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君の顔が見えた

 その後、柳は斉藤さんとめでたく結ばれた。問題はその後に起きたんだ。

 柳が俺の噂を流したせいで、俺に恋愛相談が殺到したという訳だ。


「でもさ、手相と面相占いでそこまで分かるのなら、早瀬は恋愛楽だよな」

「そうか? 考えたこともなかったな」

「だって、相手の好みとかまで占いで分かるんだろ? だったら、いくらでも相手に合わせられるじゃん。相手の好きなことをしてあげられる。それってすげー羨ましいことだぞ」

「そうかもな」


 俺は柳の返事に曖昧な返事をした。相手の心が見えるせいで、逆に言えば嫌いなことまで分かる。だから、俺はまずそっちに目を向けたんだ。

 されて嬉しいことというのは人によって基準が違う。でもされて嫌なことはよく似ているからだ。

 例えば先ほどの高谷君と榊原さんもそうだ。高谷君はバスケの話しをされると嬉しいのに、榊原さんは全く興味がない。

 高谷君が好きなことを共有しようと話しても、榊原さんは喜ばない。榊原さんが逆に合わせようとしても、付け焼き刃の話しではガッカリされる。

 相手がされて嬉しいことをするというのは、存外難しい物だと思う。

 でも、例えば汚いといった状況だと、人によって許容範囲があるにせよ、許容範囲を超えた時の反応は同じだ。

 汚いから嫌だな。

 だから、俺はこの視る力を使って、人の嫌がることをとことん避けようとした。


「俺は本が好きだから」


 本を読んでいれば登場人物の心は全く見ることが出来ない。

 だから、その世界に没頭出来て、現実の他人の心を忘れられる気がした。


「俺も漫画は好きだな」

「漫画も面白いな。先が読めない展開とか好きだ。作者の考えが見えなくて良かったと思う」

「相変わらず早瀬は不思議な感想を言うよなぁ。俺は作者の考えが見えるようになりたいね。そうすれば、気になる先も分かって安心出来るからな。打ち切られたとしても、本当の終わりとか分かるかもしれないし」

「そんな良い物じゃないと思うけどな……。打ち切りになった理由とか見えたら、悲しくて見る気が失せそうだ」


 俺は自分に自分の言葉を重ね合わせた。

 人の心が見えても、良いことだけじゃない。他人が自分を思いやって隠す言葉の刃に、常に晒されてしまうだけだから。


「なぁ、早瀬」

「なんだよ」

「お前変な奴だけど、やっぱいい奴だな」

「褒めてるのか?」

「褒めてないと思うか?」


 逆に聞き返された俺は、本に集中するために柳の顔を見た。


《お前は心でも読めるのか? だったらすげーな》


 柳の心の声に俺は内心ドキリとした。柳には同じ力を持たないはずなのに、どうしてこうも俺に合わせてくるのだろう。


「さぁ、分からん」


 俺はあえてぶっきらぼうに返事をした。

 読めると言ったら気味悪がられると思ったからだ。


「安心しろ。しっかり褒めてる」

「そりゃどうも」


 柳からそれ以上の追求は無く、言われた通り俺は安心して本を読むことが出来た。

 だが、俺の安息の時間はガラッという音とともに終わりを告げた。


「ん? 小岩井さん、どしたの?」

「文芸部の部室。ここって聞いた」


 軽い調子の柳の声に、抑揚のない小岩井の声が返された。

 その声で俺はハッと顔を上げると、柳が優しい笑みを浮かべて軽く手をあげていた。

 柳の目線の先に俺も顔を動かすと、そこには確かに顔が真っ黒な小岩井がいた。


「えっと、クラスメイトの……ごめんなさい」


 小岩井は顔を左右に動かすと、頭を下げて謝ってきた。


「俺は柳亮太。で、そっちの小説片手に口をぽかんと開けてるのが、部長の早瀬優、何か悩み事があったら優に占って貰うと良いよ。すっげー当たるから」

「占いは興味ない。……今日星座占い一位だったけど、良いことなかった」

「星座占いは一ヶ月も時間があるんだ。あくまでその一ヶ月の間に生まれた人の中に、たまたま一位がいる。でも、手相と面相は一人に一つ。小岩井さんだけに起きる良いことだって見て貰えるって」

「屁理屈」

「優のことを信じてるのさ」


 そう言って親指をグッと立てた柳に俺はため息をついた。

 どれだけ爽やかに格好をつけていても、顔に書いてある文字のせいで台無しだ。


《すまん。和ませることすら出来なかった。優なんとか出来るか?》


 柳は柳なりに気を遣ってくれたらしい。

 俺も勇気を持って話しかけるしかないようだ。


「早瀬優です。文芸部に何か御用ですか?」


 まるでお客さんが来たかのような他人行儀な対応が、俺に出来る精一杯の勇気だった。

 柳のせいで思考を元に戻すのに苦労したのか、小岩井は何かを思い出したかのように紙を取り出した。


「入部届。私、文芸部に入ります」

「あ、はい。分かりました」


 黒い渦に見つめられた俺は拒否することも出来ずに、頷くしか無かった。

 心も表情すらも分からない相手に対して、ただ恐怖で流されただけ。何とも情けないと思っていたその時、目の前の黒い渦が一つに収束していった。


《良かったぁぁぁ! ちゃんと自分一人で部活に入れた!》


 その心の言葉から透けて見える小岩井の顔を見て、俺の思考は完全に固まった。

 切れ長の目は美しく、きめ細やかな白い肌はほんのりと赤く染まり、瑞々しい唇はどこか妖艶ささえ感じられる大人っぽさがある。

 よくよく見れば、少し笑っているのだろうか?

