10月13日 妖狐、慟哭する
寺町朱穂さんの『人間どもに不幸を!』とリンクしております。
作品内の、「10月15日 いつかの川辺で」の前の話となります。
10月13日 夕
平太郎は目の前にあるドアの呼び鈴を押した。扉の横の表札には「稲荷山」と示されている。しばらく待っても住人が姿を現すことは無かった。
確かに来訪する事は告げていなかったが、一体どこへ行ってしまったというのだろうか。平太郎が仕方なく帰ろうとすると、後ろから声がかけられた。
「考人ならおらんぞよ。何か用かの。天狗よ」
「これは奏殿。少し、考人と話がしたくて参った」
「…あの人狼の小娘についてか?」
その言葉に少し平太郎は躊躇ったが、小さく1つ頷いた。平太郎の目の前にいる少女、狐坂奏は目を伏せて小さく首を振る。
稲荷山の許婚としてうろなの町にやってきた狐坂家の当主。身なりこそ小さいが、彼女もまた妖怪であり、齢30を数える妖狐族の一員だった。
「やめておいた方がよいぞ。随分と塞ぎこんでおる」
「仕方あるまい。だが、私はサツキ殿に考人をよろしくと頼まれたのでな」
「お主、あの娘に会ったのか?」
奏の目が驚きを写す。無理も無いだろう。サツキはここの所ふらふらと出歩いており、妖怪仲間にもその姿を見せなかったのだから。
旧鼠の松も目付け役としてあちこちを探し回っており、ようやく見つけた矢先に想定外の「二人目の陰陽師」に出くわしてしまったのである。
「うむ。前日に少しばかり、な。
考人に伝えてくれぬか。今宵、山に来い、と」
「話すだけではなさそうじゃの」
「稽古をつけてやる、と付け加えておいていただこう」
奏は頷き、しかし「行くかどうかは分からぬぞ」と言った。天狗仮面もまた頷き、「大丈夫だ。私は待つ」と言った。
○ ○ ○
稲荷山がそれを聞いたのは、同日の夜、時間にして22時頃のことだった。どこともなくふらふらと歩いていた稲荷山が家に帰って来ると、奏が座って待っていた。彼女は、「あまり許婚に心配をかけるものではないぞよ」と言った。
「……悪い。帰ってくれないか」
覇気の無い声でそう、稲荷山が返す。やはりずいぶん堪えている、と奏は1つ息を吐き、それでも稲荷山の行動に対して何も言わずに立ち上がった。
「また明日も来るぞよ。それと、天狗から伝言じゃ。
稽古をつけてやるから、長老の広場に来いとのことじゃ」
奏と目を合わせようともせずに、稲荷山は玄関の鍵をあける。その無機質な音に紛れるように一言「行かねえ」と呟いたのを、奏は聞き逃さなかった。
稲荷山に背を向け、そ知らぬ風にその場を去る。
「行くかどうかは考人が決めるがよい。
しかし、あの天狗は人狼の娘に会っていたようじゃったぞ」
部屋に入り、ドアを閉めようとしていた稲荷山の手が止まる。
「詳しくは聞いておらんがの。では、また明日じゃ」
一瞬だけ振り返り、そう言い放った後、奏は振り返ることなく立ち去った。
「平太郎が……サツキに?」
稲荷山はそうつぶやき、閉じかけのドアをそのままにしばらくそうしていたのだった。
○ ○ ○
西の山に、冷たい風が吹き抜けた。
「……来たか。遅いぞ、考人」
栃の木の広場の中央。仁王立ちしていた平太郎に向かって、稲荷山は問いかけた。
「どういうことだよ。平太郎」
「稽古を始めるぞ」ゆっくりと平太郎が竹刀を構える。
「……次郎も使わないつもりかよ……。
お前、サツキに会ったってどういうことだよ!」
平太郎は仮面を被ったまま構えを解かず、また何も言わない。
「何とか言えよッ!!」
稲荷山がしびれを切らし、平太郎に殴りかかる。平太郎の体がゆらりと揺れ、稲荷山の拳をひらりとかわして小手を打ち据えた。
「動きが雑である。感情に己が身を任せるな」
なおも稲荷山は吠え殴りかかる。平太郎はそれをいなし、その度に稲荷山に一撃を入れる。天狗の面をつけ、傘次郎も持たぬ平太郎の打撃など、妖気をむき出しにしている稲荷山にしてみれば蚊に刺された程度のものである。それでも平太郎はその行為をやめることはなく、稲荷山はいらつきを押さえられずについに妖狐の姿になり牙をむき出して叫んだ。
「お前が!お前がサツキに会ったんなら、どうして止めなかったんだよ!
