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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなでケイドロ大会をする天狗のはなし
11/77

7月1日 天狗、夜を飛ぶ

新キャラ追加!

そして設定に少し変更あり。


物語がすこしだけ進んだのです。



 7月1日 深夜



 町はとうに寝静まり、平太郎はいつものようにパトロールをしていた。しかし、今日は商店街や住宅地だけでなく、南の工場地区や東の漁業地区をも見まわっていた。

 普段の平太郎には不可能な程の行動範囲である。しとしとと小雨が降り注ぐ中、平太郎は番傘を差してビルの上から上へと飛び跳ねながら町をパトロールしていた。


 天狗たるもの、その神通力で空を自在に駆け回ることは容易である。

 しかし、平太郎は天狗的能力を失った天狗のはずではなかったろうか。

 いま、こうしてうろな町の夜を跳ね回っているのはなぜなのだろうか。


 話は、数日前に遡る。





   ○   ○   ○   





 ケイドロ大会の数日後にあたるその日、平太郎は木造二階建てのアパートの自室で、同居妖怪である猫塚にある事実を告げられた。


「あら、平太郎。妖力が少し戻ってるわね」台所で料理をしながら言う猫塚。


「む、またお得意の嘘であろう?自分では何も感じぬぞ」新聞から目を上げて応える平太郎。


 平太郎がそう言った瞬間、台所から作りかけの味噌汁の入った鍋が飛んできた。思わず声を上げて慌てる平太郎に鍋がぶつかることは無く、また、味噌汁がこぼれるようなことも無かった。

 鍋はふよふよと宙に浮かび、周りを包むように風が渦巻いていた。


 天狗風(てんぐかぜ)。天狗の持つ能力の中でも有名なものの一つで、天狗は風を自在に操ることが出来てようやく一人前と認められるのだ。力を失う前の平太郎も、当然使いこなせていた能力である。

 

 猫塚が何事もなかったかのように宙に浮いた鍋を掴み台所に戻った。


「ほら、おねーさんの言った通りでしょう。

 妖力のない生活に慣れすぎたのね。力を感じる能力が衰えてるわ」


「なんと…」


 平太郎が心を鎮めて自らの内を覗いて見ると、確かに自分の妖力を感じることが出来た。今にも消えてしまいそうな、蝋燭の灯りのような儚さではあったが、正真正銘、天狗としての妖力がそこにはあった。


 平太郎は、涙した。ようやく、町の住人に認められたのだという思いと、己の悲願、平太郎の父との“とある”約束を果たせる第一歩を踏み出せたことに涙を禁じえなかった。


「平太郎、その妖力、どうするの?」


 猫塚が問いかける。猫塚が懸念しているのは町をうろつく陰陽師の存在であった。少しばかり力が戻った所で、あの芦屋流の陰陽師にはとうてい太刀打ち出来ない程度である。

 ケイドロ大会以前に面識があったようで、大会当日も和やかに話をしていたが、今会えばきっとお互いにその正体に気づいてしまうことだろう。

 それは避けねばならぬ。何故かと問われれば、猫塚はこう答えるだろう。面白くないからだ、と。


「折角だから、そこの傘、どうにかしたら?」


 猫塚が指し示したのは玄関先に置いてある平太郎の赤い番傘。平太郎は顔を拭い、「うむ」と頷いて番傘を居間へと持ってきて横一文字に構えた。平太郎は大きく息を吐き、自らの妖力を練り上げながら番傘へと移していく。


 番傘の持ち手がぐにゃりと歪み、一本の足へと変わる。傘の部分に横筋が一本入って、ゆっくりと一つ目が開いた。妖怪・唐傘化け。名を傘次郎(かさじろう)と言うその妖怪は、平太郎と同じ理由で力を失っていた妖怪であった。平太郎と違い、妖力が無ければただの傘である傘次郎は今、平太郎の妖力を得てようやく復活したのである。


