【Natural Disaster】
”自然の猛威に成す術はない”
避難警報が発令されたのは初めてだ。ヲーンヲーン、町内放送と共に鳴り響く警報音。
冷静にはなれないようで、どこへ避難すればいいのか頭が回らない。家族と暮らしていれば、焦ることもなく親に誘導されるがまま、移動できただろう。一人暮らしがこうも災難を招くとは予想外だ。
このまま、貸家に立てこもっても安全なのではないか。外風が容赦なく窓にぶつかる。今にも窓が割れて、ガラスの破片が襲ってきそうだ。不安が僕の足を止める。逃げ場所に見当がつかないのなら、いっそのこと、ドラえもんみたいに押入れで身を委ねる方が吉かもしれない。
そうとなれば、行動が早い。すぐさま押し入れを開けて、もんもんと収まっているガラクタをあたりにちらかす。丁寧もクソもひったくりもない。ガタガタゴヤゴヤ、ものの数分でガラクタは本当にガラクタめいた惨状になった。そのことを気にすることもなく、僕は押し入れの二段目に飛び入って、戸を閉めた・・・
次の刹那、ふわっと臓器が浮いた。僕はのび太くんではあるまいし、押し入れに潜り込んだ瞬間、寝入るほどの能力はない。だったら、この感覚は何なのか。錯覚にしては長続きする。戸を開けて確認しようか。そうだそれが手っ取り早い。だが、その選択は彼を絶望に導く。
ブワッ、グワッ、頬を伝う空気が凄まじい。息が苦しくなって、声をあげることもできない。そんな、”家が空中に浮いてる”驚く暇もなく僕は空中に投げ飛ばされた。まるで吸い込まれるかのように。足掻くこともなく、すんなりさんなり、自然の餌食だ。
空中を乱舞しているさなか、もちろん意識が朦朧としていて、何か策を練るにも、無意味すぎる。僕の人生これまでか、突然だったな。誰にも見られることもなく、音沙汰もなく、人知れず死ぬ。予想を遥かに超えた結末だ。てっきり病気か寿命らへんで亡くなるのかと思っていたのだから。死は予想を裏切ってくる。
バタン、目を瞑っていたから何が起こったのか理解はしかねない。バタンときてキューとくるなら、ああ僕は天に召されたのか、と思う間はないと思うけれど思うだろう。しかし、この触感はまだ生きているようだ。今のところ、それだけしか現状把握できていない。それに、もう意識はもたない。僕は生きていることに落ち着いたかのようにブラックアウトした。
「自然小屋に人間がやってくるのはひさしぶりだねぇ」
「いえ、シゼン様、一度も訪れた者はいないはずですが」
「あれ、そうだったかな。となると、私の前世は人間だったのかもしれない。人間界でいう輪廻転生って奴なのかな。今の私は、目の前にいるこやつらの生まれ変わりだ、なんて思うと滑稽だけど。あーあ、笑えない。どうしてくれんの、楽しくないじゃん。責任とってよタフウ」
「はい、わたくしめが、全力をもって楽しませてみせます。いでよ、アメダスさん」
「ははは、なにそれ。ポケモンか何かなの? もしかして、鳴き声が名前と同じだなんてオチではないでしょう」
”アメ、、、あっぶだーん”アメダスは鳴き声をとっさに偽った。
「どうですか、お気に召したでしょうか」
「ふふふ、アメダスちゃんだっけ、いい根性してるね。今ので私を騙せたつもりなのかな。そうでなくても、私の予想を裏切るのはよいことだ。まるで人間の死と同じだよ。あっぶだーんって、ストレッチでいうアップとダウンみたいだけど。私は、準備体操なんてめんどくさいから、すぐに本番入りしちゃうタイプでね、貴方はどうなの?」
「わたくしは、準備だけに入念に体操する派です。そうしないと、上手く雨風を起こせないのです」
「パフォーマンスにこだわるのはよいことだ。まるで人間の生と同じだよ。ねぇタフウ、この子はどうしてこの場所に来たんだと思う? まさか、彼は人間の様相をした、私たち自然界の何者だったりして。それとも、私か貴方が招待でもしたのかな」
