7月6日 うろな夏祭り・朝 『唐傘、祭りに行きたがる』
7月6日(土) 午前
傘次郎は考えていた。どうにかして自分も夏祭りに連れて行ってもらえないものかと。
もちろん、平太郎が自分の力のみで祭りの警護をすると言ったのだから、それに横槍を入れるような真似はしない。単純に、平太郎と共にいたいだけなのだ。
傘次郎は、平太郎が力を失う前から、山で共に過ごしてきた妖怪である。山で過ごしていた時には共に山野を駆けまわっていたものだった。
平太郎の一家は代々うろなの地にいた訳ではなく、数百年ほど前からこの地に移ってきた、妖怪基準で見れば新参者であった。平太郎の父がどうしてこの地にやってきたのかは分からないが、ここに来る前はもっと人の少ない所に住んでいた記憶がある。
それほど昔から共にいた間柄なのだ。だから常に傍らにあるのが当然なのだ!と傘次郎は考える。
「千里の姉御~」「ダメよ」
「まだ何も言ってないじゃあありやせんか」
「どうせ、平太郎の姿が見たいから連れて行けとでも言うつもりでしょう」
「へい、お察しの通りでさあ。平太郎兄貴から妖力をいただいたとはいえ、
自分で動き回れば兄貴の迷惑になるのは必至。ここは姉御のご助力を一つ!」
「いやよ。それに、おねーさんは今から出かけるの。折角新しい浴衣を用意したんだから」
「姉御もお祭りに行くんですかい?あっしだけ仲間ハズレってのは
ひどいんじゃありやせんか!?」
「ダメなものはダメよ。どうしても行きたいなら
自分で行きなさい。ただし、人間にあなたの正体がばれないように、ね」
そういって、にやりと黒い笑みを浮かべる猫塚。その顔に、傘次郎はよく覚えがあった。
それは、猫塚が無理難題を吹っかけて相手の反応を楽しむときのものだった。
やってやれないことはないと傘次郎は妖怪姿の唐傘化けの姿になり、玄関を塞ぐ。そして出かけようとする千里に対して見得を切った。
「あ、世に生受けて幾百年、数多の苦難ありぬれど、越えて魅せぬは漢に非ず。
これに名乗るは決意の証、祭りの広間ひた目指す、うろな天狗の懐刀ぁ、
あ、唐傘化けの傘次郎たぁ、あっしのことよい!」
「うん、頑張って」するりと横を抜けて出かけようとする猫塚。
「ちょちょちょい!姉御!待ってくだせえ!」慌てて引き止める傘次郎。
「なぁに?おねーさん、早く平太郎で遊びたいんだけど」
「せめて、柄の所に名前書いていただけやせんかね?『天狗仮面』って」
「…それくらいなら、まぁいいわ。待ってなさい」
そう言うと、猫塚は油性のマジックを持ってきて、傘次郎の柄に名前を書き出した。
「ねえ、次郎ちゃん。丸文字のひらがなと、男らしい寄席文字、どっちがいい?」
「そりゃあ、寄席文字に決まってまさぁ!ビシッとお願いしやすぜ!」
「ん、まかせなさーい」
猫塚が書いたのは、可愛らしい平仮名の丸文字だった。『てんぐかめん』と柄にかかれた傘次郎はまったくその事実に気が付いていない。
「頑張ってねー」とくすくす笑いながら、猫塚は中央公園に向けて出かけていった。
傘次郎も、出かける準備をする。もちろん、玄関から堂々と唐傘化けの姿で出て行く訳にはいかない。どうするというのか。
「窓から表の路地へと傘の姿で飛び降りる。飛び降りる所を目撃されねえように
気をつけなきゃなんねえが、そこを乗り越えれば、後は誰かが拾ってくれるのを
待てばいいやな。兄貴の知名度は充分。柄に書かれた名前に気が付いてもらえりゃあ
公園の兄貴の下まで運んでもらえるってぇ寸法よ!」
部屋の中で一本足で屈伸運動しながら、己の計画の完璧さを賞賛する傘次郎。
路地に人がいないことをこっそり窓から確認し、ぴょんぴょんと助走をつけて窓から飛び出す。飛び出した瞬間に、妖力を抑えて番傘の姿へと戻っておく。
ばさっと音を立てて、赤い番傘は路地に落ちた。
(ここまでは順調。後は人が通るのを待つだけさな)
果たして、傘次郎は夏祭り会場までたどり着けるのだろうか。
傘次郎の運命や如何に。
○ ○ ○
一方その頃、平太郎は各参加者への注意事項を聞き終え、腕に『警備係』という腕章をつけて夏祭りの開会を待っていた。猫塚が襲来することや、傘次郎が会場を目指していることなど、まったく予想していなかったのである。
天狗仮面の夏祭りは何やら賑やかになりそうな気配を見せている。
どんどん行くぞー。夏祭りー。