"…Trotzdem Ja zum Leben sagen"
高塔に在る、この石造りの牢獄には窓が無い
「本当ですよ」
「今度こそ、嘘じゃないです」
両腕を鎖で縛り上げられて居るが、笑顔は絶やさない
数名の拷問官の口から「この餓鬼……」という言葉が漏れ聞こえた
僕が敵軍である吸血鬼の城に捕らえられて、今日で96日目
正気を保つ為に日数だけは記憶して居るが、もう散々躰を遊び尽くされたせいか、多分、僕は精神的に眷属化し終えて居る
故郷に帰れたとしても、両親や妹の心臓を悦んで嚙み千切ってしまうに違いないが、「それでも死ぬよりは良い」と、まだ今は感じて居る
もしかすれば、ここに居る事を利用して、友軍に貢献する方法だって有るかも知れないし
奥の暗がりから、この場の長たる吸血鬼が現れ、ざわめく拷問官達を手で制した
彼は外見だけで言うなら、僕とそう変わらない年齢に視えるが、長命種のそれは定命には計り知れない
彼の透き通るような白い頬には、先日僕が騙し討ちをした際の傷がまだ残って居る
代償として僕は片脚と、あとは指数本をもぎ取られたが、それでも何となくは『誇らしいこと』と自分では思って居た
「今度は何だ」
うんざりしたように、吸血貴族の少年が僕に尋ねる
「僕のお仕置きが、もう恋しくなったのか?」
少年が僕を蹴り飛ばすと、拷問官達の嘲笑が部屋を包む
僕はなるべく落ち着いた表情を保ちながら、「いえ」「そろそろ、助かりたいので祖国を売ろうと思いました」と答えた
「城の全裏口について、お話しようと思います」
拷問官達が押し黙り、少年は思案する
もちろんこの間に、僕も彼らに並行して『生存する方法』を考えて居る
暫くして吸血鬼達から、『そんなものは、お前を拷問して聞けば良いだけの事だ』と声が上がり始めた
だが、それくらいなら予想済みだった
「隠し通路の在る、地下道の構造については……」
「……非常に立体的なので、口頭で幾ら聞いた所で、恐らく図面にするのは不可能ですよ」
なるべく聞き取りやすく、落ち着いて話す事を心掛ける
結局の所、交渉というのは戦闘と同じで『恐れを視せれば付け込まれる』からだ
吸血貴族の少年は「後日また来る」とだけ告げると、部下を連れて去った
お陰で、その間は拷問が行われる事は無かったが、代わりに何故か食事まで届く事が無く、僕は危うくこの尊い生命を終わらせてしまう所だった
今日で164日目
ついに吸血鬼の彼が、再びこの部屋を訪れた
僕はこの日が来るまで、落ち窪んだ眼で床を視るだけの暮らしを続けて居たが、彼が来るや否や自らの勝利を確信し、急に生気を取り戻した
最も、ほとんど肉躰的に人間では無くなったこの状態が『生気の有る』姿なのかは、いささか疑問では有るが
「ようやく、ご判断頂けたんですね!」
「貴方様の賢明さには、僕はただただ感服するばかりで──────!!!」
さすがの僕でも鞭で顔を一撃された場合は、説得を継続する事が出来ない
続きを言わせて貰える機会は、どうやら当面は無さそうだった
「実のところ、我々は『地下道から城に侵入出来る』という情報だけで十分だったのだ」
一通り暴力を終えると、吸血鬼は得意げに状況の説明を始める
様子を視るに、残された時間はあまり多く無い
無表情を装いながら、僕は生存する方法を全力で計算し続けて居た
「城は攻め終えた、お前はもう消えていい」
「………い、いや、お待ち下さい」
「人間達が落ち延びた先の、隠れ場所を知らないのなら………」
「………最後には貴方様がたは、必ずや敗北されるでしょう」
そうだ
僕さえ生きて居れば、絶対にどうにかなる
どうにか出来るんだ
僕は『人間達が破れた場合に集まるであろう、反撃の拠点』を彼に伝え、その上で「僕が呼び声を掛ければ、必ずや人間達は門を開ける事でしょう」と話を締め括った
吸血鬼も組織だった規模での奇襲はさすがに警戒に値するらしく、少年は細かい質問を挟みながら、真剣に話に聞き入って居る
僕は改めて「………ですので、僕を殺すべきでは有りません」と彼に本題を伝え、その上で様子を視た
「………要するに」
「お前の声が必要なのだな?」
そうですとも、と僕は瞼を降ろし自慢気な顔で返答する
吸血鬼は「ならば、お前はゾンビにする」とだけ答え、鞘から剣を抜いた