「そうですね、彼がここに来たのは天気のように気まぐれな出来事、としか言い様がないです。加えて、わたくしもシゼン様も、仕向けてはいないはずです。根拠なら、こうして手足を拘束しているからに他ありません。得たいが知れないからこそ、こうやって不自由にしてるのでしょう」
「ご名答だ。私は神様じゃないから、人間と同じく命がある。けど、寿命が途方もなく長いだけで、殺されないとは限りないのよ。私が自然小屋を密かに創造したのも、他の関与を少なくしようとしたことに他ならない。まぁ、あんただけは特別なんだけどね」
一部始終を黙って聞いていた。意識が朦朧としてるなか、耳だけは開きっぱなしなため、聞こうと聞くまいと意識せず、耳を傾けていた。けれども、何か有益な情報を得たはずもなく、ほぼ雑談めいた情報と信じられない情報がふわふわと脳内をさまよっていた。人が侵してはならない領域、があるとすればこういう場所を言うのかもしれない。自然小屋という未知だらけの空間に潜り込んでまで、命が助かったことは果たしてよかったのだろうか。僕は困った顔をする他なかった。
むしろ、こんなところに来るのなら、いっそのこと地面に叩きつけられて死んだ方がよかったのではないか。その方が一瞬で、楽に死ねたかもしれない。安楽死。けれども、最悪、奇跡がなんだと起こって生きてしまっているかもしれない。そうなってしまえば、生き地獄だ。そう思うと、案外、こうして四肢が縛れていようとも、怪我一つもなく生きているのは幸いなのだろう。
いつ目を開けようか、今でしょ。
「あの、会話に挟み入るのは、あまりにも申し訳ないとは思うのですが、よろしいでしょうか」
咄嗟に身構えるタフウ。まあまあ、と宥めるシゼン様。
「盗み聞きをしていないだろうな」
タフウはギラついた目で僕を牽制する。当然の成り行きと言えば当然だ。野生動物に近づいたら、即刻逃げられるのと似たようなもので、彼も彼とて警戒しているのだ。僕はというと、死に際を経験したせいか、それほど恐怖は感じない。
「滅相もありません。人聞きの悪いこと言わないでください。僕は今、目が覚めたばっかりで右も左もわからないんですから」
「では、嘘を吐いていないか確かめさせてもらう」
これもまた予想外。今日はとことん予想に裏切られる。タフウは静かな風を僕の胸中に送る。ドン、風は奇妙な音を出して、跳ね返りタフウの手に収まった。
「シゼン様、こやつは嘘をついています」
いとも簡単にバレた。どういう原理で嘘を見抜いたのか、よくわからないけれど、真実を知られてしまった。僕はどうして嘯いてしまったのだろう。バレるはずがないと思い込んでいたのもあるけれど、何より空想めいた世界に酔いしれていた。現実のどれとも当てはまらない風景や存在、そんな世界が僕を陶酔していたのだ。嘘を吐こうが、真実を言おうが、ここでは許される。そんな気がした。
「だから、まぁまぁ、そうピリピリすることもないよ。私は彼を白だと判断したから、これ以上の疑いはストレスさ。悩むのはいいことだけれど、病にかかるのはよくない。タフウ、彼の錠を解いてあげて」
「はい、かしこまりました」
タフウは血の気を引き、僕の錠をなくした。その動作に自然さは感じられなかった。類は友に気づく。人間もまた不自然であり、不自然には敏感である。それからタフウは何も言わず、姿を消した。
「ありがとうございます?」
「どうして疑問系で感謝する。初対面だから、言葉に慎重になってしまうのかな。それとも、人は皆がそうで、色々と落ちぶれてしまったとか。情報過多な時代だし、何を信じればいいのかわからなくなるのも無理はないと思うよ。平たく言うと、貴方みたいなのが人間界の大半を占めてるってことだから、一人を酷く責め立てるのは不公平だね。それこそ不自然かな。私たちはランダムに自然災害を起こしてるけれど、その理由は無作為に、公平に正すためだよ。よりよい自然を目指してね」
初見殺しのマシンガントーク。なんだそりゃ。殺戮と何ら遜色ないように思えるし、一方的な暴力でもある。何をどう捉えて自然とするのかは知らないけれど、それではあまりにも残酷だ。けれども、僕ら人間に責めることはできない。何故なら、僕らが自然にしたことも同様だからだ。
