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柳の恋愛占い

 週が明けた月曜の朝、こぶの痛みはほとんど無くなっていた。

 残念ながら目の方は戻っていない。相変わらず人の顔がハッキリ見えているんだ。

「よっ。優」

 柳の軽い挨拶に合わせて手をあげる。

 どうやら小岩井さんはまだ来ていないらしい。

「まだ来てないみたいだな」

「そうか」

「分かりやすいな」

「うっせ。お前に言われたく無いさ」

 生暖かい目で見つめてくる柳から目を反らして、俺は自分の席についた。

 待ってみたものの、小岩井さんはなかなか来なかった。

 やっと来たと思ったら、チャイムギリギリで挨拶も出来なかった。

 無言で手を軽くあげると、小岩井さんも会釈を返してきた。

 どこか表情が暗い気がする。一体どうしたんだろう?

 メールでは何ともなかったはず。

 何か声をかけたかったけど、声をかけられないまま授業が始まってしまう。

 おかげで授業はほとんど頭に入らない。

 一限目の放課を今か今かと待ちわびていたせいだ。

 長い一限が終わった途端、俺は小岩井さんに声をかけていた。

「何か調子悪そうだけど大丈夫?」

「大丈夫。それより優君。授業に集中してなかった」

「うっ……」

「二人きりで話しがしたいから、放課後いい?」

「それは構わないけど」

「ん。良かった」

 小岩井さんがフッと小さく笑う。

 何で小岩井さんは笑っているのだろう? 何か良いことでもあったのか?

 それなら何で学校に来た時は、あんな暗い顔をしていたのだろう?

 その後、昼の時間も小岩井さんはいつもの無表情と違い、微笑みを讃えながら俺との短いやりとりを繰り返していた。


 ○


 放課後の部活の時間になると、小岩井さんは先に部室で待っていると言って姿を消した。

 一体何を言われるのだろうか。不安で仕方が無い。

「優。俺も後から行くから。ちゃんと話し聞いてあげろよ?」

「あ、あぁ」

「部室で発情すんなよ?」

「しねぇよ……」

 柳は緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。

 もしそうなら確かに肩の力は抜けた。

 それだけは無いと言い切れるほど、土曜日に冷たく言い放たれたばかりだからさ。

 部室に入ると小岩井さんは窓際の椅子に腰掛けて、一人静かに本を読んでいた。

 俺が入ったことに気付いたのか、小岩井さんは本を机の上に置いた。

「話しって何?」

「今週の日曜日に、お父さん達に会って欲しいって言ったこと覚えてる?」

「あぁ、うん。覚えてるよ」

 土曜日、こぶの手当してもらっている時に言われたことだ。

 小岩井さんは俺の返答に、そっかと呟くと俺の側まで近づいて来た。

「理由分かる?」

「ごめん。分からない」

 素直にそう言うしかない。きっと小岩井さんにとっては凄く大事なことで、当てずっぽうで言っても失礼なことだろうから。

「そう。あのね優君。私はお父さん達に人に迷惑をかけるなって言われ続けてきたの」

「うん」

「すごく気を遣っているつもりなのに、みんな怒ったり悲しんだりする」

「……うん」

 何となく分かる気がする。柳達に事情を説明せずにいきなり帰ると言ったり、迷惑をかけると思って、好意を断ろうと冷たく突き放す言い方したりするから。

「優君はズルしていたんだよね?」

「え……?」

「まだ私の心は読める?」

 小岩井さんはさらに俺に向かって一歩踏み込んで来て、目をのぞき込んできた。

 残念ながら、壁際に追い詰められているせいで逃げることが出来ない。

 俺のズルがばれたのか? でも、一体どうして……?

 いや、それよりも一体小岩井さんは何を考えているんだろう?

「優君。君は初めて私を理解してくれた人だった。私も初めて信じようと思った人だった」

 小岩井さんはわざわざ過去形を強調しながら喋っている。

 その口調に俺は段々と嫌な予感が込み上がっていた。

「日曜日は家に来なくてもいい」

「え?」

 それを伝えるためだけに呼ばれたのか?

