1話 苗代
私は産まれて直ぐに転生した事を理解しました。だって夢の中でまどろんでいたと思っていたら、無理矢理押し出されて冷たい外気に触れれば吃驚して目も覚めますってば!
おまけに目は霞んで良く見えない状態でしたし、焦って声を上げてはみたものの、これが見事に「アウアウアブブ」とか擬音しか出てこないでやんの。
転生ですか? 転生ですとも! 読んでて良かった異世界転生小説!
俺の時代が来た? ウエルカムトゥー剣と魔法の世界へ! ようやく時代が俺に追いついたって事なんだね!
そう思えたのも僅かな時間でしかなかったのだけれども……
天文23年(1554年)3月 出雲 杵築大社 近郊
「おひいさま、それは何をしているのですか?」
「んとね、種籾を塩水に浸すと芽が出る稲と出ない稲が分かるらしいの」
「おおやしろさまのお告げですか?」
「天穂日命とか言ってたよ」
嘘です。前世の記憶とか言っても信じてもらえないどころか、狐付きや気狂いの類いの危ない人って認定されかねないしね。
「おひいさまのご先祖さまでしたか」
「五穀豊穣とか稲穂の神様だからね」
「そういえばそうでしたね」
この時代の人たちが信心深くて助かりました。なんでもかんでも「大社様のお告げ」そう言えば、そんなものかと大抵の事は信じてくれるのですから、お告げ様様です。
「ほら、いま浮いてきた種籾は芽が出にくいのよ」
「なるほど」
なんといっても私が巫女なんてモノをやっているのだから、その巫女という看板と血統に裏打ちされた私の言葉に、みんなコロッと騙されてくれるのです。
多分、きっと、めいびー。
私自身は、なんちゃって巫女のつもりですけど、お告げって便利ですよね。
巫女にさせられて思ったことは、転生前に読んだ某九州探題の娘が主人公の小説を思い出したことかな。
しかし私は、あの小説の主人公みたいに経済に詳しい訳でも、頭が良い訳でもないってことを実感させられたということだ。
話が逸れた。
「それで、いま沈んでいる種籾の塩気を取ってから、今度は真水に浸すの」
「ふやけちゃいませんか?」
「大丈夫だよ。暖かい日が続いたら5日くらい、寒い日もあったなら7日ぐらい水に浸してから、あそこの畝に撒くの。だいたい4分か半寸ぐらいの間隔でね」
「そんなに狭い間隔で蒔くのですか?」
「苗代だから一月程度の仮住まいよ」
「そうでしたね。植え変えるから大丈夫なのですね」
私はこの世界に転生してから田植えの風景を見て衝撃を受けたのだ。
そう、稲が綺麗に並んでないと。間隔や向きがバラバラなのだ。
これを現代の水田みたいに美しく並べて苗を植えたら、収穫量が増えるはず。
「それで、苗が5寸か6寸ぐらいに育ったら、2本から5本ぐらいを1束にして田んぼに植えるの」
「そこは適当なんですね」
「神様もそこまでは詳しく教えてくれなかったからね。植える本数とか間隔とかは色々と試してみないことには分からないかな」
神様じゃなくて私が最適解を知らないだけなんだけどね。それを言う訳にはいかないしね。
「なるほど」
「でも、この方がお米がたくさん取れるって神様が言ってたのよ」
「天穂日命様の言葉ならば間違いありませんね!」
うう、騙しているようで罪悪感が押し寄せてくるのですが。
「それで、その浮いて除けた種籾はどうするのです?」
「んー、スズメの餌?」
「おひいさま、それはもったいないです!」
もったいないって言われても、使い道はなさそうな気がするけど。食べるの?
「んー、それじゃあ、そっちの種籾も試しに蒔いてみますか」
「それももったいないです!」
「スズメに食べさすのは、もったいないって言ったのは春だよ」
春とは、いま私が相手をしている侍女の名前です。天文13年生まれとか言ってましたから、数えで11歳ですか。
多胡 重盛とかいう武将の娘です。おじいちゃんが「命は軽く名は重い」とか言った言葉を残した多胡 辰敬という知ってる人は知ってる武将で、ほんの少しだけ有名です。
多分。マイナー武将だけどね!
ちなみに私の名前は玉です。珠ではありませんのであしからず。天文17年暮れの生まれで、7歳です。生れて10日足らずで2歳になってしまいましたよ。
数え年って恐ろしいと思った瞬間でしたね。
まあ、天文17年が西暦の何年に当たるのか正確には分からないんだけどね。
「おひいさまと私で食べればと思ったのですけど……」
「籾摺りと精米は誰がするのよ? それよりも試しに蒔いて確認する方が大事よ」
「ああ、お米がー!」
こいつ食いしん坊キャラだったのかよ。
「まあ、百聞は一見に如かず。半月後くらいには結果が分かるわよ」
むふふ、前世でやった農業体験が役に立ちそうで良かったよ。
なんでこんな、おままごとみたいな苗代作りを私がしているかというと、結構世知辛い事情があるのです。
私は三瓶山の先を見つめながら、
「かかってこい!相手になってやる!」
拳を握りしめて、思わずそう叫んだのであった。
「また、おひいさまの独り言が始まりましたか」
現在進行形でドンパチやりあっている見たこともない敵を思いつつも、私の意識は過去へと向かった。