業魔と慈愛
ザルツ達が城に到着した。ザルツの巨竜の速度は尋常でなく、その日中に西から東端までたどり着いた。城壁から兵士が、街中の人々が、テントで暮らす難民が、その巨体の黒鉄のドラゴンを見上げる。
ザルツがドラゴンを操作して、格納庫近くの広場にとぐろを巻きながら、慎重に着陸していく。巨体なので、操作を誤ると周りを巻き込みかねない。
無事着陸したドラゴンから、ルーカスが飛び降りた。そのルーカスに向かって、アントニウスが走って駆け寄ってきて、ルーカスを出迎える。
「お帰りなさい、ルーカスお兄様!ザルツ様のドラゴンに乗って帰って来たんですが?いいな~、いいな~」
アントニウスが目を輝かせて、ドラゴンを見つめている。アントニウスが予想通りの反応を示しているのを見て、ルーカスは笑った。
「ただいま。それで、留守の間はどうだった?何か変わったことは無い?」
それを聞いたアントニウスの顔から笑顔が消えた。そして、悲しそうな顔でルーカスを見つめる。ルーカスは何となく察した。
ザルツもドラゴンから降りて来て、ルーカスに言う。
「私はドラゴンの整備とか、魔力の補給とかがあるので、後で行きます。私に構わず、お先にどうぞ」
そして、アントニウスを見つめて言う。
「貴方がレムルの息子でしたね。このドラゴンに興味があるなら、少し見ていきますか?」
思わぬ機会の到来に、アントニウスがルーカスとドラゴンを交互に見た。ルーカスが笑って言う。
「大丈夫!」
それを聞いたアントニウスが、ザルツの方に向かって行った。ルーカスは格納庫を後にして、難民キャンプの方に向かって行った。
難民キャンプに向かったルーカスだが、いると思ったレムルが見つからない。近くに居た、補給係に尋ねる。
「レムル様はいらっしゃらないのですか?」
補給係が悲しそうに答える。
「最近はいらっしゃる頻度が下がっていますね。レギウス様も前線にいて不在がちなので、お城で公務の替わりをされているのではないでしょうか?」
それを聞いたルーカスは、礼を言って城に向かって行った。
ルーカスが城に向かう。そして公務室に向かって行った。ルーカスが部屋に入ると、レムルがそこに居た。机に向かって、書類を確認している。人の気配に気が付いたレムルが、ルーカスを見る。その顔が、嬉しそうに、悲しそうに歪んだ。レムルが椅子から立ち、ルーカスに向かって行く。そして、その勢いのままに抱きついて、言う。
「お帰りなさい、ルーカス。無事で……良かった……」
ルーカスは、頭が真っ白になった。抱き返したい、と思いつつ、全力で感情を凍結させる。それ以外の機能が停止して、身動きが取れない。
(誰か……助けてくれ……)
暫くそのままだったルーカスの耳に、抑揚のない声が聞こえてくる。
「お久しぶりですね、レムル。かなり長いこと会っていなかった気がしますが、貴方はあまりお変わりないようですね」
その声にハッとしたレムルが、慌てて抱擁を解いて、声の主を睨むように見つめる。そこにはザルツの姿があった。ルーカスは、助かったと思いつつ、ザルツの方を向いて言う。
「思ったよりも、お早いですね」
ザルツがそれに答える。
「アントニウス君が、整備をやりたそうにしていたので、一度お任せしてみることにしました。終わった後で、また私が確認しますが」
それを聞いたレムルの体が強張った。そして、ザルツに震える声で、言う。
「……アントニウスが?」
ザルツが、その問いに、抑揚なく答える。
「ええ、彼は筋が良さそうですね。仕事が丁寧でした。流石は、貴方の息子だ」
それを聞いたレムルが、部屋から出て行こうとする。その後ろから、ザルツが容赦なく質問をしていく。
「レギウスの居場所の情報を尋ねに来たのですが、出て行く前にお答え頂けないでしょうか?」
レムルが、振り向かずに、答える。
「……その机の上に、レギウスの所在場所を記した地図があります。行動予定の記されたメモもあります。勝手にご確認下さい」
そう言うと、レムルは部屋から出て行った。ルーカスがレムルの後ろ姿を見つめる。そしてザルツの方に向かって、言う。
「私も……失礼します」
ザルツが机に向かいながら言う。
「どうぞ。とは言えこの部屋に誰も居ないのは不味いので、暫くは私が預かりましょう」
ルーカスは、礼を言って部屋から出て行った。
ザルツは机の椅子に座って、机上の書類を眺めている。ザルツは眺めながら、黒鉄のドラゴンに夢中となったアントニウスを思い出した。
ザルツは別にアントニウスには興味はない。無いが、彼がレムルの息子であるという一点に置いて、興味を持っている。いつかの霊祭の時に、ザルツの黒鉄のドラゴンに夢中となっていた感情パターンの持ち主が、レムルの息子であると知ってから、それを頭の片隅に置いていた。
ザルツの計画にとって、今後、レムルが邪魔になる可能性がある。アドニスにやったように、物理的に排除するのは、レムルに関しては難しい。レムルの行動パターンが分からないから、自分でやるには手を出しにくい。かと言って、人に頼むにはリスクが高すぎる相手だ。
なので、息子であるアントニウスを抑えることにした。アントニウスは御しやすそうな性格をしている。ルーカスには興味があったが、彼は感情が読みにくい上に、レムル達に対する忠誠心が高すぎる。ザルツでは制御できないと見た。
ザルツは、机上の地図に興味を戻す。もうじき本拠地から追加の応援が来る。それに合わせて、レギウスと合流するつもりだ。そこにあのドラゴンが、マレフィクスが居るはずだからだ。
ルーカスがレムルを追っていく。彼女は、自分の部屋に走りこんだようだ。ルーカスがノックをしても、返事がない。ドアノブを回すと、鍵がかかっていないことが分かった。悪いと思いつつ、ドアを開けていく。
ルーカスの目の前に、机にうつ伏せているレムルの姿が入ってきた。ルーカスに気が付いているのか、いないのか分からないが、何の反応も示さない。
ルーカスはドアをしめて、部屋の中に入る。そして、近くにあった椅子を引いて、レムルから少し離れた位置に置いた。そこに座って、ただ、静かにレムルを見つめた。何もしない。近くもなく、遠くもない、そこに居るだけを選んだ。
いつの日か、雪の中で、ヴォルクスがルーカスにしてくれたように……。
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