みんなの市役所
異世界ファンタジーと違って、SFものはどうしても内容が長くなっちゃいますね。
終戦してから10年、世界が変わってしまい人々の暮らしや考えが大きく変わってしまっても、活動を続けている組織があった。
「か、課長~。いつになったらこの作業は終わるんですかぁ?」
「黙って作業を続けてくれ。お前もこれ以上、市内をホームレス共に荒らされるのは御免だろう?」
ここは藤井市。
何故に市という名前だけかといえば…終戦後、国を運営するために県は大半、廃止された。首都である帝京都を中心とする周りの県を残し他は全てなくなり、市財政による運営となって国による支援は県に限られた。
…そう、残された数ヵ所の県だけに国は支援を行うこととした。
「こんな簡単な仕組みの水門なんて、少し手であれこれいじくれば、壊せちゃいますよ?せめて頑丈になるよう作ってはいますけど…。」
「五百川よ、そこが重要なのだよ。たとえホームレス共が市外からこの卯川を経由して渡航してこようものなら、この水門で足止めするつもりでいる。」
「だからすぐさま壊されちゃいますってば…」
「簡単な仕組みといっても解除する、または壊すのに舟から降りなければならん。その隙をついて一気に叩くという予定だ。これなら市内に割いている戦力を減らさないでも、平気だろう。」
先程から押し問答を続けている二人は藤井市の市役所に勤める職員である。先程から言い負かされ気味な知的な雰囲気がある女性が五百川 澄。
もう一人、課長と呼ばれた話ながら手を決して休めない男が伊藤 青。
二人は藤井市河川警備課に所属しており、主な任務は河川から渡ってくるホームレスの侵入を防ぐことであるが藤井市には河川というものは二人が現在いる卯川しか存在せず、また二人が作業を行う上流の位置は今は壊れてしまっている高架橋の下だった。
元々は卯川の他に6つほど小川や帝京都に繋がる川などあったのだが、戦争初期に中華帝国からの爆撃により塞がれ、帝京都に繋がる川さえも終戦間際に日本国軍によって塞がれてしまった。
卯川もそれほど大きくなく、また最も水が澄んでいる上流が荒廃した高架橋の下ということもあって倒壊の危険から誰も水を使おうとしなかった。人々が使うのは中流、または汚れきった下流、である。
だが、敬遠してきた卯川から3年前にホームレスが渡航してくる事件が起こった。守りが手薄だった場所を襲われ、占拠されてしまった。幸いにもすぐに奪還かつ鎮圧が出来たが、その事件をきっかけに警備課を設立し、以後警備を任せた。
今、この場にいるのは課長である伊藤と部下の澄だけだが他にも18人いる。
「よし、出来上がったぞ。これで万一また来たとしても時間は稼げるだろう。」
「3年前に一回来ただけですよね?私、その時はまだ庶務にいたなぁ…。」
「交代の時間がくるまでここでひとまず待機だ。」
よほど疲れたのか五百川は地面に倒れ付してしまいその様子を見て、警戒を怠らないよう小言を言うが五百川は無視を決め込んだ。
しばらく、一人は周りを警戒しつつ風景を楽しみ、また一人は寝っ転がって熟睡中だった。
「課長!交代の時間のようなので、参りました!
…五百川は寝ていますね。」
「課長。水門の作成お疲れ様です。どうぞ、後は俺たちに任せてお休みください。」
「ふむ、ではお言葉に甘えてそうさせてもらおうか。五百川は…仕方ない。このまま持っていこう。」
伊藤は五百川の膝の下に手を入れるとそのまま持ち上げた。―俗に言うお姫様だっこである。
五百川の頭はちょうど伊藤の二の腕付近に乗っかった為、先程よりも気持ち良さそうな顔になり依然寝ていた。
「ほどよい肉付きながらそう重くもない。いい筋トレになるだろう。」
そのまま五百川を抱えたまま、市役所の寄宿舎へと帰還することにした。
市役所に着くと、そこはお役所仕事の代表であるデスクワークに勤しむ様子があると思いきや、そんな話は戦前の話であり、市役所の正面玄関は立派なバリケードが造られており、広場では戦闘訓練が行われるなど軍の基地と言っても過言ではない。
そんな様子を横目で見ながらも、市役所を通りすぎて少し離れた場所に建ててある寄宿舎へと着いた。
寄宿舎といっても、築79年の三階建てのボロマンションだった。しかし、青としてはそれでも構わなく耐火構造であるだけましであった。河川警備課に充てられたのは三階全体であったので、部屋で待機しているであろう他の面子に五百川を預けたあとは、散歩でもしてこようと歩きながら考えていた。
「ふむ、市役所の本隊の面々は小綺麗な邸宅住まいで俺たちは旧世代のマンションか。改めて考えると部下達の言っていた通り理不尽、ともいえるな。それでも俺は暮らせるだけマシだと思うがな。もう少し我慢すればマンション全体が貰えるかもしれないが…果たして市長がそんなことを許すかな?」