 拍子抜けしたと言っても良いだろう。

 むしろ、少し安心したような気もする。

 小岩井さんのために何かをしたい気持ちはある。でも、少なくとも今の俺では、何かが出来るとは思えなかったから。

「優君は優しいよね。ずっと私のこと考えくれて。だからさ」

 風でカーテンとともに小岩井さんの長い黒髪が揺れる。

「やっぱり、一昨日のこと全部無しにしてもらえないかな?」

「どういうこと?」

 俺には小岩井さんの言っている言葉の意味が分からなかった。

 いや、分からない振りをしたかった。

 あまりにも唐突過ぎたせいで、認めたくなかったんだ。

「別れましょう。早瀬君」

 小岩井さんが淡々とした口調に似合わない綺麗な笑顔を浮かべる。

 言葉の中身も笑顔とはかみ合っていなくて、何もかもがちぐはぐだ。

 俺は振られたのか?

「さようなら。あなたは私にはもったいなさ過ぎる」

 それだけを言い残して、小岩井さんは部屋を後にした。

 頭の理解が追いつかなくて、小岩井さんを追いかける事が出来ない。

 追いかけて一体何を言えば良い?

 俺は何が言いたい? 他人の心が見えなくなった上に、自分の心すら分からない。

 俺はいつもどうしていたんだっけ?

「おい! 優!」

 柳の大きな呼び声と扉が開く音でハッとした。

「小岩井さんと何があった!? 何か泣きそうな顔して走ってたけど……って、お前」

「振られた」

「……まずは座れ。で、何があったか言ってみろ」

 柳に促されるまま椅子に座ると、一気に身体の力が抜けて、机の上に前のめりに倒れた。

「……振られた」

「優、とりあえず俺はホッとしている」

「何だよそれ。上手くいっている奴の嫌味か?」

「掘られて無くて良かった。聞き間違えたと思って焦ったぜ」

「笑えねぇよ」

「そう。笑えない冗談だ。でも、現実はもっと笑えない。とりあえず、冗談だと判断する頭は残ってたか。どうだ? 少しは頭冷えたか?」

 どんな気遣いだ。でも、柳の言う通り現実は笑えない所か泣きたくなる状況だ。

 それに比べたら柳の冗談はあまりにも下らなすぎて、確かに気が抜けたよ。

「なぁ、柳」

 いつか言われたことをお願いすべきなんだろう。

「柳。恋愛占い。やってくれ」

「任せとけ」

 柳が隣に座って腕を組みながら頷いた。

「小岩井さんが別れたいと言った理由は分かるか?」

「分からない」

「心当たりはないのか? ほんの些細なことでも、大きく感じることは沢山あるだろ」

 小岩井さんの言葉を必死に思い出す。

「何でも良い。嘘をついたことはないか? 隠し事はなかったか?」

 柳の言葉に心当たりが無い訳ではない。

 でも、俺はその言葉から必死に目をそらそうとしていた。

「すまん。優。とりあえず、今俺の聞いた言葉は一度全部忘れてくれ?」

「なんで?」

「良いから。一度忘れてくれ。それで改めて聞きたい。優はどうしたい?」

「俺はどうしたいか。か」

 心が読めたおかげで俺は、小岩井さんが凄く優しい人だと知った。

 そんな人が俺を気遣ってくれた。やり方はおかしかったけど、その心を信じられた。

 そんな風に信じられる相手が欲しかった。ずっと信じていたかった。信じられる存在でいて欲しかった。

 ズルをしてでも欲しかったんだ。

 認めないといけないと思う。俺が前に進むためにも。

「俺はワガママだったんだろうな」

「うん?」

「俺は小岩井さん。いや、智美さんに俺の理想を押しつけていたんだと思う。そして、俺はその理想で満たされていたかったんだ。そのためのズルがばれたから、俺はきっと振られたんだと思う」

