【うろ夏の陣・8月14日】妖怪、山を守る
8月14日(水) 夜
うろな町の西にある山の動物達はその姿を隠していた。山の長老である栃の木の指示により可能な者は森や山の奥地への避難を行ったからである。
山頂に近い部分では、妖狐、稲荷山考人と人狼、鍋島サツキ、そして猫又混じりの九十九神、降矢くるみ、みるくの4人の姿があった。
町に住む他の妖怪達も、自分達の町を守るためならば、と平太郎や鬼ヶ島の声かけに集い、山の各地へと散開している。
天狗と唐傘は、最前線である無山へ。伏見の鬼兄妹と鬼ヶ島はその南へ。鬼ヶ島が町外から連れてきた対人外の精鋭部隊も遊撃班として動く。うろな町の他の妖怪達も、各個で妖怪を相手取ることになっている。
どれだけ犠牲が出るか分からない。考人は出来ればこの場に双子を連れてくることは避けたかった。危険から遠ざけておきたかったのだ。
しかし、自分だけのうのうと町で待っている訳にもいかない。迷った末の決断として、双子を山まで連れてきたのだった。
「タカト、もう体は大丈夫かにゃ?」
サツキは、数日前に一本だたらとの戦いで負傷した考人の身を案じた。しかし、考人は逆に一本だたらの不幸を喰い、妖力だけで見れば以前の彼とは段違いの強さを持っていた。
「心配すんな。ヤツの妖気も馴染んで、前より調子いいくらいだ」
「おにーちゃん、わたしもがんばる」
「わたしもー」
双子達も、その小さい体に精一杯の闘志を秘め、町に仇為す妖怪を相手取ろうとしている。考人は双子の頭をぽんぽんと叩き
「そうだな。一緒に頑張ろうな」と声をかけた。
○ ○ ○
天狗、琴科平太郎と唐傘化けの傘次郎は、無山に居た。山のさらに西方、町の外からやってくる妖怪の気配はもうすぐそこまで来ている。
平太郎はいつものジャージ姿にマントをなびかせて、傘次郎を構えていた。
「次郎、傷は大丈夫であるか」
「へい、あの双子に治してもらいやした。大事ありやせん」
「うむ」
平太郎は大きく一つ頷いた。しかし、視線は常に西方へと注がれている。夜の闇の中ではそう遠方まで見通すことは出来ないが、妖気を隠そうともせずに近づいてくる一団の気には覚えがあった。赤坊主と青坊主のそれである。
自分を人質に取り、父・総一郎を手にかけた卑劣な妖怪。自らが父の枷になってしまった事への後悔、絶望。それらは今も尚、平太郎の中で燻り続けていた。
「恨みが無いとは世辞にも言えぬ。しかし、今為すべき事はわかっているつもりだ」
傘次郎に向けて、いや、半ば自分に向けて、平太郎はそう呟いた。
その瞬間。闇の中を何かが飛来し、こちらへ向かっていることが感じ取れた。
○ ○ ○
横に一転、身をかわした平太郎がそれまでいた場所に、大岩が落ち、轟音を響かせた。
「来たかッ!」平太郎は天狗羽扇を取り出し、大岩の飛来した方向へ向けて鋭く天狗風を見舞った。数対の妖怪の悲鳴が聞こえたが、感じる妖気の多さにそれほど違いは見られなかった。
平太郎のいる広場へと、妖気の主が姿を現す。それはやはり、父の仇である大入道の二人であった。
「ぐふふ、戻ってきた…戻ってきたぞクソ天狗!あの時の借り、きっちりと返してから
存分に町で暴れてくれるわ!」
赤坊主が血走った眼を見開いて叫ぶ。その左腕は肩口から先が無く、肩口を覆うように包帯が巻かれている。赤坊主の左腕は、かつて平太郎が妖力を暴走させた際に切り落とされており、その恨みを今まで抱いて赤坊主は過ごしていたのだった。
「ワシらの武の前に、なす術もなく死にさらすがよいわ。あの時の貴様の父のようにな」
青坊主が静かに喋り、平太郎の肩がぴくりと動く。傘次郎が「兄貴…」と声をかけるが、平太郎は「心配するな、安い挑発である」と平常心を保っていた。
青坊主はなおも続ける。
「ワシら二人で貴様の相手をしてやろう。父の仇だ。さぞワシらが憎かろう。
残りの奴らはこの場から退かせる故、心配するな」
「一匹たりとも通すわけにはいかん!…と言いたい所だが、良かろう。
山には、私が信を置く仲間達が控えている。貴様ら二人を足止めすれば
後は烏合の衆であろう。烏合らしく、鳴いて飛び去るが良い」
大入道の後ろにいる軍勢の殺気が高まる。赤坊主が激昂し、叫ぶ。
「虚仮にしやがる!てめえ、この軍勢が見えんのか!百をゆうに越えるこの軍勢!
