第2話 尋問
シャワーの音が止まった。鼻歌はまだ聞こえていた。ガチャとドアが開き、湯気と共に男が出てきた。バスタオルを首に巻きつけて貧弱な髪を雑に拭いていた。私の想像通り男の裸体は粗末なもので、欲望に身を任せた腹がゴム鞠のように張っていた。
そして、その下には汚らしいジャングルに覆われた――これ以上見ると吐き気がするので止める。
だが、私は嫌悪な表情を一切せずにむしろ嬉々として流し目をしながら「来て」と誘惑した。
そのフェロモンにまんまと騙されたビール腹の男はブヒブヒと鼻を鳴らしながらベッドに上がり込んだ。その際、ベッドがミシミシと音を立てていた。ビール腹は赤ちゃんみたいにハイハイしながら私に近づき、遂に目と鼻の先まで近づいた。
男の口からミントの香りがする。シャワー室から出る前にマウスウォッシュしておいたのだろう。ディープキスするつもりだな。
「はぁはぁ……ひひひひ、さ、さぁ、はじめよう」
「うん」
ビール腹は目を閉じていた。キス待ちらしい。私は奴の中途半端に濡れた肩に触れた後、忍ばせておいたベルトを取り出して一気に巻きつけた。
「ぐっ?! ふ、ぐっ?!」
ようやく違和感に気づいたのか、ビール腹男は大きく見開いた。が、もう後の祭りで私はこれでもかというぐらい力一杯締めた。
「はははははははは!! こういうプレイは嫌い?!」
「ぐむむむ、ごっ、こっ、がはぁ……」
「アハハハッ!! ブッサイクな顔!!」
悶苦しむビール腹に思わず声を上げて笑ってしまった。が、本来の目的を遂行しなければならないことを思い出したので、少しだけ緩めて息が出来るようにした。その拍子に男の口からニンニクみたいな臭いがした。唾液が臭すぎる。
「ねぇ、この前起きた殺人事件、覚えてる?」
「さ、殺人? えっと、確か……ラブホテルで女の子が殺された……」
「そう。その子の名前、マドカって言うの。知ってる?」
マドカという名前を言った瞬間、目の前にいる私が成りすましだという事に気づいた。が、小さく首を振っていた。
「し、知らない……そんな子」
「……そっか」
私は再び強く締め上げてベッドに押し倒した。ビール腹男は右左と大暴れしたが、膝を腹に押さえつけて封じた。
「とぼけんじゃねぇよっ! さっき話しかけてきた時、マドカって呼んでただろ?! マドカの名前を知っているのは普段から親しくおせっせしている常連だけなんだよ!」
「ぐぐぐ、あが、ぐむむむ……」
ビール腹の顔が酒に酔ったかと言わんばかりに赤くなった。私は死ぬ寸前まで締め上げるつもりだったが加減を間違えてポックリ行ってしまったら意味がないとまた緩めた。
「私はマドカを殺した犯人を探しているの。黒いパーカーの男! 知らない? おーい、聞こえてる? 黒いパーーーカーーーのーーおーとーーこーー!!!」
私はこれでもかと叫ぶと、ビール腹はガタガタと震え出した。
「し、知らない。お、俺が……その男と繋がっていると……ゴホッ、お、思ってるのか?」
「防犯カメラで見たもん。お前と黒いパーカーの男がマドカを連れてホテルに入ったのを」
そう言うと、ビール腹の男は黙ってしまった。ベルトは緩めにしてあるからまだ死んでいないのは確かだ。
「ねぇ、話す気になった?」
「お、俺は殺してねぇぞ!」
「知ってるよ。入ってすぐに出ていったのを防犯カメラで見たもん。だから、黒のパーカーの男が妹を殺したんだと思うの。だから、教えろ。そいつの居場所」
「は、話したら……解放してくれる?」
「もちろん」
私は笑顔で返すと、ビール腹は「そ、そいつはこの界隈では有名な奴なんだ」と辿々しく答えた。
「この界隈? この界隈って……パパ活の?」
「あぁ。羽振りが良いから女から好かれてる……たぶん半グレだろうな」
やっぱり裏社会の人間か。奴は私が狼狽すると思っていたが、予想外の反応に目を丸くしていた。
「ど、どこの誰だか分からないが、関わらない方が身のためだぞ。下手したら奴隷にされぐぎゅっ?!」
私はこれ以上喋らせないように締め上げた。奴の身体はジタバタと暴れたが、段々弱まっていくのが分かった。
「私はね。相手が誰であろうと妹を殺した奴を絶対に許さないの……関わった奴もね」
ビール腹が私の正体に気づいた瞬間、さらに締めた。ベッドが破壊するかもしれないほどバウンドさせた後、電池の切れたおもちゃみたいに力が無くなっていた。
私は静かにベルトを外してタオルで指紋を拭き取った後、ビール腹の男の鞄を漁った。その中からスマホを取り出して指紋認証で開けさせると、連絡先を調べた。
会社の上司、元妻、同級生などの名前の中に『A』というアルファベットの名前を見つけた。試しに出てみる事にした。
数回のコール音が鳴ると、『おう。どうした』と低い声が聞こえた。こいつが黒いパーカーの男だろうか。
「私、マドカ。話があるから23時に池田公園まで来て」
『マドカ? おい、お前だ――』
男が尋ねる前に切っておいた。これで来るか来ないかは相手次第だ。
(さぁ、復讐の時だ)
私はベッドのサイドテーブルに置かれている時計を見た。時刻は『22:45』。急いで行けば間に合うだろう。
手早く着替えを済ませると、何食わぬ顔でホテルから出ていった。そして、池田公園へと向かった。