「平太郎兄貴!千里の姉御!ご無沙汰しておりやした!不肖ながらこの傘次郎、

 再びお目にかかれた事、恐悦至極でございやす!」


「久しぶりねぇ、次郎ちゃん。おねーさんも嬉しいわ」


「うむ。次郎も変わらずであるな。傘の状態であったとはいえ、

 状況は把握してくれているだろうか」


「もちろんでさあ!今日からはこの傘次郎も『うろな見廻組』に

 参加させてくだせえ!町の平和はあっしらで守りやしょう!」


 平太郎は大きく頷き、傘の状態へ戻っているようにと指示する。番傘に戻った傘次郎を玄関に置き、平太郎は再び居間へと戻る。

 傘次郎に、手に入れた妖力を全て注ぎ込んだ平太郎は、再びその天狗的力を失った。しかし、平太郎は微塵も後悔していなかった。


「賑やかになるわね」


「うむ。少し、山での日々を思い出す」


 失くしたものはまた手に入れれば良い。町を守る為に仲間を得られたことが、平太郎には何よりも嬉しかったのだ。




   ○  ○  ○




 こうして、旧き友である傘次郎と行動を共にする平太郎は、傘次郎を持っている時だけ、その力を借りて天狗的能力の一部を使えるようになった。

 裏返せば、番傘を所持していない時の平太郎は、今まで通り天狗の面を付けた一般男性と大差ない。世の一般男性と違うのは町を愛する心一つである。


 

 うろな病院の屋上に降り立ち、雨の中夜の街を見つめる平太郎。手には番傘の状態の傘次郎が握られている。


「平太郎兄貴、いかがなさいやした?」傘次郎が言う。


平太郎は開いている番傘の柄をこつんと叩いて、


「この面を付けている時は天狗仮面と呼ぶのだ」と言った。


「何、まだまだ力及ばぬと考えていただけだ。ここから見下ろす町には

 見えておらぬだけで、助けを待っている人が必ずいる。

 今の私に出来ることは、できるだけ多くの人の声を聞き

 少しでも多くの人の助けになることだけだ」


「いつか、お父上のようになれると良いですねえ」


「違うぞ、次郎。なれると良い、ではない。なるのだ」


「へい、そうでやすね。傘次郎、失言しやした」


 平太郎は仮面の奥でくすりと笑い、再び天狗風を纏って夜のうろな町へと飛び出した。




   ○   ○   ○   




 うろな町南の埋立地や港には、工場や貨物倉庫が立ち並んでいる。当然、夜中に賑わうはずもない場所だが、平太郎がその地域の貨物倉庫の屋根を飛び回っていると、視界の隅にそれなりの人数の集まりが見えた。

 このような夜更けに何事かと近くの倉庫の屋根に降り立ち観察してみると、どうにも雰囲気が怪しい。数人の男に殴られるスーツ姿の男性の姿が見えた。スーツの男性を殴る男達は皆、若者達のようだ。

 若者達の怒声に紛れて、スーツの男性の「助けて」という声も聞こえてくる。


「一対多数とは不届き千万!ゆくぞ!」「合点でさぁ!」


 倉庫の屋根から人攫いの集団の前へと飛び降りる。降り立った先には6人の柄の悪い男達。そして殴られて顔面から血を流しているスーツ姿の男性の姿があった。見たところ、タクシーの運転手のようだ。


「貴様らぁッ!一体そこで何をしている!」平太郎が一喝する。


「んだァ、テメェ…変質者は大人しくサツに捕まってろや」若者の1人が振り向いて言う。


 平太郎の威嚇をものともしない辺り、余程肝の据わった連中らしい。リーダーと思われる男がダルそうに口を開いた。


「足がつかねえようにこんな辺鄙な町まで来たってのに、イイ金ヅルは居ねえしよォ…

 憂さ晴らしに適当に捕まえたオッサンで遊んでたら頭沸いたカッコしたヤツが来やがった。

 最ッ高に胸クソ悪ぃんだよ殺すぞッらァ!」


「諭す必要のない愚か者のようだな。次郎ッ!」「お任せくだせぇ!」


 開いていた番傘が閉じ、平太郎がそれを横一文字に構える。傘次郎が妖気を纏わせたそれは本来、鋼よりも固い性質へと変化する。しかし、今の傘次郎の妖力では、せいぜいが木刀程度の強度にしかならなかった。


 妖気に当てられて気圧されていた若者達が、リーダー格の男の号令で我に返り、平太郎へと向かってくる。


「加減はせん!参るッ!」


 平太郎の剣は、かつて彼の父に我流のものを仕込まれたものであり、技や型などが洗練されている代物ではない。しかし、厳しい父との実戦で学ばされた剣術は、相手にいかに効率よく剣を叩き込むかということに重きを置いていた。

