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俺の心が読まれたら

 結果的に言えば、俺は保健室で寝ていたことになっていたおかげで、お咎めは無かった。

 柳と斉藤さんの機転のおかげらしい。

 小岩井さんはもともと連絡していたおかげで、特に問題無くクラスに戻ってきた。

 この時だけは人の心が読めなくて良かったと思った。

 何を思われているのか、疑われているのかなんて知りたくない。

「優君。大丈夫。このクラスにはサボり魔の柳君がいる」

「何のフォローにもなっていませんよ智美さん……」

「なんで?」

「さぼって一位というか、ファッションサボりだから」

「どういうこと? 後で内緒で教えて」

 多分本当に知りたい訳じゃないんだろうな。

 内緒話しをするということは、おでこを合わせるということで、わざわざそう要求されたんだろう。

「何だよ? 内緒話はずるいぞ優」

「小岩井さん身体は大丈夫なんだよね?」

 心配してくれた柳と斉藤さんが、放課になって声をかけてきた。

 この二人には色々とのせられっぱなしだ。

 それが二人の善意だというのも信じることが出来ている。

「二人には感謝している。ありがとう」

「私も。二人とも心配してくれてありがとう」

 俺と小岩井さんが素直に謝罪の言葉を口にすると、柳と斉藤さんは顔を見合わせた。

 そして、一緒のタイミングで噴き出すと、何が面白いのか楽しそうに笑い始めた。

「な? 優と小岩井さんはよく似てるだろ?」

「早瀬君が小岩井さんに似てきたんじゃない? 今のありがとうの言い方とか小岩井さんそっくりだった」

 意識したつもりはなかったのだけど、どうやらよっぽど似ていたらしい。

「そんな似てたのか?」

「うん。お似合いだ。俺の占い通りだったな優?」

「そうだったな。今日から柳が占い師をやってくれ。喜んで後を継いで貰うよ」

「さーて、安心したし、もう一眠りするかなー。おやすみ」

「逃げやがった……」

 柳は自分の席に逃げ帰り、机に突っ伏してわざとらしくいびきをかいている。

 俺に貸しを作ったと思わせないためなら、俺も借りを作ったと思われない態度を取るだけだ。

 柳らしい照れ隠しに乗っかり、俺も悔しがる振りをする。

 その間、小岩井さんと斉藤さんも軽快な受け答えをしていた。

「うん。部活の後でならいいよ」

「ん。分かった。部室で待ってる」

 そして、二人は何かの約束を交わしていた。


 ○


 放課後の部室で柳が椅子を四つ並べて、簡易ベッドを作り眠っていた。

「柳君すごい」

「そっとしてあげよう」

「ん。分かった」

 俺が本をとって席に着くと、小岩井さんも隣に座った。

「優君」

 小岩井さんが小さく俺の名を呼び、頭を俺の肩に預けてくる。

 確かに内緒でお喋りするには、便利な力だとは思うけど、学校で要求されるとは思ってなくて驚いた。

 昼間に一度聞かれたから、何となく聞きたいことは分かる。

 俺も頭を傾けて、額を小岩井さんの頭に触れさせる。

 柳が実は裏で頑張っていることを、俺は心の中で呟いた。

 他人からの期待値を上げないために無気力な振りをして、他人から叩かれないために一定以上の結果を叩き出す。

 そうやって、誰にも干渉されない自由が欲しくて、そのために頑張る人だって。

「ん。斉藤さんがいて良かった」

 どういうこと?