「そか」

 柳はそれ以上聞いてこなかった。

 ここから踏み出すか、逃げるか。決定権は俺に託されている。

「柳。笑うなよ?」

「努力するよ」

「部活中でも寝ているやる気のない奴が言うと説得力ないな」

「やる気のない俺が努力すると言ったんだ。これ以上ない説得力があるとは思わないか?」

「何だよその屁理屈」

 柳が真剣な顔でそんなことを言うせいで、俺が笑ったよ。

 きっとこいつなら大丈夫だ。

「俺は人の心が読めたんだ。顔に考えていることが浮かびあがってさ。だから、柳が斉藤さんに告白しようとしていたことも分かったし、占い師として恋愛占いが出来た。両思いかどうかはすぐ分かるからさ」

「やっぱそうか。前々からずーっと優は心が読めるんじゃねーかなー? と思っていたんだよ。俺の考えていることに合わせて動いてくれるし」

 特に驚く様子もなく、柳は納得したように手をポンと叩いた。

 まったくこんな無感動なリアクション取られたら、俺の勇気が台無しじゃないか。

「だからだろ? 俺がここで寝てても、やる気が無いって言っても何も言わないのは」

「まぁな。分かってたから」

「そう思うとすっげー格好悪いな」

「仕方無いと思うよ。大変だったんだろ? 斉藤さんを好きになったのもそこだろ」

「そこまでお見通しか。まぁな」

 柳が苦笑いを浮かべながら後頭部をかいている。

「俺は過剰な期待をかけられるのが嫌いなんだ。クラス一位を取れば学年一位、学年一位をとれば全国一位、どこまでも際限なく親の期待ってのは上がる癖にさ。少しでも落ちれば、今までの全てが無駄だって思うくらい悲しんだり怒ったりするからな」

「だから、わざと努力を見せていないんだろ? 努力していないから仕方無い。っていう言い訳を作って。それを何度も繰り返して、やる気が無いから仕方無いと諦めさせたんだろ」

「心が読めるってのは本当なんだな。その通り。仕方無いと思っている中で期待値を出せば、満足はしてくれるからさ。多少落ちても仕方無いと思ってくれるし」

 柳は長いため息をつくと、照れくさそうな笑顔を浮かべた。

「薫はさ。親も教師も悲しんだ俺の努力と結果をすごいって認めてくれた。やる気のない振りをしてもあいつは俺を認めてくれて、信じてくれたんだ」

「だから、斉藤さんのことを好きになったんだよな。一度聞いた時に顔に書いてあった」

「恥ずかしながらな」

 ほんのり赤くそまった頬を柳が人差し指でかいている。

 恥ずかしそうだけど、同時に誇っていそうな笑顔を浮かべていた。

 俺もそうなりたかった。

「ほとんど何も言っていないのに、心が通じ合ってるみたいだし、小岩井さんが羨ましいって言った時、俺も二人が羨ましいと思ったんだ」

「心が通じ合っている? んな訳ないだろ?」

「え?」

 俺が最も羨ましいと思っていた関係を、柳はあっさり否定した。

 意味が分からない。心が読めた時だって、特に何も言わなくても通じ合っていたはずだ。

「事前に言葉にしてるか、LINEとかメールで説明してるからに決まってるだろ?」

「そうだったの!?」

「だって、みんなで映画に行こうって最初に言ったときは、露骨にガッカリされただろ? でも、あの後ちゃんと俺は自分の考えを伝えて納得してもらったんだけどな。もう一度ちゃんとデートするってさ」

「そういえば、急にご機嫌になって戻ってきたっけ。って、職員室に斉藤さんが行ってて、お前がご飯を食べずに待っていたのは?」

「一緒に食べたいから待っててね。と朝にメール来てた」

 柳のネタ晴らしに俺はがっかりした。

 思考に隔たりもなく、純粋に信じ合えるような関係だと勝手に俺が思い込んでいただけだ。

 考えてみれば、柳達が付き合った時も俺が柳に行ってこいと背中を押したからで、柳自信が斉藤さんのことを分かっていたからでは無い。

「普通、心は読めないんだから、俺達は言葉にするしかないんだ。それが嘘でも本当でも、言葉にしないと相手には伝わらない。だから、何度でも言葉にしたんだ。怒らせることも何度もあったけどな」

