表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守りたい天狗の話
1/77

6月3日 天狗、商店街を歩く。

※うろな町企画、投稿作品※


人外にも優しい町。それがうろな町。


6月3日(月)夕方


 週末から降っていた雨も止んだので、彼は外出する支度を始めた。

 ラインの入ったジャージに着替え、唐草模様のマントを羽織る。そして、玄関先に5つ並べてある天狗面のうち1つを被り、アパートの扉を開けた。


平太郎(へいたろう)。帰りに卵を買ってきてちょうだい」


「こら、千里(せんり)。この面をつけている時は天狗仮面と呼ぶのだ」


「あら、まだ家の中じゃないの。まあいいわ、天狗仮面。卵、買ってきてね」


「うむ。任された」


 古びた木造アパートの一室を出て、住宅地を抜けるようにして彼は商店街目指して歩いていく。道中、道路で遊んでいた小学生に公園に行くよう促し、すれ違う町内住民と世間話をしたりした。


 商店街に入ると、そこかしこから彼の名を呼ぶ声が聞こえてくる。


「おお、天狗の兄ちゃん、今日は何の用だい?」「食材を買いに来たのだ」


「天狗君、こないだはアリガトよ!」「礼には及ばない。天狗として当然のことだ」


「そういやこないだ千里ちゃん河川敷を走ってたぜ」「小学生と遊んでもらったのだ」


「天狗よぉ、たまにはジャージ以外も着たらどうだい」「ジャージは私の魂だ!」


 普通であれば、天狗面の人物が白昼堂々と商店街にいる時点で警察官がすっとんで来てもおかしくはない。事実、過去には何度かパトカーに押し込まれた事もあった。

 今ではこうして小さい範囲ながらも彼の存在を受け止めてくれる人たちがいる。とても暖かい人たちだ。彼はそんな町の人間と、この町が好きである。


 


「合挽き肉、玉葱、ピーマン……。

 今日の夕食はピーマンの肉詰めと見た。

 おっと、卵も忘れずに買って帰らねばな」


 買い物客で賑わう商店街で食材を買い込み、彼は同居人の待つアパートへと急ぐ。





   ○   ○   ○




 彼、琴科平太郎(ことしな へいたろう)は天狗である。訳あって天狗の力のほとんどを失っているが、天狗なのである。今の彼は天狗風一つ吹かせられず、神通力で天気予報をするのが関の山である。

 それを聞きつけた顔なじみの妖怪である猫塚千里(ねこづか せんり)が「天狗の力を取り戻す方法を知っている」と教えてくれたのが、今現在天狗仮面が取っている行動に現れている。


『人間から、天狗への感謝と尊敬の念を集めること』


 これが、天狗の力を取り戻す方法なのだと、猫塚は言った。故に、力は無くとも天狗の姿を顕現し続けなければならないのである。


「今戻った」玄関を開け、天狗がその面を外す。


「おかえりなさい、平太郎。成果はあったかしら」


 猫塚が訊ねた。


「うむ。以前、町内野球に助っ人として出向いたことを感謝された。

 しかし、微量の妖力も得られなんだ。

 難しいものだ。より精進せねばならん」


「ふふ、慰め代わりにおねえさんが美味しいご飯作ってあげるわ」


 リビングのテーブルについていた猫塚はすらりと立ち上がり、平太郎の持っていた買い物袋を受け取ってキッチンへと向かった。


「うむ。では私は町内誌で町長の打ち出した施策を読むことにしよう。

 まだまだ、この町の事を知らねばならんからな」


 町内広報誌に目を通す彼を見ながら、猫塚は目を細める。

 微笑ましいのではない。楽しくて仕方が無いのだ。彼女は仙狸(せんり)と言うヤマネコの妖怪で、日本で言うところの猫又(ねこまた)に近い存在である。平太郎と違って、力を失っている訳ではなく、妖力を隠して生活しているだけである。社会人としてうろな町で働いてさえいるのだ。

 彼女の性格は種族的なそれが影響してか、非常に気まぐれで、おまけにイタズラ好きである。そんな彼女が一体何を楽しんでいるというのだろうか。


 その理由があればこそ、人間社会に混ざって人間としての生活も送るし、平太郎と共に安アパートにも住むのである。

 彼女は、平太郎に大きな嘘をついている。力を失くした天狗の様子を間近で観察しながら、彼の周りに起こる色々な事を端で見ていることが、彼女の楽しみなのである。


「そういえば、ダイサク君、だったかしら? あの子は本当に"イイ"わねえ」


「そうとう気に入ったのだな。しかし、喰ってはいかんぞ」


「食べやしないわ。仙狸(せんり)は化け猫とは違うの。

 ふふ、策略で人間に負けたの、何百年ぶりかしらねえ」


「あの少年達は見込みがある。この町を背負って立つ人間になるだろうな」


「あら、親バカかしら?」


「確かに、私の希望的観測も入っている」


 平太郎は町の小学生の中でも特に目を掛けている4人の少年の事を思い出した。

 来週はうろな駅から電車に乗ってどこかへ連れていってやるとしよう。梅雨入りの影響で天気は崩れるかも知れない。雨用のプログラムも組んでおかねばな。

 そう考えながら、天狗仮面、琴科平太郎は料理の完成を待つのだった。




もう一作の企画作品「小さな夏休み」にも登場する天狗仮面を主役にしたストーリーです。


「夏休み」の方には妖怪要素は持ち込みません。

あっちの天狗仮面はあくまで、『天狗面をつけた変な兄ちゃん』の認識です。

こちらでは、たまに力を取り戻したり、また無くしたり。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