東部戦線-2
過激な描写があるので、苦手な方は注意してください
「敵軍から、巨大なドラゴンが一騎、こちらに向かってきます」
伝令からのその知らせに、マレフィクス達は耳を疑った。マレフィクスの部下が叫ぶ。
「一騎!?一騎だと!?つまり、アレか!?決闘!?この時代にか!?」
決闘なぞ、最早ドラゴン族でもほとんど行われていない。それがまさかの、レギウス軍からの挑戦だ。驚かないわけがなかった。部下たちが、椅子に座っているマレフィクスを見る。部下たちの視線を感じて、マレフィクスが思わず苦い顔をしそうになるのを堪える。こうなると出るのはマレフィクスになる。出ないわけにはいかない。
マレフィクスが椅子から立ち上がって、伝令に聞く。
「巨大なドラゴンとは、どんなんだ?」
伝令が、空を指さして言った。
「アレです……」
そこにあったのは、
ザルツ
感情を失なった、魔工術の開祖。彼の繰るその巨大な黒鉄のドラゴンは……
長い体、長い頭に、長い角。前腕には長い鍵爪がある。12枚の翼を持つ異形。その体躯は、かつて君臨した竜王に劣らない。
その実力は、未知数!
マレフィクスが言葉を失った。
(アレと、戦うのか!?)
周りの部下たちをこっそりと見渡すと、皆が同じよう顔をしている。そのうちの誰かが言った。
「アレは、霊祭の儀式に出て来たドラゴンだ……」
それを聞いて、マレフィクスが覚悟を決める。
(儀礼用なら、何とかなるかもしれん……)
マレフィクスがドラゴンに変貌する。
レギウスがザルツの黒鉄のドラゴンを見つめる。こうして見ると、とても優雅に飛んでいる。あれほどの巨体が飛んでいるのが信じられない。レギウスが呟く。
「こうしてみると、やっぱり凄いのを作ったなあ……」
そして敵軍側を見つめる。
(果たして乗ってくるだろうか?)
そう思っていると、敵軍から黒い影が飛び出してきた。漆黒の飛竜だ。
マレフィクス
ドラゴン族の王。漆黒の飛竜。その造形は、ザルツの黒鉄のドラゴンの元となっている。その体躯は……
ザルツが目の前のマレフィクスを見つめる。そして思った。
(小さいな……)
その体躯は、かつて見たヴォルクスにすら及ばない。ザルツの繰る巨体に比べれば、蝙蝠にしか見えない。ザルツは少しがっかりしながらも、乗っているドラゴンのモードを戦闘用に変える。燃費はさらに悪化するが、より機敏に動けるようになるモードだ。
突如として12枚の翼が、トンボのような羽ばたきに変化した。優雅さを捨て戦闘に特化する。その巨体が一瞬でとぐろを巻き、マレフィクスを見下ろした。
マレフィクスはそれを見て、恐怖した。早いとか、機敏とか、そういったモノではない。急加速と急停止、それによる一瞬の体勢変更。しかもあの巨体で、空中でだ。気持ち悪いという感想が、もっとも適切だった。
そのとぐろを巻いたドラゴンが一瞬で加速したかと思うと、マレフィクスを中心に取り囲むようにとぐろを巻いた。そして、マレフィクスを見つめる黒鉄のドラゴンの胸元に穴が開き、複数の触手のような腕が飛び出して、マレフィクスを補足して拘束した。マレフィクスは、何も出来なかった。
ザルツがマレフィクスを見下ろす。
(こんなはずでは、無かった。自分をかつて魅せた漆黒の飛竜は、こんなものではなかったはずだった……)
マレフィクスが何かを叫んでいる。ザルツは、イライラし始めた。この男が、この感情の起伏の無い男が、怒り始めた……
何故だ……
こんなことが、あってはならない……
許されない……
お前はもっと……
俺を……
魅せなくてはならない……
優れた造形師は、その造形の表面だけを見ない。外側から見える造形は、内部の構造から出でる出力物である。それゆえに、優れた造形師ほど、その内部に精通していく。解剖学者のように……。