 モデルと言われていた理由が良く分かった。小岩井智美は可愛いと言うより美しい。

 家に住む飼い猫と、遠く高い場所に生きる山猫のような違いとでも言おうか。

 それほど放っている雰囲気が違った。


「私の顔に何か?」


 だが、その顔は小岩井の台詞とともにまた黒く塗りつぶされていった。


「あ、いや、何もついていないです。とりあえず、座りますか?」

「ありがと。本、読んでて良いんだよね?」


 先ほど見えた心の声とは違い、やはり小岩井の声は淡々とした小声だった。


「うん。文芸部ですし」

「そう。なら、静かにしてもらって良い? 私も黙ってるから」


 彼女の声は聞こえるが、やはり彼女の心の言葉は読めなかった。

 鞄から本を探している彼女の眼中に、どうやら俺は映っていないようだ。

 助けを求めようと柳に顔を向けてみたものの、柳は苦笑いを浮かべているだけで何も言おうとはしてくれなかった。

 代わりに顔にはしっかりと文字が浮かび上がっている。


《早瀬が二人になったみたいだ》


 俺とどこが似てるんだよ。と突っ込みたい気持ちを精一杯抑えて、俺も諦めて椅子に戻った。

 占い目当てじゃないから、静かに本が読めるには変わりない。お互いに黙っていれば、別に危害を加えてくる訳でも無さそうだ。

 誰の考えも見なくて済む、自分と物語だけの閉じた世界で目の疲れを取る。

 そんな目の保養時間は損なわれない。それだけは安心出来そうだ。

 その考え通り、俺達三人の空間と時間はページをめくる音だけが支配していた。

 キリが良い所で一度本を置き、余韻に浸ろうとした瞬間、俺の目はまたしても小岩井に奪われていた。

 彼女の前には本の感想が感情たっぷりに浮かび上がっていたのだ。


《あぁ! どうしてそこで逃げちゃうのかなー! これじゃあ誤解されちゃうよ》


 クールな表情からは想像出来ないであろう、子供っぽい感想に俺は思わず目を疑った。

 一度柳の方を見てから自分の本に視線を落とす。

 そして、もう一度小岩井の方に目を向けた。


《ほら……やっぱり誤解されちゃった。あそこでちゃんと説明すればこんな風にはならないのに》


 すげー楽しんでいらっしゃる。

 本はカバーがかけられていてタイトルは分からない。でも、気付いたら俺は本のタイトルよりも中身よりも、もっと別なことが気になり始めていた。


《はー……良かった。良いなぁ。私も物語の中でならこうやって出来るのに》


 どうやら小岩井も本を読み終わったらしい。

 パタンと本を閉じて鞄の中にしまい始めていた。

 そして、しまったところで俺と目があってしまった。


「どうかしました?」


 そう尋ねた彼女の顔がやはり一瞬で隠される。

 好奇心が恐怖心を上回ったのだろうか。俺は何となく彼女のことを知りたいと思って、彼女の本について尋ねることにした。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ。という奴だ。


「さっき何の本読んでいたんですか?」

「小説です」


 ツンとした態度の小岩井さんの返事は、話を断ち切ろうとしていた強い語尾だった。


「アメリカにいたってことはやっぱり英語?」

「日本語」


 そっけない返事が続くが、俺は返事を聞くのと同時に、目を凝らして彼女を取り巻く文字の列を見つめた。

《文芸部だからラノベにだって寛容のはずだよね? そこの男子も漫画読んでるし! というか寝てるし! あー! でもラノベって言ったらどういう反応するんだろ? 好きだったらオススメの本とか教えてくれるのかな? あ、でも嫌いだったらバカにされたらどうしよう。次なにか聞かれる前に――」


 一瞬の出来事だったが、何とか高速で流れる文字を見切った俺は、どこかホッとしたような気持ちになっていた。

 小岩井さんに嫌がられることはしていなかった。

 いや、こうやって顔が見えなくなるまで必死に考えさせている時点で、嫌な事をさせているのかもしれない。


「そこの棚にさライトノベルがあるんだ。そこの柳が読んでる漫画が世界で流行ったし、ライトノベルもアメリカとかで見かけた?」

「ううん。アニメがやってたからお父さんに買って貰ったことは……あ」


 墓穴を掘ったことで小岩井の思考が止まったのだろうか。

 あ。という小さな声とともに、黒い影が晴れると目が点になり、引きつった笑顔を見せていた。


《どうしよう!? 変な子って思われるかな!? 追い出されないかな? あの時みたいに笑われたりしないかな?》


 そしてまたあっという間に顔が隠れてしまう。


「面白いよね。漫画みたいに色々なジャンルがあるし、気楽に読めるから俺も好きだよ」

「そうなんだ」


 フォローのつもりだったが、彼女の顔に浮かび上がる文字が潰れてよく見えないせいで、ホッとしてくれたのか余計困惑したのかが分からない。


「調子悪いから先帰る」

「……おつかれさまです」


 そう言った小岩井はスッと身を翻すと、振り向くこと無く部屋を出て行った。

 ただ、顔を埋めているのが心の声だと考えれば、きっと俺は何かを間違えたのかも知れない。

 俺は一体何を言えば小岩井の顔を晴らすことが出来たのだろう。

 あの笑顔をもう一度見てみたい。そう思ってしまったんだ。

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