三階フロアが河川警備課だとしたら、一階と二階は誰が住んでいるかと言うと…。
一階にはいつか使うかもしれないという理由で各所から拾われ集めてきたガラクタの置き場として使われていて、また管理人室も床板が剥がされ下水道への通り道として使われていた。
そして二階はというと、捕縛してきたホームレスや規律に背いた者を拷問したり、拘留させるための部屋として使われていた。この二つに共通することは二つ。一つは、一階からのガラクタの得体のしれない臭いと下水道から流れてくる糞尿の臭い、二階から来る血生臭さと糞尿を垂れ流した臭いといった悪臭。もう一つは、夜中にもガラクタを置きに来たり、下水道を通るときの足音、拷問された者の呻き声と助けを求める声の騒音があった。
「いま帰ったぞ。何か異変はあったか?」
青が三階に充てられた部屋の扉を開けると、男達がそこらで雑魚寝していた。傍らには使い古しのマットレスが見えるが、もはや用をなしてはいなかった。
「隊長、お疲れ様です!こんな有り様で面目が有りません。ささ、隊長に床で寝させるわけにもいけません。どうぞ、ボロボロですがお使い下さいませ。」
「待て。何故、マットレスが一つしかない?それにこの劣化具合で。朝、俺が出かける前は6枚備え、多少傷が付いているのみだった筈だ。それが何故こうなっている。説明しろ。」
青が低く重い声で部屋に寝転がる隊員達に問いただすと、たちまち隊員達は正座の体勢となり、事のあらましを語った。
「隊長と五百川が出て、数十分後いきなり市役所の職員が押しかけ私達のモノを散々奪い尽くし、帰りがけにこのマットレスと他、穴が空いた湯呑みなど奪った品の劣化品を押し付けていきました。彼奴らの言い分によると、皆生活に困窮しているのにこのような品を持っていてはいけないということらしく配給に関しても罰として3割カットだそうです。」
「ふむ、やはり当初の計画を進めるべきかもしれんな。そこら辺はどうなっている。」
「そうですね。現在20人分の食糧は3日分集まっており、武器の類いも集まってきております。ただエネルギー資源が心もとないです。懐中電灯はもったとしても10分でしょう。」
「よし、本来はもう少し先だったがいい機会だ。
今夜脱出するぞ。多少不安はあるかもしれんがこのまま役所の連中に搾取されるよりましだ」
先程の仕打ちは何も今回に限ったことではなく、青たちが良さげな物資を回収すると、決まって奪いに来ていた。ホームレスよりも味方の対応の方が辟易していた。
そして、青以下19名の隊員は前々から準備を重ね今夜、藤井市を脱出することとした。追っ手は当然あるだろうが撒くための手段は何ヵ月にも及び考えてあった。
「20名いっぺんは流石に危なすぎるから、前々から決めていたとおり三つの班に分ける。構成は8人・7人・5人だ。
先行する8人が不確定要素の排除や道の確保を行う。
次の7人だが、先行班が突入した20分後に突入するように。この班は役所の連中共に察知させないように誤魔化すことが最大の任務だ。
そして最後の5人は、任務から帰ってくる二人と残った3人で脱出してくれ。突入するタイミングは任意で構わない。ただ自分たちが殿になろうとは思うなよ?」
「構成は如何しましょう?」
「それも決めてある。最後まで悩んだが、この構成が一番最善の案だと思う。」
◇◇◇
【先行班】
班長:伊藤青
副班長:唐沢佐武郎
班員:山崎・大場・根岸・田阪・遠藤・荻原
【交渉班】
班長:土田茂明
副班長:瑞川唐古
班員:唐島・柳下・五百川・井澤・陣中
【最終班】
班長:浦島公
副班長:小田九
班員:山口・佐賀・城野
◇◇◇
「俺が最終班に残って殿にならないよう見張ろうとも思ったが、それよりか俺が先行して安全を確認した方が皆の生存率が上がる。
ということで浦島、頼めるか?」
「了解しました。山口・佐賀が合流したらすぐ向かいます。」
「よし、急な作戦だが決行まであと数時間準備は万全にしておけ。それと体力も残しておけよ。」
そうして打ち合わせをし終わると、各々の作業をし始めた。先程まで寝ていた五百川も寝ぼけ目だったが、分担表を確認すると自身の荷物を整理しだした。
青も黙って見てるだけではなく、彼らを率いる者として眈々と作業を続けた。元々、ある程度荷物がまとまっていたためほんの一時間程度で準備は完了した。
そこからは決行まで仮眠を済ましたり、長距離移動を見越してストレッチを行うなどして残りの時間を過ごし―
―いよいよ決行の時間となった。
名前たくさん出てきましたね。
お気づきかもしれませんが何人か死にますよ。
ま、次の話じゃなくて将来的にですけど…。