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君の顔が見えない

 人の顔を見ていると、目が疲れる。

 それが高校二年になった俺、早瀬優はやせゆうの悩みだった。

 始業時間ギリギリでクラスに入ると、皆の顔がやたらと騒がしかった。

 どうやら転入生が来るらしく、色々な期待や不安が行き交っているようだ。


「カワイイ女の子が来るみたいだよ」


 教室の真ん中で栗毛色の女子が明るくそう言った。


《でも、かわいければ良いって物でもないけどね。何か無表情だったし。あれ、無口で性格悪いやつよ》


 明るい顔に浮かび上がる文字を見て、俺はそっと目をそらした。

 まだ会ってもいないのに、仲良くなれるか心配していたり、どこのグループに入るのか気にしている。女子は色々大変そうだ。

 目を反らした先に入った男子の方は、小説やドラマのように運命的な出会いを妄想していた。パンを咥えた女の子は見なかったと悔しがっている奴は一体何を考えているのか。


《春の転校生はフラグ! まさか俺の幼なじみが可愛くなって戻ってきたとか!?》


 お前の幼なじみは男しかいないだろうが。と心の中でつっこんでおく。

 ただそんな馬鹿げた妄想の方が、俺は気楽に流せるので助かった。

 気楽に流せる文字があるとは言え、三十四人分の思考が目の前で流れ続けるのは目が痛くなる。

 それ以上は見ていられなくなって、俺は机に顔を伏せた。


「優、大丈夫か?」

「柳か。ちょっと寝不足で頭痛くてな。大丈夫だ」


 癖っ気のある黒髪の青年、柳亮太やなぎりょうたが声をかけてきた。

 若干垂れ目気味で幼い印象も受けるが、顔のバランスが整っているおかげで、幼さと格好良さが良い塩梅をしている。

 中性的な雰囲気のおかげか、女子からの顔の評価が高い。その上、明るく、優しいと評判になっている奴だ。


「そか。無理すんなよ。何せお前の横に新しい机があるんだ。占いなんかしなくても何が起きるか想像はつくよな? 男女ともに人だかりが出来るぞ」

「……善処するさ」


 お前のせいだろう。と言いたかったが、前の二月からずっと言い続けているのに柳は悪びれないため、言う気力すら失せていた。

 早瀬優は占いが出来る。それは俺が咄嗟について、柳亮太が広めた嘘だった。


「お、早瀬ー! ちょうど良いタイミングで来たな。例の転校生と恋愛占いやってくれよ」


 柳のせいで俺が来たことに気付いた男が一人、声をかけてきた。

 柳の言う通り、早速気の早いお客さんが来た訳だ。


《早瀬の占いで良い結果が出れば、俺にだって彼女が出来るんだ》


 そんな文字が顔から浮かび上がっている。

 俺の目は未来が見える目ではない。ただ、何を考えているのか見えるだけだ。

 見たことも話したこともない人間の心など、知る由もなかった。


「ホームルームを始めるぞ。みんな席につけー」


 担任の野太い声が答えに困っていた俺を救ってくれた。

 眼鏡をかけた小太りな中年のおじさんが、教室に足を踏み入れる。

 すると、皆が期待と不安を胸に抱いた状態でそれぞれの席へ戻っていった。


「あー、分かっている人もいるとは思うが、転入生を紹介する。入れ」


 扉がスライドし、一人の女の子が教室へと足を踏み入れた。

 教室のざわつきと共に、目の前が文字だらけになる。

 文字の壁に遮られて、肝心の転校生の姿は見えなかった。


《っ!? おい! やべぇよ! 芸能人か読者モデルでも来たか!?》


 目の前の男の心を見れば、噂通り可愛い子が来ているのは分かったが、肝心の顔が見えない。これだから教室の端っこは困るんだ。


「初めまして。小岩井智美こいわいさとみです。仕事の都合上、アメリカに住んでいましたが、今年日本に戻ってきました」


 淡々とした女性の声が聞こえた。

 緊張など微塵もしていないのか、とても落ち着いた印象を受ける。


「先生、私はどこに座れば良いのでしょうか?」

「奥にある空いた机が小岩井さんの席だ」

「ありがとうございます」

「自己紹介はさっきので良かったのか?」

「はい」


 静まりかえった教室で足音が近づいて来た。

 好奇心の濁流の中から現れた彼女の顔を見て、目を奪われたのはきっと仕方のないことだったのだろう。


(……文字で顔が見えない?)


 細身の身体に黒く長い髪が生えているのは分かったが、肝心の顔はびっしりと文字が埋め尽くされて、黒塗りにされている状態だった。

 誰もがカワイイと心の中で絶賛する小岩井さんの顔を、俺は認識することが出来なかった。

 こんなことは初めてだ。

 よっぽど間抜けな顔を俺はしていたのだろう。

 逆に小岩井さんの方が真っ黒な顔を横に傾げて、俺に声をかけてきた。


「私の顔に何かついていますか?」

「えっと、いや、その、何でもないです」

「そうですか」


 顔に文字がびっしり付いているよ。なんて言える訳がない。

 そんなことを言って見ろ。ただでさえ占い屋としてうさんくさい立ち位置にいるというのに、さらに変な人間として見られるはずだ。

 心を落ち着かせるために彼女から視線を外して前を向くと、男達の顔には羨ましいという文字が浮かび上がっていた。


《クールビューティ。やべぇ。あの冷たい瞳で見つめられたい》


 そんな心の声を見て、もう一度横に視線を送るが、クールビューティの顔はやはり黒く塗りつぶされていた。

 俺はこの時、中学以来の人の心が分からないことを経験した。

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