「一人は寂しいから」

 そっか。そうだよな。俺も柳が仲良くなってくれるまでは、裏切られることが怖くて人を避けていた。

 柳が俺の中に踏み込んで来なければ、俺も一人だったのかもしれない。

 信じられる友人がいたから、俺は自分の力を受け入れて、小岩井さんのことも信じられた。

 今から一人に戻ることを考えると、とても寂しい思いをして涙を流すのではないだろうか。

 そう言えば、小岩井さんは自分から一人に戻ろうとしていたんだ。寂しい思いをさせてしまったかな。

「ありがと」

 って、そうか。全部聞こえているんだよな。

 一方で俺は小岩井さんが何を考えているのかまだ見えない。

 でも、言葉はちゃんと聞こえるから、安心して聞きたいこと聞いて。

「智美」

 しまった。また小岩井さんと呼んでいた。

 ごめん。智美さん。そのまだ慣れてなくて。

「本。読もう」

 突然、頭をもとの位置に戻した小岩井さんが視線を開いた本に落とした。

 いきなり断ち切られた心の会話に、俺は何か不味いことをしたのではないかと焦った。

 慌てて小岩井さんの顔を盗み見た。心が読めなくてなっていても癖は残っているものだ。

「そうだな。文芸部だしな」

「ん」

 俺も出来る限り冷静に本を開いた。声は少し震えていたと思う。

 だって、心は読めなかったけど、顔に書いてあったのだから。

 小岩井さんは真っ赤な頬を引きつらせて、必死に笑いをかみ殺していた。

 本の表紙を見れば上下が逆さまになっている。

 良かった。怒ってなんかいなかった。

 せっかくだからこういう時こそ、頭をくっつけて欲しかったな。

 俺は今、すごく素直に可愛いと思ったんだから。

 だからこそ、言わないといけないんだろう。

 いつしか本当にこの力が無くなり、心がお互いに見えなくなった時でも、お互いの言葉を心の声と同じだと信じ合えるように。

「智美さんかわいい」

「っ!?」

 椅子のずれる大きな音がする。

 小岩井さんが驚いて少し跳ねたせいだろうか。

 声にならない声を出した小岩井さんは、素早い瞬きを繰り返して俺の顔を見ていた。

「優君のせいで、覚悟が薄れそう」

 目を反らし、口を尖らせた小岩井さんがいじけたような声を出す。

「本、逆さま」

「あ……」

 俺の指摘に小岩井さんは耳まで顔を赤くすると、広げた本で顔を隠した。

 本の端から見える耳はまだ赤いまんまだ。

「優君だって恥ずかしい台詞を言って、耳まで赤い癖に……」

 不機嫌そうな小岩井さんの声が本を隔てて聞こえる。

 小岩井さんは本をわずかに下にずらし、目だけをこちらに向けていた。

「え?」

 そんなに恥ずかしがっていたのか?