道中で従えたこの軍勢を烏合の衆と抜かすか!」
「烏合の衆でなければ猿の集まりである。猿山の大将に似合いの軍勢であるな」
「クソ天狗が!ぶち殺す!くびり殺す!裂き殺す!やっちまえ!てめえらぁ!!」
赤坊主の怒号と共に、妖怪の軍勢が押し寄せる。しかしそれは、平太郎の計算通りだった。周りを囲まれて襲い掛かられるのも、ここを素通りさせてしまうのも得策ではない。
一方向からこちらに向けて突っ込んでくるのならば、思う壷である。数日前の前鬼、後鬼に比べて、そういった点では御しやすい相手であるな、と平太郎は天狗羽扇を構えた。羽扇に嵌め込まれた宝玉がぎらりと鈍く光る。
「竜巻け、風よ!くらうがいい!天狗羽扇ッ!」
一切の手加減をせずに、平太郎は羽扇を振るった。羽扇から生まれた風は唸りと共に妖怪軍を飲み込み、巻き上げ、飛ばしていく。程度の低い妖怪であればそのまま千切れ飛ぶであろうし、ばらばらに分かれた軍勢であれば、後ろに控える仲間達がなんとかしてくれる。
平太郎が、1人無山で控えていたのは、羽扇の技の性質の為である。仲間がいれば、仲間まで巻き込みかねないからだ。天狗風の規模が大きくなればなるほど、敵味方の区別をつけるには膨大な量の妖力が必要になる。区別をつけなくても良いとなれば、繊細なコントロールなどはせずに思い切り力を解放するだけで良いのだ。
大方の妖怪は吹き飛ばしたが、やはり大入道の二人はその場に踏みとどまっていた。元の体が大きいせいもあるだろうが、やはりその身に蓄える妖力の大きさが主な原因だった。
「宣言通り、他の者達はこの場より退いたようであるな。残すは…
貴様らのみである。覚悟するがいい」
「昔のままではない、という事か。ワシら2人相手によく吠えるものだ。
赤坊主。遠慮なく2人でいかせてもらおうではないか」
「黙れ、青坊主。ここは俺だけで充分だ。お前はそこで見ていろ」
「すっかり頭にきておるな。片腕では不利やも知れぬぞ?」
「あんなクソ天狗、右腕だけで充分よ!いいから見ていろ!」
赤坊主が平太郎の前に立つ。平太郎もまた、傘次郎を一文字に構えて赤坊主を相手取る準備を整えた。もちろん、青坊主の動きにも警戒は怠らない。いつどこで襲ってきてもおかしくないのだ。
「かかって来い。琴科一派が天狗、平太郎が相手だ」
「クソ天狗が一人前ヅラしてんじゃねえ!」
赤坊主が地面を蹴り、拳を大きく振り上げて向かってくる。因縁の対決の火蓋が切って落とされた。
今日中(9月16日)中に、最低でももう一話書きたい所です。
寺町さんの稲荷山考人、鍋島サツキ
パッセロさんの降矢くるみ、みるく
綺羅さんの伏見弥彦、葵
零崎さんの鬼ヶ島厳蔵、長老・栃の木
それぞれお借りしております。




