7月6日 うろな夏祭り・昼 『天狗、酔客を相手にする』
7月6日(土) 昼
やはり日が高く昇れば暑くなるのは当然である。祭りの会場の熱気もどんどん高くなるばかりだった。会場は人で賑わい、ステージでは様々な出し物が催されている。
「む。あのカラスマントとやら、興味深い」
ステージの様子をちらりと見ると、黒いマントを翻す少年の前で、二人の少女が一生懸命覚えたであろう歌を「いっしょうけんめい、歌います!」と披露していた。
「うむ。この雰囲気を守るためにも尽力せねば…ん?」
食券売場が何やら騒がしい。ビールの値段がどうのと騒いでいる男性がいるようだ。
「全く、白昼からけしからん輩がいるものだ」
そう言って食券売場へ向かおうとしたが、スッと横から近づいた男性が声をかけて、その場を収めていた。町民同士で注意しあえるというのは良い事だと頷き、平太郎はその場を後にした。
○ ○ ○
ステージは賑わい、屋台もそれぞれ賑わいを見せている。それぞれの屋台にも声をかけながら、何かあれば呼ぶのだと伝えていく。
昼食時が近づくにつれて、食品系の屋台は列をなすようになった。お好み焼きの客引きの声が響く中、会場には多くの子供たちがそれぞれ笑顔で走り回っている。
ステージのあるグラウンド側だけでなく、遊具のある公園側にも足を向ける。そこでも子供たちはめいめい遊んでいた。
「怪我には気をつけるのだぞ!それと、屋台のゴミはちゃんと会場のゴミ箱に
捨てるようにするのだ!何か困ったことがあればこの天狗仮面を呼ぶのだぞ!」
「はーい!」
唐草マントを翻し、会場側に戻ってくると何やら屋台前の一つのテーブルが騒がしい。酔った客が何やら言い争いをしているようだ。近くのテーブルの客達は何事かと驚いている。
「若者のようだが…大人が酒に呑まれおって…あれでは周りに迷惑がかかってしまう」
平太郎は颯爽と近づき、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな酔客の所へ割って入った。テーブルの上では食べられていたであろうお好み焼きの皿がひっくり返り、ビールが倒れて地面に滴っていた。
「周りの者が迷惑しているではないか。一体何を揉めているというのだ」
両の手のひらで互いを制し、仮面越しに二人を睨み付ける平太郎。
「どうしたも何も、コイツが譲らねえんだってよ」「お前が譲りゃあいいだろう!?」
「喝ッ!静まらんか!この天狗仮面に訳を話すのだ!」
一喝する平太郎。その声に酔客はたじろぎ、お互いに席に座って事情を話しはじめた。平太郎も同じ卓について話を聞く。
どうやら、二人が食べているお好み焼きのことで揉めていたらしかった。
「関西風が美味いに決まってんのにコイツが譲らねえからよ…」
「広島風の素材のハーモニーにゃ敵わねえって言ってんのにコイツがよ…」
なんと下らない争いであろうか。いや、酔客の口論など、発端は得てしてこのようなものである。平太郎は互いの言い分を聞き、それから大きく頷いた。
「好みの議論、大いに結構。酔うも語らうももちろん自由だ。
しかし、皆が楽しくあるべきこの場所で他人に迷惑をかけることは、
この天狗仮面が許さん。よいな!」
酔った若者達はバツが悪そうに縮こまっている。平太郎は続けた。
「それに、見たところ互いに互いの好みの物を食べているようだが
相手を知らずして議論が出来るものか。論じたくば、双方共に
2種類食べてから始めるべきであろうが」
お好み焼きの屋台は変わらず長蛇の列である。それだけ、人気がある、ということだろう。若者達は曖昧に頷いた。
「良し。ならば食券を買いにいくのだ。そして大人しく列に並んで頭を冷やすが良い。
テーブルはこちらで拭いておくが、ゴミだけは持っていってくれるか」
そそくさと空き皿やゴミを持って立ち去る若者を見送った後、平太郎も汚れたテーブルを拭いて乱れた椅子を整えた。
「あい騒がしく、申し訳ない。皆も何か困ったことがあれば呼んでくれ。
今日はこの天狗仮面、会場の警備に尽力しているのでな!では、さらばだ!」
マントを翻し、汚れた布巾を持って高笑いしながら去る平太郎。近くにいた町民達は
「ああ、いつもの天狗だな」「歪みねーな」「あれが噂の天狗ねえ。初めて見た」「あんなナリしてるけど、言う事はまともなのよね」「言うことだけ、はな」とそれぞれの感想を漏らしながらそれぞれの昼食に戻る。
天狗の高笑いは祭りの喧騒に紛れて消えていった。
夏祭りはまだまだ続く。
○ ○ ○
傘次郎はその頃、落ちた場所から少し場所を移していた。
(平太郎兄貴!待っててくだせえ!この傘次郎!今に参りやす!)
公園までの道のりはまだまだ遠い。
シュウさんからの振りに応えられたか心配です。
こんな感じでいかがでしょー?