 妖怪同士の争いに置いて、一撃で勝負が決まるようなことは少ない。それ故に、ダメージをより蓄積できるような動きが求められるのだ。

 平太郎が得物を横一文字に構えるのも、その考察の果てに生まれた構えである。


 天狗の身体能力を僅かながらに取り戻した今の平太郎ならば、例え木刀程度の強度の獲物とはいえ、ただの人間相手に遅れをとるような事は無い。

 現に、向かってきた男達はことごとく地面に倒れ、残すはリーダーの男のみとなった。殴られていた男性は隙を見て逃げられたようだ。


「残すは貴様だけだ。貴様には、一つ言っておくことが」「うるせェよ!」


 男が懐からナイフを取り出して、躊躇無く平太郎に投げつける。しかし平太郎は軌道を見切り、それを傘ではじき落とす。「兄貴ッ!ナイフは痛いでさぁ!」「む、済まない」


 投げると同時に突進してきていた男が振りかぶって拳を平太郎の顔面めがけて殴る。天狗面の眉間に放たれた拳は何かが砕ける音を立ててそのままずるりと落ちた。


「ぐッ、が…」右手を押さえてうずくまる男に向かって、平太郎は傘を打ち据えた。


「面を割ろうとしたのだろうが残念だったな。この面は玉鋼(たまはがね)で作られた特別製なのだ。

 人の拳に砕けるような代物ではない。さあ、おとなしく縄につくが良い」


 倒れた6人を近くにあった縄で縛り上げ、天狗風を使って倉庫の一つの屋根の上へと放り投げる。後は警察に連絡し、彼らを捕まえてもらえば解決である。


「兄貴、奴ら海にでも落としちまえばいいんじゃあねえですか?」


「人を殺める権利も、人を裁く権利も、人ならざる私には無い。

 あるのは、町を守るこの力だけだ。次郎、よくやってくれた」


「当然でさぁ!この唐傘化けの傘次郎、兄貴の為ならこれくらい屁でもねぇ!」


 上に放り投げた連中が、投げた衝撃で目を覚ましたらしい。屋根の上でぎゃあぎゃあと騒いでいるようだ。平太郎は屋根まで跳ね上がり、宙に浮いたままこう告げた。


「我が名は天狗仮面!

 貴様らに言っておくことが一つある。二度とこの町に近づくな。

 次は有無を言わせずに空から叩き落されると思え。分かったか!」


 ここから降ろせだの覚えていろだの怒声が飛び交う中を、平太郎は聞く耳もたずに彼らを屋根の上に置いたまま去った。




   ○   ○   ○



 警察署に立ち寄り、「自分から来るのは初めてじゃないか?天狗」などと軽口を叩かれながら、平太郎は捕らえた人間の事を伝え、木造2階建てのアパートへと帰ってきた。

 猫塚が、濡れている平太郎にタオルを差し出しながら迎えてくれる。傘を置き、起こった出来事を話していると、猫塚がやれやれと言った風に首を振った。


「随分と感情的になったのね、平太郎」


「む?そうだろうか」


「平太郎兄貴は平和の為に悪をこらしめたんですぜ?千里の姉御にも

 見せてやりたかったなぁ!平太郎兄貴の大立ち回り!」


「そこじゃなくて…」


 猫塚は、男たちを屋根に放り投げたこと、浮いたまま話をしたこと等、天狗の力を隠そうとしていなかった所に問題があるのだと告げる。

 屋根に上げた方法や、男たちの証言から、平太郎の正体が知られてしまう危険性を語った。


 しまったと言う顔をする平太郎と傘次郎。猫塚はため息をついて平太郎に告げた。


「食事当番、向こう一ヶ月は平太郎の担当よ」


「済まぬ。あいわかった」


「次郎ちゃんも、次は平太郎のことをちゃんと考えてあげて」


「面目ねぇ。わかりやした」


 そう言って猫塚は雨の中を妖怪姿のヤマネコに变化して飛び出していった。

 平太郎と傘次郎は、猫塚が戻ってきてからどれほどの見返りを要求されるのかと恐怖に打ち震えていた。実力、階級共に、この場のヒエラルキーの頂点にいるのは、間違いなく猫塚であった。




 その後、警察に捕まった男達は「化け猫に、化け猫に食われる!」「家ほどもあるデケェ猫が俺たちの前に!」「二度と来ねぇ!なんなんだよこの町は!」と口々に述べ、警察署の方々に生暖かい目で見られることとなる。

 

 賑やかな同居妖怪が増えたが、平太郎は変わらずこの町の為にと動き、猫塚は楽しむ為の労力を惜しまない。そこだけは、きっと何があっても変わらぬものなのだろう。

猫塚千里ちゃんが何をしたのかはご想像におまかせってことでwww


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