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初めてのメール

 帰宅後課題をさっさと終わらせて、俺は買った本を手に取った。

 時計はまだ八時を回った段階で、まだ余裕がある。

 恐らく寝る前までに読み終えるだろう。

 そうだ。ついでにメールも出しておこう。


《こっちの課題は小岩井さんが通っていた学校と比べてどうですか? 分からない所があれば遠慮無く聞いて下さい》


 当たり障りの無い内容にして、俺は送信ボタンを押した。

 急いで読み終える必要も無いし、メールしながらノンビリ読むというのもありだ。

 LINEにしなかったのは、小岩井さんのことだから常に話すのは大変だと思ったからだ。

 ゆっくり時間をかけて一つ一つ書き出して送るメールの方が、きっと心理的負担は小さい。

 そうして、メールの返事に期待しつつ、俺は本の世界へと入っていった。

 一夏の思い出を綴ったこの本は、再会した幼なじみ達が織りなす青春物語だった。

 お互いに変わらない想いと変わってしまった立場がある。

 思い合っているのに些細なすれ違いから生じる大きな誤解。

 結ばれそうで結ばれないもどかしさ。

 そして、最後は互いの想いを確認しあう。登場人物達の心理描写がとても上手い。そんな王道な物語だ。

 読者としては主人公達の考えに、そうじゃないだろう。と思うことはよくあることだ。

 それは登場人物達の気持ちを神の目線から知っているからこそ出来ることで、それが見えなくて分からない登場人物達からすれば、俺達読者のツッコミは余計なお世話だろう。

 だからこそ思う。俺みたいに人の心が分かればきっとこんな誤解は生まれないのではないだろうか?

 時計を見ると針はちょうど十時を示していた。

 そう言えば携帯って鳴ったかな? 没頭していたせいで着信に気付かなかったのかもしれない。そう思って携帯の電源をつけたが、着信の報せは入っていない。

 それに少し落胆しつつ、俺は携帯を机の上に戻した。


「さっさと寝ようかな……」


 本も読み終えたし、やることがない。なら、明日に備えて早めに寝るというのもありだ。

 忘れずに本を鞄の中に入れておこう。約束より早いけど、小岩井さんも読みたがっていたし。

 そう思って椅子から立ち上がった瞬間、携帯が着信音を奏でながら震え始めた。

 小岩井さんからだろうか?

 僅かな期待を胸に携帯の電源をつける。


「……柳かよ」


 心底ガッカリした気がする。って、俺は何でガッカリしてるんだ?

 出せる時に気楽に出せるのがメールだ。今すぐ見て返事しろ。という物でもないだろう。

 自分の心の狭さに戸惑いながらも、俺は柳のメールを開いた。


《小岩井さんとは上手く話し出来たか? 優のことだから多分心配はないと思うけど、一応な》


 柳が何を心配していたのか、具体的には分からない。

 俺が小岩井さんのそっけない態度に怒るとか嫌気がさして喧嘩する。

 そんなことを心配されたのだろうか。


《大丈夫。小岩井さんは冷たい人じゃない。ちょっと気遣いが下手なだけだ。だから、柳も小岩井さんのフォローを頼む》


 柳はやる気は無いが、人に対しては誠実な対応をとっている。

 常に相手を喜ばせよう、笑わせようと動いている奴だ。

 だから、きっと小岩井さんのことも理解してくれる。


《悪かったな。大変な役割押しつけて。でも、そうやって言うってことは、優が上手くやったってことか。さすだがよ》

《どこぞの誰かのせいで、人の相談事に乗るのは得意になってるからな》


 嫌味をたっぷり込めて返事を返した俺は、携帯を枕元に置いてベッドに身体を投げ出した。

 柳にはある意味、感謝しなければならないのかもしれない。

 人の心を読めるからこそ、俺は人を避けた。

 でも、あいつのおかげで俺は孤立せずに誰かと関われた。困っている人達の心を上手く静める方法を学べた。それで、今日は小岩井さんと何とかうまくやれたんだ。

 占いという名の相談も役に立った。ただ、それを素直に認めるのは何となく面白くない。


「ん、また柳からかな?」


 まどろんでいたところに、また着信が入る。

 どうせまた俺のおかげだろ? とか言うに違いない。


《今日は本当にありがとうございました。課題も無事終わりました。今日買った本もすごく面白かったです。ちょっと早いかも知れませんが、明日学校でお渡ししますね。おやすみなさい》


 柳にしては文面がやたらと丁寧だ。

 って、差出人小岩井さんじゃないか!?

 俺は驚きのあまりベッドから飛び起きていた。

 同じ事を考えていたことにも驚き、同時に嬉しくも思う。

 なんて返そうか。でも、おやすみと言われているということは、残された時間もほとんどない。

 色々考えている小岩井さんは、何と言われたらホッとするのだろうか。

 こういう時、心を読めないのがもどかしく感じる。


《良かった。それは読むのが楽しみだよ。おやすみなさい。また明日学校で》


 俺はここまで書いて送信ボタンを押せなかった。

 なんて言えば良いのか分からない。だから、最低限の挨拶は返したいと思った。

 俺も本に関して言ってあげる方が良いのだろうが? 

 そうしてしまうと小岩井さんのことだから、俺がさっきのメールを見て読んだと勘違いされるかもしれない。

 だが、その誤解を解くのはそう難しいことではないはずだ。

 そして、何よりも明日驚かせて、小岩井さんの顔を見るのが面白そうだと思ってしまっている。


「意地悪な性格してんな俺」


 自嘲気味な笑いがこぼれ、肩の力が抜けた俺は送信を押していた。

 柳の言った通りになっている気がする。

 中学の頃、階段で転んだ時に頭を打ったことがこの心を読む力の原因だったと思う。

 気絶した俺が病院で目を覚ました時、驚いた皆の顔に文字が浮かんでいた映像を今でも良く覚えている。

 嫌なことの方が多かったけど、今は人と仲良くなるために使おうとしている。

 恋愛とか好きとかそういう気持ちでは無いと思う。

 ただ、放っておけなくて、何とかしてあげたいってだけだ。

 送ってすぐに返事が来たと思ったら、今度は柳だった。

 さっきから柳のタイミングはすこぶる悪い。


《さて、誰のせいだかな? なんてな。安心しろ。お前の恋愛相談には俺が乗ってやるからさ》


 別にそんなんじゃない。俺は彼女に好意を寄せる訳がない。

 俺はまだそこまで人も自分も信じられていない。好意を裏切られることが怖いんだ。

 そう自分に言い聞かせて、乱暴にメールの文章を作っていく。


《その時を楽しみにしとくよ。その相談が良かったら今度はお前を占い師にしてやる。んじゃ、そろそろ寝るよ。おやすみ》


 そんなことあるはずもないし、起きるはずもない。


「でも……」


 呟いたその先を想像してみる。

 あの笑顔を自分に向けてくれて、他愛ない話が出来て……。


「あー……何考えてんだろうな。寝よ……」


 目には見えなくても、考えれば分かってしまう自分の心から目を瞑って、俺はベッドの中に潜り込んだ。

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