 柳は引きつった笑みを浮かべているものの、悲壮さは感じられない。

「そうやって思っている言葉を交わし続けて、信じられるようになったんだ。薫の想いを認めて受け入れられる自分自身と、薫が俺の想いを受け止めてくれるってさ。きっとどっちかが消えたら、俺はあいつを好きになっていなかったんだと思う」

「すごいな。柳は」

「そうでもないさ。似たようなことを経験しているから、そう思えたってだけだ」

 ここまで人をハッキリ好きになった理由を口に出来る柳の経験に、俺は興味を抱いていた。

 そこまでは心を読んで見たことがなかったからだ。

「何があってそう思えたんだ?」

「さっきも言ったけど、親とか教師が期待するのって、ある意味俺なら出来ると信じてくれているからだろ? でも、俺は親とか教師が信じる自分自身を信じ切れなかった。押しつぶされそうになったんだ」

「そっか。そこが繋がっていたんだ」

「ざっくり言えばな。逆のことを考えてみてもさ。俺が相手に認めて貰えることだけを信じていたら、それってただのワガママじゃないか。多分あっという間に愛想つかされるぜ」

「確かにすごい自分勝手な奴だな」

「さて、優。もう一度聞くぜ。小岩井さんが優を振った心当たりはあるか?」

 俺ならもう大丈夫だと思ってくれたから、柳は振り出しに戻ってくれたんだと思う。いや、そう思いたい。俺も柳を信じたいし、友人を信じられる自分を信じたいと思ったから。

「うん。俺は心が読める力でズルしたんだ。きっと小岩井さんはそのことに気がついている」

「答えは決まってそうだな。一応、占ってやるよ。手、出せ」

「頼む」

 柳の前に右手を置き、拳を開く。

「波乱はある。でも、どんな結果でもきっとスッキリはする」

「適当だな」

「そんなもんだろ? 占いってのはあくまで背中を押すだけって奴だ。後は自分の心の声に従うしかないんじゃね? 唯一いつでも見ることが出来る心なんだからさ」

 その通りだと思う。俺のやってきた占いも相手が両思いだと知らせるまでで、その先は己の心と行動次第だ。俺はもう自分のやりたいことを決めている。

「なぁ、柳」

「ん?」

「俺に心を見る力が戻っても、お前は今までと同じように友達でいてくれるか?」

「あぁ、悪いな。ここまで聞いてそれは無理な相談だ」

「え?」

 ここまで聞いて貰ったからこそだろう。まさかここでハシゴを外されるとは思わなかった。

 お前は心が読めるから近づくな。とでも言われるのだろうか?

「悪い悪い。そんな捨て犬のような顔するとは思わなかった。本当に今は読めないんだな」

「柳?」

「ここまでお互いに喋ったら、親友ぐらいにしてもらわないとお互い割に合わないだろ? 俺の隠し事まで知られていた訳だし」

「ったく、素直にそう言えよ……」

「これで今まで隠していたことを全部チャラにしてやった訳さ。そろそろ行けよ。まだ優は信じているんだろ? 小岩井さんのこと」

「あぁ、信じたいと思っている。行ってくる!」

 この想いを伝えないと俺はきっと一生後悔すると思うから。

 小岩井さんがまた下手くそな気遣いをして、俺を困らせているというのなら、俺はその気遣いが出来る優しさを信じるんだ。

 心が読めるから信じるんじゃなくて、相手のことを信じたいから信じることが出来るようになりたい。

 そんな自分を信じられるようになりたい。

 俺は廊下を最大速度で突っ走った。初めて追いかけた時とは違って、最初から全力だ。

 そして、やはり校門の外に出ても小岩井さんの姿はなかった。

 初めて会った日もここで振り向いて、会話出来たんだ。

 振り返ったらまた驚いた顔を見せてくれるはずだ。

 息を止めて後ろへ振り返る。

「あ……」

 そこに小岩井さんの姿は無かった。

 俺の事を待っていてくれている。なんて都合の良いことは無かった。

 柳と喋っている間に帰ってしまったのだろう。

 携帯を取り出してメールを打とうとしたが、俺は携帯をポケットに戻した。

 この気持ちは直接伝える方が良い気がする。

 明日は俺が逆に呼び出す番だ。


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