聞山城に築いたのが最初だった記憶もしましたね。ですので、城のシンボルである天守閣がないのは、少し寂しいと思います。
高見櫓はあるのですが、天守閣はこの高見櫓からの派生だったのでしょうか?
あ、春姉は無事に元気な女の子の赤ちゃんを出産しました。名前は、秋に生まれたから、楓にしたそうです。楓ちゃん。うん、良い名前だと思います。
ちゃんと、木花咲耶姫から貰った神力の加護があったみたいで、母子ともに健康そうなので、私も一安心といったところです。春姉の母乳を飲もうとしたら、なぜか頭を殴られたのは謎でしたが。
解せぬ……
でも、春姉と楓ちゃんが健康そうだから、私も出雲を離れて九州までやって来れたともいいますしね。
「尼子別当様におかれましては、ご機嫌麗しく祝着至極に存じ上げまする。初めて御意を得させて頂きます、対馬を差配している宗讃岐守義調と申し上げまする」
なぬ!? 対馬を守護する大名なのに対馬守ではなくて、讃岐守とはこれ如何に? まあ、僭称なんだろうけどさ。讃岐に思い入れでもあるのかな? もしかしたら、弘法大師空海か金毘羅さんにあやかって、讃岐守を名乗っているのかも知れませんね。
金刀比羅宮は、海の安全を守る神様だしね。海と共に生きる対馬の人間らしいですよね。でも、それだったら、宗像三姉妹でも良いのにと思わなくもない。これはアレかな? 宗像とはあまり仲が良くないのかも知れませんね。私の想像でしかありませんけれども。
「初めまして宗殿。私が出雲斎宮勅別当、尼子久子です。玉とお呼び下さい」
「某は僭称、尼子別当様は朝廷から賜った由緒ある官位でございますれば……」
ふぅ、ご勘弁下さいということでしたか。私と吉川元春の目の前で畏まっている三十路頃の御仁は、対馬を支配している大名である宗義調さんであります。ぶっちゃけ、この御仁は、大名兼商人兼海賊みたいなモノだとは思うのですがね。
しかし、日の本も地方に行けば行くだけ、朝廷の権威をありがたがるというのは、どうやら本当のことだったみたいでしたね。これがあるから、朝廷の権威というモノは馬鹿に出来ないのですよね。恐るべしかな、朝廷の位階官職。
朝廷から正式に官位を貰っておいて良かったと思える瞬間であります。やるじゃん朝廷! これは、佐摩の銀山名目の献金以外にも、付け届けをしてあげたくなっちゃいますよね。
「宗殿、別当様は些細なことには拘らん。某も別当様のことは、姫様や姫、玉姫と呼んでおるから大丈夫じゃよ」
「おおっ、吉川殿もお久しぶりにござりますな」
宗義調もなんだかなぁ。吉川元春に助け船を出されて、そんな、あからさまに助かったような顔をされたら、なんだか私が悪者みたいではありませんか。
「宗殿も息災であったか?」
「おかげさまで、なんとか無事でしたな」
吉川元春と宗義調の二人は、面識があったみたいですね。まあ、長門や北九州と対馬とは交易などで顔を合わせる機会もあったのでしょう。あと、対大友での協力関係ですかね? といいますか、私をハブにして二人だけで仲良くしないで欲しいのですけど……
前世を思い出させてくれて、思わず涙が出そうになっちゃったなど、そんな情けないことはありませんよ? 私は、あえて孤高の人だったのです!
「旧交を温めているところを邪魔して悪いのだけれど、」
「おお、そうであった。城の受け渡しの話じゃったな」
「これは、失礼仕りました」
さて、仕切り直して、ここからは真面目な話しをしましょうかね。
「宗殿も柳川殿から話は聞いていると思いますけど、この柑子岳城と志摩半郡を貰い受けてくれるかしら?」
既に話を通してあるから、宗義調が今日この場に居合わせているともいうのですがね。柳川殿というのは、宗義調の家臣である柳川調信さんのことです。柳川の性が示す通り、元々は筑後の柳河が出身地なのかな? この人も武将兼商人みたいなモノでしょうね。
「本土に領地を持つのは、我が宗一族の長年の悲願でしたので嬉しいのですが、本当に頂いてもよろしいのでしょうか?」
まあ、柑子岳城と志摩郡の半郡、約1万5千石を普通はタダで貰えると思うわけはありませんよね。でも、タダで差し上げるのだよ! ただし、正式に尼子と毛利の傘下に入ればではありますがね。
しかし、この柑子岳城と志摩郡は宗氏を縛る、緩やかな首輪とも言えるのかも知れません。でも、それが分かっていても、血を一滴も流さずに九州本土に領地を持てるのだから、宗さんは嬉しいみたいですしね。
私ってば、なんて優しいのでしょうか。うん、我ながら自画自賛しちゃいますよ。
「尼子と毛利は、宗殿の持つ朝鮮との交易と水軍衆の力を必要としております。お互いに、持ちつ持たれつの関係を作りたいので、気遣いは無用です」
「左様にござりましたか」
「これからの時代、朝鮮や明、南蛮との交易は益々増えていくはずだよ」
「なるほど。それで、我が宗一族の力を使いたいと、そう仰られる訳でしたか」
お? 交易が増えると言った途端に、宗義調の目が輝いたような気がしましたね。儲け話に目聡く食い付くということは、この御仁の本質は武士よりも商人に近いのかも知れませんね。まあ、交易で対馬を食べさせているのだから、目聡くもなるのでしょう。
「そういうことよ。それに宗殿が協力してくれるお礼が、この柑子岳城というわけだよ。まあ、尼子と毛利の紐付きにはなっちゃうのだけどね」
「いえ、たとえ紐付きだとしても、筑前は毛利様によって平定されましたし、こうして九州の地に領地を持てるのは望外の喜びでありまする」
「宗殿。我が毛利からも、よろしく頼みますぞ」
「分かり申した。この話、お受け致しまする。微力なれど、我が宗一族の力お使い下され」
「宗殿の家紋は、隅立て四つ目結か丸に平四つ目結ですよね?」
ちなみに、隅立て四つ目結と少弐氏の家紋である、寄懸り目結の違いがイマイチ分かり難いと思いませんか? 私には、口の中の大きさが、寄懸り目結の方が少し大きいのかなぁ? ぐらいにしか、違いが分かりません。
「左様でござりまする」
「尼子の家紋も平四つ目結で、私個人は二重亀甲に隅立て四つ目結ですので、これも何かの縁かも知れません」
宗氏は九州の名門である島津氏と同じく、惟宗氏から派生した家みたいなのです。つまり、秦の始皇帝から続く渡来人であった秦氏の系譜らしいので、佐々木源氏である尼子とは全く関係がなかったりもするのですがね。
もっとも、現在の宗氏は、桓武平氏の末裔を自称しているみたいですので、佐々木源氏と宗氏が、同じ隅立て四つ目結の家紋なのは少し不思議な気もしますよね?
「左様にござりまするな」
「宗殿の水軍衆の力、頼みにしていますよ」
「ははっ!」
ふぅー、これにて、一件落着ですね。
なんで、こんな事になっているのかといいますと、事の起こりは、私とたろさの結婚式の為に、チートジジイが出雲にやってきた時まで遡るのであります。