サツキが死んでもよかったってのかよ!答えろ!平太郎!」
5本の尾を翻し、稲荷山が幻体をつくりあげる。夏まで3本であった彼の尾は、一本だたらとの戦いや今回の騒動を経て「不幸」や「悲しみ」を吸収し、5尾の妖狐へと成長を遂げていたのだった。
平太郎は竹刀を納め、居合いの構えをとった。
一吠えして飛びかかる2体の稲荷山が平太郎の喉笛に噛みつかんとするその一瞬。平太郎の目がぎらりと光り、回転しながら抜刀された一撃が両方の稲荷山をほぼ同時に打ち据えた。
「……天狗流抜刀術、山薙やまなぎ」
残心を解き、姿勢を正す平太郎の後ろで地面にごろりと転がった稲荷山が空を見上げた。幻体を消し、人間体になって大きく1つ息を吐く。妖怪として一切の力を出していない天狗に、稲荷山の攻撃は一撃たりとも届くことはなかった。「…ちくしょう」
一言呟いた考人は、溜まっていたものを吐き出すように雨空に向かって慟哭した。
その傍らで、平太郎は何も言わずに腕を組んで立っていた。
しばらく後に、落ち着きを取り戻した考人が照れ隠しのように平太郎に言う。
「……平太郎、さっきテキトーに考えただろ、山薙あれ」
「ばれてしまったか。やはり技は名前がなくば映えぬからな」
「阿呆天狗め。……聞かせてくれるんだろ。サツキのこと」
「そのつもりである。サツキ殿は考人の事を一番心配していたのだぞ」
そうして、平太郎は話し始めた。家族を殺され、サツキの中にどす黒い恨みの感情が生まれたこと。日々大きくなるその感情に彼女がうまく笑えなくなっていったこと。夏の戦いで家族の声を聞き、託された責任と重圧に押しつぶされそうになっていたこと。うろなに住む妖怪から、新しいまとめ役にと過剰な期待をされていたこと。
稲荷山は静かに聞いていた。雨粒の落ちてくる宙を見つめたまま、「何で言ってくれなかったんだよ……」と呟く。
平太郎は恨みを残した妖怪のもたらす影響についても、包み隠さず話をした。強い恨みや妬みを持った妖怪が命を落とす時、黒い感情はその地に呪いや祟りとなって残ることを。
「サツキ殿は、この町が、うろなが好きであった。
自らの感情が町に災いをもたらさぬ様、あえて一人で戦い、そして散ったのだ。
考人。お前はまだ若い。納得できぬ事も多かろう」
天狗の面を外し、稲荷山と同じように空を仰ぐ平太郎。幾筋かの水滴が平太郎の顔を流れる。
「私とて、止められるものならば止めたかった……
娘一人救えずして、何が天狗仮面であろうか。
私は……悔しいのだ」
「だけど……あいつは、納得して戦ったんだな」
稲荷山は起き上がり、平太郎に背を向けた。
「俺はまだ、納得は出来ない。町のほとんどの人がサツキの事を忘れてる。
変に勘違いしてる人もいる。俺も忘れられたら楽なのかな」
「私は、いや我々は忘れぬ。決してだ。考人も忘れるな。
誇り高きあの姿を。朗らかに笑うあの笑顔を……」
「俺が覚えてても、周りが忘れてるんじゃ意味ねえよ……」
「……人間と妖怪は違う部分も少なからずあるものだ」
「……るせえ、阿呆天狗」
稲荷山はまだどこか寂しそうな表情で栃の木の広場を去っていった。
一人残された平太郎は「考人……」と自らの弟弟子の名を呟くが、雨音がそれをかき消し、誰にも平太郎の呟きは届くことはなかった。
寺町朱穂さんの稲荷山考人、お借りしました。
兄弟子の言葉は届かず。後日、考人君を救った言葉が妖怪ではなく人間から与えられたというのは、何か考えさせられるものがあります。
コラボ作品URL
人間どもに不幸を!
http://ncode.syosetu.com/n7950bq/
該当リンク話
http://ncode.syosetu.com/n7950bq/45/