そして、ザルツは優れた造形師だった……。
ザルツは、マレフィクスを確認することにした。
外側の造形は、魂にまで刻まれているから、もういい。中を魅せろ。お前は、もっと、魅せろ。
うごめいて叫ぶマレフィクスの口を、複数の腕で抑えて、開いていく。そして、牙と歯茎の間から、外側を剥いていく。マレフィクスが何かを叫んでいるが、それはどうでもいい。
頭を剝いて、中身を確認する。筋線維の稼働がもたらす、外側に刻まれるシワを確認していく。
外を剥いていく。翼がもげないように、注意しないといけない。そのために、脱がした外側を少しちぎる。
後ろ足の付け根の周りに切れ込みを入れる。足を剥くのは後だ。まずは全体を剥く必要がある。
尻尾の先まで剥ければ、後は着ぐるみを脱がすようなものだ。脱がした外側を、念のために確認していく。
表面の鱗、その下の皮膚、その下の脂肪層を確認していく。
あらかた確認したら、外側は下に捨てる。
この辺りでマレフィクスは、動かなくなっている。まだ生きてはいるが、暴れる体力も、叫ぶ気力もない。とりあえず生きていれば、それ以外はどうでもいい。
残った外側を剥く。そして、それは捨てる。
全体像が明らかになった。ザルツは、その構造を頭に焼き付けていく。
まだ、終わらない。
まだ、中身の確認が、終わっていないからだ……。
レギウスは、地上からその光景を、呆然として、見つめていた。レギウスだけではない、敵軍のドラゴン族たちも、同じように見つめていた。
黒竜の下に、マレフィクスの残骸が落ちてくる。その上では、マレフィクスが解体されている。
その光景は、作り物の黒鉄のドラゴンに、本物のドラゴンが、喰われているようだった。
戦闘において、残虐な行為は相手の怒りを誘発することがある。しかし、そうはならなかった。なぜなら、ドラゴンがドラゴンを喰うのは、ドラゴン族にとって、あまりにも正しいからだ。
力ある者が、力なき者を蹂躙する。それが当然であり、その価値観がドラゴン族たる所以なのだから……。
かつてのドラゴン族たちは強かった。残虐で苛烈な、暴力性の化身だった。竜王が共食いを禁じたのは、そうしないと皆が共食いをするからだった。
黒竜の覇者と言われたベイルや、このマレフィクスのようなドラゴンなど、昔はいくらでもいた。竜王が強かったのは、そんなドラゴン達の力の集約した強力なドラゴンを、更に彼が喰らったからだ。竜王は、ドラゴン族の終端だったがゆえに、強かった。
そんなドラゴン達は、平和な時代が続き、それと共に人と交わり、温和になった。そして、その牙は短くなり、その爪は丸くなった。
善悪の話ではない。ただ、それで弱くなったという事だ。そして、魔工術を始めとする技術革新によって、彼らの戦場での利点が無くなりつつある。
作り物のドラゴンに、本物のドラゴンが喰われる光景。それはまさに、ドラゴン族の時代の終焉を表しているかのようだった。
レギウスも、その光景を見つめる。変身できないとはいえ、彼もドラゴンだ。だから、ザルツの行動を否定することが出来ない。そして、その光景を見て、確信してしまう。
(俺は……あそこへは……行けない……)
レギウスは、ザルツに頼られて、嬉しかった。なぜなら、ザルツは特別だと、分かっていたからだ。頼られると、そのザルツと一緒に並んでいる気がして、嬉しかったのだ。
だが、確信してしまった。自分は、絶対に、そこに並べないという事を……。
ザルツの確認作業が終わった。その作り物の黒鉄のドラゴンが動き、敵軍のドラゴン達を、その動かぬ目で見つめるように見下ろす。
ドラゴン達の時代は、終わった。これより、人間の時代が、始まる。
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