【うろ夏の陣・8月5日】天狗、町外の妖怪に会う
人外合同企画「うろな町・夏の陣」開催です。
こんな感じのテイストですよ、と。
始めたからには最後まで走り抜けなければなりません。
企画に参加していただいた方達と共に楽しんで書いていけたら良いですね。
8月5日(月) 夜
平太郎は夜のうろな町上空を天狗風を身に纏い跳んでいた。手には傘状態の傘次郎が握られている。
唐草模様のマントをはためかせ、町に不審な輩がいないかどうか目を光らせる平太郎。しかし、天狗面の下の彼の顔は曇っていた。
先日、うろな町に住む妖怪の一部が一斉に姿を消す、という事件が起きた。何者かによって消滅させられたのだと平太郎は聞いている。中には、平太郎が町で知り合った妖怪もいた。妖狐である平太郎の知り合い、考人の周りでも、近しい妖怪がいなくなったと言う。
「痛ましいことだ……」
芦屋梨桜。今回の事件の下手人は彼女だと生き残った町の妖怪達の間では噂になっている。以前、一度会ったことがあるが、まだ年端もいかぬ朗らかな少女だったではないか。にわかには信じられなかったが、考人に聞いた所、沈痛な顔をして「事実だよ」とだけ答えて俯いていた。
人と妖怪は合い入れぬもの。そう分かってはいても、やりきれない気持ちが残る。そんな平太郎に
「妖怪、と一口に言っても色々ありやす。
あんまり考え込むと毒ですぜ、兄貴」傘次郎が声をかけた。
「うむ。済まぬな、次郎。心配をかけているようだ。
ただ、うろなに住む者どうし、互いの理解を深められれば良いのだが」
「分かってくれる人間もきっとおりやすよ。
あっしらは、しっかりとこの町を守りやしょう!」
そう言って、ばっさばっさと傘を開閉する傘次郎を見て、平太郎は一つ、笑みをこぼした。
「言うようになったではないか。次郎。
随分と男ぶりが上がったのではないか?」
「そうでございやしょう!?人呼んで、うろな天狗の懐刀、唐傘化けの傘次郎たぁ
あっしのことでさぁ。もっと賛辞をいただいても、いいんでございやすよ?」
「調子に乗るな」「あいてっ」
空いた方の手で、傘次郎の柄をこつんと叩く平太郎。二人は笑いながらうろな町の空を高く跳ねた。
○ ○ ○
そろそろ帰ろうかとする矢先、平太郎は上空に妖気を感じてそちらを見た。そこには、白い布のようなものが不規則に漂っていた。
平太郎と傘次郎は顔を見合わせてその白い布へと近づき、声をかけた。
「そこの者。一反木綿かとお見受けする。この辺りでは見ぬ顔だが如何なされた?」
一瞬、布の動きが止まったかと思うと、布の一部がピンと張られ、平太郎めがけて突き出された。
「なっ!?」刀の突きのように放たれたそれを反射的にかわす。しかし布の軌道がぐにゃりと曲がり、平太郎の肩とマントを切り裂いた。
「あぁ、浅い…。よく避ける、よく避ける」伸ばした布をシュルシュルと戻しながらその白い布―――、一反木綿はガラスを擦り合わせたような不快な声で「きひひ」と笑った。
「貴様ッ!何者だッ!」斬られた肩を押さえ、平太郎が吠える。
「どうでもいいだろう。ああ煩い、ああ煩い」
一反木綿の生気のない目がぎょろりと平太郎を睨む。再度、布の一部で斬りつけてくる一反木綿に平太郎は傘次郎を振るって応戦した。妖気を纏わせたもの同士がぶつかりあい、鈍い金属音が響く。
しかし、平太郎の妖力の大部分は失われている。徐々に形勢は一反木綿に有利になってゆく。腕、足、さまざまな箇所を切りつけられても尚、平太郎はこの妖怪の意図が読めなかった。
渾身の一撃で鋭く尖る布をはじき返し、一反木綿の少し下方へと距離を空ける。平太郎は、今の自分で勝てる相手では無い事が今の攻防で理解できてしまった。
「ずいぶんと貧弱な天狗だ。お前、この町の天狗か?」一反木綿が問う。
「……いかにも。琴科一派が天狗、琴科平太郎である」構えを解かずに平太郎は答えた。
「あっしは唐傘化けの傘次郎でぃ!てめぇ、一体何だってんだぁ!?」
一反木綿の目がにたりと動く。
「琴科…お前今、琴科と言ったな…きひひ…琴科、コトシナ…
そうかぁ、お前がそうなのかぁ。あぁ愉快、あぁ愉快」
「貴様の目的は一体なんだ。この町に何か用か」
語気を強めて平太郎が再度問う。しばらく一反木綿はゆらゆらゆれていたが、やがて口を開いた。
「よさそうな町だなぁ。力の強い人間もいる。
随分と…潰し甲斐がありそうだ」平太郎を見据えながら笑う一反木綿。
「貴様、今すぐその耳障りな笑い声を止めるがいい。
そしてすぐさまこの町から去れッ!!」反射的に吠える平太郎。
そう言うやいなや傘を振り上げ一反木綿に斬りかかった。しかし、一反木綿の布が巻き付いてきて身動きがとれなくなってしまい、そのまま締め上げられる。
「このまま絞め殺してもいいが、後で奴らに恨まれる。
あと数日もすれば、奴らも到着するだろうよ。
お前、何も出来ないまま、黙って見てな」
ぎりぎりと一反木綿に締め上げられ、呻き声をあげて意識を失う平太郎。
傘次郎が「兄貴ッ!」と叫ぶ。
「仕上げに腹を一突き、と」鋭利な布先が平太郎の腹部を貫く。
ずるりと引き抜かれた布先は平太郎の血で赤く染まっていた。
「いくら貧弱な天狗でも、これしきでは死なんだろうよ。
そこの小物の唐傘も見逃してやろう。天狗が眼を覚ましたら伝えろ。
赤坊主と青坊主が来るのを楽しみに待っていろ、ってなぁ」
「てめぇ、あの大入道どもの仲間かッ!兄貴のお父上の敵ッ!!」
傘次郎が、その台詞を一反木綿に届かせることは出来なかった。一反木綿が布を緩め、平太郎ともども町に向かって落下していったからである。
「さぁ、報告に戻るか…。あぁ忙しい、あぁ忙しい」
ガラスを擦り合わせたような不快な声で「きひひ」と笑い、一反木綿は布を翻してうろな町の上空を舞った。
うろな町に、不穏な陰が忍び寄る……
「夏の陣」参加作品、当該箇所には、今回のタイトルのようなタグつけをお願いします。
この話は企画参加の部分なんだよってコトで。