 確認出来る訳でも無いのに、俺は自分の耳に手をあてていた。

「なぁ、お二人さん。俺はいつまで寝たふりをしていれば良いのかな?」

 柳が突っ伏していた顔を起こし、困ったような笑顔を浮かべている。

「柳!?」

「ふぇっ!?」

 一体いつから起きていたんだ? 部屋に入った時は完全に眠っていたはずだ。

「どこから聞いてた?」

「んー、智美さんかわいい。と優が顔を真っ赤にしながら言ったあたり?」

「そ、そうか」

 良かった。ほとんど聞かれていない。って、考えてみれば当然だ。

 俺達はおでこをくっつけて、声なんてほとんど出していなかった。

「俺はもう一眠りするよ。おやすみ」

 柳は手を一瞬あげて、すぐ倒すと静かに寝息を立て始めた。

 俺達の言葉は柳には聞こえていないはずなのに、何故か妙な恥ずかしさが場を覆っている。

 その恥ずかしさから逃げるようにして、俺達は静かに本の世界に身を投じた。


 ○


「お邪魔しまーす。って、亮太君また寝てる」

 斉藤さんの明るい声が一転呆れた声に変わる。

 それに俺も苦笑いで返した。

「いつものことだから」

「うん。また遅くまで予習してたと思うから、もう少し寝かせてあげて。学校でしか眠れないようなものだから。早瀬君、亮太君のことお願いね」

「あれ? 斉藤さんは柳を呼びに来たんじゃ?」

「今日は小岩井さんとお喋りしたいからね。三日くらい話せなかったからさ」

 部屋に入った斉藤さんが小岩井さんの肩に手をぽんと置く。

 連動するように小岩井さんの首が縦に振られる。

「優君は柳君といてあげて。私は代わりに斉藤さんと帰るから」

「四人じゃダメ?」

「ダメ」

 俺の提案はあっけなく小岩井さんに拒否された。

 別に隠し事がある訳じゃないのだろうけど、少しガッカリする。

「優君。また明日」

「あ、うん。また明日」

 止める間も無く、二人の少女が部屋を出て行く。

 取り残された男二人でどうしろというのだろう。

「はぁー……続き読もう」

「ん、よく寝た。これで今夜もやれそうだ」

「って、タイミング悪いな。さっき斉藤さんが来てたぞ」

「ん? あぁ、知ってる。小岩井さんと話しがしたいって言ってたし」

 言われてみれば昼間にそんなことを言っていた気がする。

 顔色一つ変えずにあくびをしている柳の様子を見て、ガッカリした俺がバカみたいに思える。

「なぁ、優。一つ聞いていいか?」

「何だよあらたまって?」

「小岩井さんも心読めるの?」

「なんで?」

 柳がとぼけた顔をして鋭いところをついてくる。

 別に隠しておかないといけないことでは無いのだけれど、何となく言いづらい。

 それに能力がなくなった俺の代わりとして、占い師にされたらかわいそうだ。

 いや、そう思うならちゃんと説明しておくべきか?

「えっと、小岩井さんは他人の心は読めないよ」

「ん。そっか。さっきの独り言にしてはおかしかったから。まぁ、でも、良かったな。エロいこと考えても筒抜けじゃなくて」

「……あんまり考えないようにしてたんだけどな。それ」

 心を預けるということは、そういう下世話な面も聞かせる可能性があるということだ。

 そのことには気付いていた。ただ意識すると小岩井さんの方に流れてしまうから、出来る限り意識から外そうとしていたんだ。

 キスをしたいと思っただけで、精神的に甘噛みされるようなからかいを受けたのだから、そういうことを本気で考えたら、きっと良くない反応が返ってくるだろう。

「あれ? 小岩井さんは心を読めないって言ってなかった?」

「他人のは読めない」

「ふぅー……優。頑張れよ」

「……うん」

 長い息を吐いて天井を仰ぐ柳は、俺のだけは読める。という意味を理解したのだろう。

 男同士で良かった。この時だけは心底そう思った。

「そういう劣情が無いとは言わないよ。でも、それだけが全てだって思われたくないから」

「優はそういう奴だよな」

「……柳はどうなんだよ?」

「俺は現状で満足してるからさ。俺の自由を尊重して、認めてくれる人を傷つけたくない」

 結局俺達は臆病者なんだろう。

 でも、俺も当分はこれでも良いと思っている。

 いつかその劣情すら、お互いを信じているからこそ受け入れられるような関係になるまで、お互いの信頼を積み重ねれば良い。

 焦る必要も急ぐ必要もないはずなんだ。

 俺は小岩井さんに信じて貰えるような人にいつかきっとなってみせるから。

「というか、俺そもそもまだ彼氏じゃないんだよ」

「は? ちょっと待て。お前らあれでまだより戻してないの!?」

「付き合うのは、もうちょっと待って欲しい。ってさ」

「あれでか? 冗談だろ?」

「冗談なら良かったよ」

 自嘲気味に俺がそう言うと、柳は上半身をまた机に投げ出した。

 嘘じゃ無いと分かって呆れてしまったのだろうか。

「でも、今度は大丈夫なんだな?」

「うん」

 柳の問いに対して俺は即答した。

 不安はある。全てが上手く行くわけがないとも思っている。

 それでも、小岩井さんが信じてくれるのなら、俺は自分を信じて前に進もうと思う。

「なら、俺からは言うこと無しだ。お前ならやれる。俺はそう信じてやる」

 顔をあげた柳がいつもの軽い調子でそう言うと、不安など微塵も感じていない爽やかな笑顔を浮かべた。

「ありがとう。そろそろ帰るか」

「だな」

 他愛ないことを話しながら俺達は家路についた。


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