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10話 私鋳銭


 天文24年(1555年)2月 出雲 月山富田城



「銭を私鋳するだと?」


「はい。既に宋や元の時代の銭は古すぎます」


「確かに、擦り減ってたり欠けたりしているのも多々見かけるがの」


「そんな銭は私鋳した悪銭となんら変わりません。そんな悪銭を、いつまでも使っていては揉め事が増えるばかりです」



 まあ、本音は父上が銭を出すのを渋っているから、「銭が無いなら作ればいいじゃないか!」そう、私の中の悪魔が囁いたのですけどね!



「それはそうじゃが、それでは、玉が私鋳する銭も悪銭になるのではないのか?」


「私鋳した銭の全てを悪銭と捉えるのなら、父上の仰せの通りですが、銅に紛い物を多く混ぜたり適当に作るから悪銭になるのです。銅銭は、どこまで行っても銅でしかありません」



 和同開珎を作ったのはいいけど、それ以降に改鋳された銭は品質が低下したという。つまり、朝廷自らが悪銭を量産させていた訳だ。

 おまけに、デノミをしているんだから、そりゃ通貨としての価値がなくなるのも当たり前なのかも知れませんね。



「銅は銅でしかない、か」


「はい。元々は銅に価値があるのであって、銅銭は使いやすくした形にしかすぎないのです。金と銀は銭の形をしていなくても価値がありますよね?」


「そうじゃの」


「価値に大小の差こそあれ、銅も金と銀と同じですよ」



 そう、現代に至るまで本当の意味での資産としての価値が不変なモノは、金銀銅とプラチナぐらいなのだから。ダイヤモンド? あれは見た目ほどの価値は無いはずですよ? 宝石は資源としては、あまり価値が無いのです。



「なるほどの」


「そもそも、日の本で正式な銭が造られていないのが問題なのです」


「最後は乾元大宝であったか? それ以降は日の本では確かに、600年近く銭は作られておらんの」



 皇朝十二銭がポシャってからは、米や絹とかの布が通貨代わりとか、時代に逆行している素敵な出来事が起こっていたりするのが、平安初期の日本だったりするのです。



「ですから、尼子が率先して銭を造るのです」


「私鋳銭というのは、裏でコソコソと作るのが普通だと思うのじゃが? 今は亡き興國院(尼子経久)様の時代には、我が尼子も多少だが私鋳しておったでの。だが、あまり出来は良くなかったと記憶しておる」



 あー、やっぱり尼子でもしていたのか。そりゃ銭が足らなくなったら権力者は普通するよね。



「それは種銭が古かったからではないでしょうか?」


「そうかも知れんの。それでは、私鋳するとして、玉は種銭に何を使う気なのじゃ?」


「永楽通宝を使います」


「永楽銭だと? しかし、アレは昔に幕府や大内が撰銭令を出しておるくらい人気のない銭じゃぞ」



 悪貨は良貨を駆逐する。錬金術の一種として、これを率先して支配者がしていたのだから、笑いが止まらなかっただろうね。無駄に権力の有効活用していますね。



「それでは、いつまでもボロボロの宋銭を使い続けますか?」


「うむむ……」






 確かに、玉が言うようにボロボロになった宋銭を、いつまでも使い続ける訳にはいかんのは分かるのだが……



伊斯許理度売命イシコリドメは、こう言ってました。『いつ新たに銭を造るの? やるなら、いまでしょ!』、と」


「確か、鋳物の神だったか?」



 また、お告げか? しかし、いつかは新たな銭を誰かが作らねばならないのは事実じゃしの。ここは、玉が言う通り我が尼子が率先して銭を私鋳する時なのかも知れんの。



「それで、私鋳した新しい永楽銭を治水作業に当たった人夫たちに日当として渡します」


「民は私鋳銭を渡されて納得するかの?」


「銭なんてモノは、数多くバラ撒いた者の勝ちですよ。日当を手渡す場所に、その手渡した永楽銭で買える商品を揃えておくのです。例えば、酒や干物とかを。作業で使った道具とかでも良いですね」


「なるほどのぉ。渡された日当で直ぐに酒を買えるのは喜ぶであろうの」



 その場で物が買えるのならば、いくら私鋳銭といえども銭としての価値に変わりはないということか。



「あと、昼に炊き出しをして、昼飯も買わすように仕向けます。握り飯1文や汁物も1文とかの値段で」


「それは、炊き出しとは言わんのではないのか?」


「いえ、野外で提供する食事ですから、銭を取っても炊き出しです」


「そ、そうか……」



 気のせいかの? 玉から黒い笑みが浮かんでいた気がするのじゃが? いや、儂の可愛い娘に限ってそれはないかの……



「それで、食材や酒とかの仕入れの時には古い宋銭を使います」


「んんっ? 新たな銭をバラ撒くのではなかったのか?」


「商人たちは最初は嫌がるでしょうから、最大で6千人に渡すことになる日当から始めるのです。炊き出し等する裏方の女衆も入れたら6千人以上ですか」


「6千人が私鋳銭を使えば、それはもう既に私鋳銭の域を超えておるな」


「酒や飯とかを買わせて、多少の銭は回収できます。回収した銭は、また人夫の日当にして渡します。これを繰り返すのです」


「ふむ、銭が回る訳だな」



 なるほどのぉ。上手いこと考えている訳じゃな。確か、昔に出会った旅の僧が円環の理とか言っておった気がするが、それに似ておる気がするの。



「はい。これで、治水に掛かる費用も多少は削減できて一石二鳥にもなります。といいますか、銭を私鋳するのですから元手はタダ同然でしたね」


「必要なのは銅山の銅だけという訳か……」


「銅を掘る鉱夫や銭を作る鋳物師たちの給金は必要ですけれども、これも新たに作る永楽銭を渡せば良いでしょう」


「自分たちが作る銭を受け取らない道理は無いからの」



 そういえば最初の話では、玉は儂に「5万貫くれ!」そう言って押し掛けてきたんじゃったの。それが、タダ同然で治水が出来るばかりか、それ以降も銅から銭が生み出され続ける話になろうとは……

 この儂では考えもつかんことを、玉はポンポンと考えつくのじゃから、いやはや恐れ入ったわ。



「それと、古くなった宋銭4枚か5枚程度と、新たに造った永楽銭1枚を交換させるのです」


「撰銭か」


「はい。その交換した宋銭を潰して、また新たな永楽銭を作るのです」


「改鋳か」


「はい。古い宋銭3枚で永楽銭2枚は作れるはずです」


「ということは……?」



 えーと、宋銭5枚が永楽銭1枚で、3枚潰したら2枚できるのだから…… ええいっ! 儂の頭では、もはや理解できぬわい!



「濡れ手で粟。ボロ儲けです」


「はははっ! 我が娘は、とんだ策士よの!」



 うむ、ここは父親の威厳で笑っておけば大丈夫であろうぞ! 儲かる事は理解できたしな!



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