7月6日 うろな夏祭り・夕方 『仙狸、鬼と対面する』
7月6日(土) 夕方
時刻は夕刻4時前。会場の特設ステージではカラオケ大会が行われ、大いに盛り上がっていた。
「おお、清水殿のあのような一面を見られるとは。実に楽しそうであるな」
「そうねえ。この雰囲気は素敵だわ。毎日やってくれてもいい」
平太郎と猫塚はステージから少し離れた場所で話していた。平太郎が笑う。
「千里にとってはこの雰囲気はまさに豪華なご馳走であろうからな
しかし、今日は随分とめかし込んで来たものだな」
「見せてあげようと思ったのよ。そっちこそ、浴衣にすれば良かったのに」
「ジャージは私の魂だ」
「あら、そう」
浴衣の帯に付いた鈴をしゃらりと鳴らして持っていたわたあめを食べる猫塚。頭には自前の狐の面がちょこんと置かれ、わたあめと逆の手には巾着袋が提げられている。淡い藤色をした浴衣には紅色の金魚が泳ぐ。浴衣にはグラデーションがかかっており、足元へ向かって藤色が濃くなっているデザインのものだった。
妖怪は、人の感情を糧にして生きるものも少なくない。例えば、この町に住む妖狐は「負の感情」を食事として取り込んで生活している。そして猫塚の主食となる感情は、「愉悦」「歓喜」「享楽」といったものであり、この会場の雰囲気はまさに彼女にとって上質の食事だと言える。
会場にいる陰陽師に見つかる訳にはいかないが、それでも隙を見て猫塚は人間たちの出す感情をその身に取り込んでいた。
「町長の舞台も興味深いものであったが、千里は見ていたか?」
「ええ、ステージの大きさの割に動きが小さかったから、
ステージから遠い人にはあまり見えなかったみたいね。
おかげ様で、その時だけおねーさんの食事が減ったもの」
「タネや仕掛けを悟らせない様に様々な工夫をこらしていたのは
素晴らしいことだと思うのだがな」
その時、ステージの方で大きな爆発音がした。平太郎が素早く確認し、駆け出そうとしたが、どうやら舞台演出のようで、観客達は歓声をあげて盛り上がっていた。異常事態ではないと分かると、平太郎は胸を撫で下ろした。
「驚かせてくれる。ふむ。ステージの方には別に監視係がいるであろうし、
公園内の他の場所も回らねばな」
「ほんと、天狗仮面ったら真面目ねー」
「天狗たるもの、課された使命は果たさねばならん」
そう力強く言い切る平太郎に、猫塚は「そうね」と笑みを浮かべ、手をくるりと翻す。するとそこにはくじ引きの屋台でもらった玩具がどこからともなく現れた。
紙を棒に巻きつけたその玩具を振って、しゅるしゅると伸びる様子を楽しんでいる。見たことはあるが名前の分からない縁日の玩具と言えば、まさにこれだろう。
○ ○ ○
人混みの中に、知り合いの姿を見つけた平太郎と猫塚。特に猫塚はたまに食事を食べに行っている相手だったので、声を掛けることにした。
「あら、美里ちゃんじゃない」「星野殿、いつもうちの千里が世話になっている」
「千里さん!お久しぶりね。天狗さんもお元気そうで」
とうどう整体院の一行と遭遇した平太郎と猫塚。特に、整体師として働く星野美里とは家が近く、近所付き合いも長い。
「相撲の時以来だな、天狗仮面よ」
「藤堂殿。その節は互いに災難であったな。ところで……」
平太郎が、藤堂の後ろにいた二人組を見る。その視線に気づいた後ろの二人組のうち、片方がしゃべり始めた。
「ウチらは藤堂はんに世話になっとるモンや!こっちのデカイのが伏見弥彦。
そんで、ウチが伏見葵や!おたくらは?」
「私は猫塚千里。美里ちゃんの友達よ」
「我が名は天狗仮面。訳あって名は明かせぬが、
この町の平和の為に尽力している」
「やっぱりか。話は聞いとるで!しっかしホンマに天狗の面つけとるんやなぁ!」
「うむ。これこそが私が私である証明であるからな」
「けったいなやっちゃなあ」大口を開けて笑う葵。
猫塚が二人を鋭く見据える。その視線に気づいた弥彦は、「葵…」と一言呼びかけた。葵はこくりと頷いて、藤堂に話しかける。
「あー…、大将、美里姉さん、小腹減ってきたんとちゃう?
