彼女のお願い
駅までの道のりを歩いていると、小岩井さんは突然脇道に入った。
「あれ? 駅って、あのまま真っ直ぐじゃ」
「うん。でも、優君のこぶ痛そうだから、帰る前に手当をしようと思って」
「病院に行くほどでも無いと思うんだけど」
「うん。だから私の家で応急手当する」
「あぁ、智美さんの家か。なるほど……って、へ!?」
驚いたせいでまた頭痛に襲われた。
いや、でもいきなり小岩井さんの家にお呼ばれされるなんて、思ってもみなかったんだから仕方無いよな。それに、家に呼ばれると、どうしても想像してしまうこともある。
両親に色々寝掘り葉掘り聞かれたら困る。今の俺には心を読む力がなくて、言ってはいけないことを言ってしまうかも知れない。
「安心して。お父さん達、今日はいないから。土曜日も仕事」
「そうなんだ」
余計不味いと思う。
女の子、それも彼女と二人きりで家にいるとか、色々と想像してしまうというか。
「安心して優君」
「へ?」
「時と場所を弁えず変なことしようとしたら、外に放り出して嫌ってあげるから」
「……はい」
ピンク色の想像が一気にかき消された。さすが小岩井さん、クールビューティと噂されるだけであって、とってもクールです。
「意外と落ち込むんだね」
「……嫌われたくないからね」
「そ」
どこか上機嫌な小岩井さんの短い返事に、俺はホッと胸をなで下ろした。
一体何を考えているのだろう? 上機嫌になった理由はなんだろう?
それが全然分からなくて俺はまた戸惑った。
そして同時に思ったことがある。小岩井さんのフォローは相変わらずズレているけど、話題はズレていない。
もしかして、俺の能力が移ったとか?
「ここ」
俺の思考を中断させる声がして、小岩井さんの指さす先を見ると、やけに綺麗なエントランスのあるマンションがあった。
他のマンションに比べて、明らかに格式が高い気がする。
「どうぞ」
「あ、あぁ」
小岩井さんに促されるがまま中に入ると、八階の一部屋に案内された。
広い部屋は白色を基調にしている。フローリングは良く掃除されているのか、汚れは見当たらない。
物も必要最低限の家具が揃えられていて、モデルハウスのような部屋だった。
生活感がほとんど感じられないと言っても良い。
「お父さん達は寝るだけだから。ほら、ソファで横になって」
小岩井さんは俺をソファに倒すと、部屋を出て行った。
水の流れる音が扉の向こうから聞こえる。
ジロジロ見る物では無いと分かってはいるけれど、俺は部屋の中を色々見ようとしていた。
そして、テレビの脇に置いてある写真立てに目が止まる。
小さい小岩井さんと両親が仲よさそうに写っている写真だ。
小さい頃から可愛かったんだなと思うと、自然と頬が緩んだ。
「タオルを濡らしてきたから、これをあててね」
「ありがと」
頭にひんやりとした感覚が広がる。
これじゃあ本当に熱を出した時と同じだ。
というか、俺と同じようにこぶが出来たはずの小岩井さんは大丈夫だろうか?
タオルを上にずらすと、目の前にしゃがんだ小岩井さんがいた。
「小岩井さんは大丈夫なの?」
「うん。全然痛くないよ」
その言葉が本当か嘘なのか分からない。
俺が柳につこうとした嘘と同じなのか? 分からないからゆだねるしかない。
「無理するなよ」
「うん。大丈夫」
大丈夫と言ってくれる言葉を信じるしかない。
でも、とてもそれが不安なんだ。嘘か本当か分からないことが。
「ねぇ、優君」
「なに?」
「ごめんなさい」
「どうしたの急に?」
何故謝られたのだろうか? 別に何も悪いことなどしていないのに。
こぶのことなら助けたかっただけだからだし、小岩井さんが責められるものじゃない。
何かを考えていて言葉足らずなことを言っているのだろうか。
「来週の日曜日、親に会って貰ってもいい?」
「あぁ、急に謝られたからビックリしたけど、そういうことか」
正直なことを言えば、両親に会うのはちょっと怖い。仕事に全てをかけているみたいだし、俺みたいな普通の人間でもちゃんと見てくれるのかという不安もある。
何よりも怖いのは、交際を否定されて、別れなさいと言われることだけど。
「無理ならいい」
「無理じゃない」
いつかは通らないといけない道なんだから、それにずっと気になってた。
首を突っ込んじゃいけないと知ってたけど、力になりたかった。
俺が会うことで何かが変えられるのなら、それで良いと思ったんだ。
「ありがとう。優君。起きられる?」
「ん? うん」
身体を起こすと小岩井さんが隣に腰掛けてきた。
「優君は占いをしていた時、嫌なことあった?」
「んー、うん。無いと言えば嘘になるかな」
「どんな時?」
「上手くいかないことを伝えないといけない時とかって、どう言えば傷つけずに済むかとかさ」
後は不満を心の中で呟かれると、やっぱり辛かったかな。
仕方の無いことだとは分かっているけど、好意が無碍にされるのは嬉しいものじゃなかった。
それと占いになる前、俺は自分の秘密を友達に話したことがある。
そいつに裏切られた時が一番嫌だったんだろう。
「でも、続けたんだね。どうして?」
「上手くいった時に喜んで貰えたからかな。何だろう? 感謝されることで、俺はここに居て良いんだ。って思えたからかな」
柳が感謝してくれて、俺はあの力と上手く付き合う方法を見つけたんだ。
妙な力を隠して使えば、後ろ指は指されないことを教えて貰った。
でも、あの力が無くなったら俺はどうなってしまうんだろう?
「優君ってさ。やっぱり変だよね」
「う……やっぱ臭すぎた?」
「ううん。やっぱり大変なんだね。占い師って」
小岩井さんが俺の肩に頭を預けてくる。
目を瞑り安心仕切ったような顔で、静かに息をする小岩井さんの顔を見て、俺も少し落ち着いた。
てっきりまた占って欲しいと言われるかと思った。
人の心は見えなくなったけど、おかげでこうやってハッキリと顔が見えるようになったんだ。きっと、これはこれで良いことなのだろう。
二人だけの時間が静かに過ぎていく。
気付けばタオルもぬるくなり、日が赤くなっていた。
こぶの痛みも少し引いている。
「そろそろ帰るよ」
「ん。また学校で」
小岩井さんに見送られて玄関の扉を開ける。
あ、言わないといけないことがあった。
小岩井さんが勘違いして最初に言ったことを、ちゃんと言わないと。
小岩井さんも言っていたし大丈夫だよな? 間違ってないよな?
「智美さん。今日はありがとう。楽しかった。また一緒にどこか行こう」
「ん。楽しみにしてる」
小岩井さんが儚げな笑みを浮かべて答えてくれる。
その笑顔に俺は釣られることが出来なかった。
この後も一人なんだろうか? 寂しくはないのか? もっと一緒にいても良いかな?
「やっぱり、優君は優しいね」
「え?」
「大丈夫。両親からメールは来るから、寂しくないよ」
「そっか。俺もいつでも連絡してくれて大丈夫だから」
「そう。ほら、電車の時間が来ちゃうよ」
あしらわれるように手を振られてしまい、俺は仕方無くその場を立ち去った。
曲がり角で振り向いてみると、小岩井さんはにこやかに手を振っている。
その光景に後ろ髪を引かれる思いで、俺は家路についた。
こんな状況で気付ける訳が無かったんだ。この数日後に振られるって。