「その、僕には何もかも話が壮大すぎて、ハッキリ言うとついていけないです。僕は本来、地面に叩きつけられて死んでいた身です。そうでなくても、僕に何かを期待しているのなら、それは期待外れですよ。シゼン様は神様ではないみたいですけれど、見るからに人外の枠を超えていそうです。それに比べて、僕一人は本当に無力で、立ち向かう分には引けをとりませんが、僕なんていなくても同然です。仮にシゼン様を説得すれば自然災害は止まるという事実を知ったとしても、どうにもしません。人類を助けた英雄だとか、救世主だとか周りにチヤホヤされたくはありませんから。そうでもなくたって、他人を助けたところで僕は助からない」
動揺してるというのに不思議だ。思っていることをそのまんま、言葉にできる。僕の人生で、かつてそんなことがあっただろうか。グループの輪で極端に主張を嫌い、いやだなーと思っても逆らわず、黙って従っていたこの僕が。ペラペラ流暢に口答えしているこの状況に違和感を覚えずにはいられない。
「ついてこれなくても、聴くぐらいならできるでしょう。理解するかしないかは、どうとだっていい。確実に、君にとっては残らない情報だからね。果たして、君は死ぬのか生きるのか、それさえもどうだっていい。これは夢と遜色ないと思ってくれてかまわないよ。ここで起きることは全て、人間界には持って帰れないからね。つまりは、君がとても気にしそうな生死の問題も、意味をなくしてくるわけさ。だから心配ご無用」
まるでここがもう、死後の世界だと言っているようにも聞こえる。自然小屋、あたり一面は真っ白で本当に小屋がポツリとあるだけだ。ここが天国なら、さすがに何もなさすぎる。逆に地獄だとしても、この環境下でだれが苦しめようか。
「それって、現実の僕の立ち位置はどうなってしまうんですか。仮に、僕がこのヘンテコ空間で野垂れ死ぬか、シゼン様やタフウさんに殺されでもしたら、その場合はどうなってしまうんですか」
「小難しい質問をするね。たぶんだけど、君は人間界に戻るはずだよ」
「たぶんって、根拠か何かはあるんですか」
「うーん、根拠というか、耳よりや本でしか把握してないし、九割ぐらいはホントなんだけれども、経験したことはないから、何とも言えないんだよね。説明すると、世界は横と縦に連なっていてね。それで、ここは縦の世界なんだけど、君がいた人間界がこの世界の下にあるんだよ。そんでもって、上で死ねば基本的に下に落ちるっていう仕組みがあるんだよ。これはもう自然の摂理というか、世界の摂理だけど。もちろん、例外はあるけどね」
「え、じゃあ僕は天人にでもなれたんですか。死ぬ間際に、僕の内なる才能が目覚めて、ぶわっと羽みたいなのが生えたり、しちゃったんですか。もしそうだったら、これも何かの縁ですし、ここで暮らしたいです」
「採用! いいよ、毎日が退屈で仕方なかったから、暇つぶしにはなりそうだ。何千何万年もの間も、変化がないとくたびれて、くたびれ死んでしまう。タフウだけじゃあ、物足りなかったんだよ。あの子は生真面目な性格だから、どうにもとっかかりにくいところがあるからね。うん、じゃあお家作ってあげるから、待ってて」
シゼン様は指で、空気上に家を描いた。三角を書いて、四角を描いただけの、まさに絵に描いただけの家だ。家は突然、何もないところから出現した。
「はい、ここが今日から君の家だよ。たぶん、お腹は空かないと思うから適当にくつろいでくれ」
「あの、ドアがないんですけど、どうやって入ればよろしいですか」
「あ、忘れてた。ほらよっと」
すぐさま、ドアを描くシゼン様でした。
それから幾数年かの時が経ち、地球から自然小屋に住居をもった少年は、老化で死んだのでした。そして、物質世界に戻り、少年は地面に叩きつけられて死んでしまった。それからのことは、死んでも死にきれない地獄の日々である。めでたしめでたし。