ウチ、何か買うてくるわ。ほれ、兄貴も行こ」
「……分かった」
「天狗仮面もそろそろ見回りに戻らなきゃね。
じゃあ美里ちゃん、またお酒飲みに行きましょうねー」
「それでは藤堂殿、星野殿、これにて失礼する。
何か困ったことがあったらすぐにこの天狗仮面を呼んでくれ」
藤堂と星野を残して去っていく4人。近いテーブルに腰掛けながら星野は言った。
「急にどうしたんでしょうねえ?弥彦さんと葵さん」
「なに、鬼と天狗で積もる話でもあるんじゃないのか?」
「かも知れませんねえ。でも天狗さんは本物かどうか分かりませんよ」
「ま、どっちでもいいさ。悪いヤツじゃないんだし」
「それもそうですね。毎朝アパートの前掃除してますし」
伏見兄弟が鬼だと言うことを、藤堂と星野は知っている。なので、深く事情を追求することなく伏見兄弟の帰りを待つことにした。
ステージの裏手、そこで猫塚と伏見兄弟は再び顔を合わせる。平太郎は猫塚が追い出したので、大人しく警備の仕事に戻っている。
「で、あんた何モンや?明らかにウチらの事気づいとるやろ」
「さっきのは正真正銘、天狗よ。今は力を無くしているけれど。
私は、仙狸。伏見鬼の一派には、『悪戯命の猫塚一族』の方が
通りがいいかしらね?」
「いや、ウチらは小さい頃から親が居らんよって、その辺りはよお分からん。
気になる言うたら、一個だけや。アンタら、何が目的や?
あの二人に危害加えるつもりなんやったら……」
葵の目が鋭くなり、葵の後ろにいる弥彦からも威圧感を感じる。猫塚はその気配をまるで無いもののように平然と受け答えをする。
「安心して。なーんにもしないわ。
それよりあなた達、この町に来た陰陽師のことは知っているの?」
「……聞いてはいる」弥彦がこたえる。
「会場にいるわ。気をつけなさい」
そう言ってから、猫塚は天狗がこの町にいる理由をかいつまんで説明した。力を取り戻すために町を見守っていることや、天狗の仮面をつけている理由などである。
葵が「なるほどなあ」と声をあげる。害意が無いことは伝わったようだ。
「困った時はお互いサマっちゅうし、ウチらに出来ることがあったら言うてや!
縁があったらまたどっかで会うやろ。ほな、ウチらはそろそろ戻るわ!」
「…失礼する」
去って行った鬼達を見送って、猫塚は面白い繋がりが出来たと考えた。この町にいると退屈しない。それは猫塚にとって何よりも優先されるべきことだった。
「次は射的にでも行こうかしらね」
ステージの表では割れんばかりの拍手が起こっている。そこに渦巻く感情の輝きをうっとりと感じつつ、猫塚は夏祭りの会場へと戻るのであった。
○ ○ ○
その頃の傘次郎。
(ちみっこ達に拾われたはいいものの…、
あっしをチャンバラごっこに使うたあいい度胸でい。
あ、こら!飽きたからって投げ捨てるんじゃねえって!)
振り回されたあげく、投げ捨てられていた。
綺羅ケンイチさんの「雪の里」メンバーをお借りしました。
やっと鬼と対面できたことに喜びを覚えます。
うろな町にはもう1人、零崎さんとこの鬼がいるみたいですが、
お祭りには来ているのでしょうか。たぶん、酒飲みに来てると思うんですけども。