3.捜索
「どうしたんだ、あんた。大丈夫か?」
私が呆然と立ち尽くしていると、通りすがりの男が声をかけてきた。
近隣の住民だろう。彼なら、何か知っているかもしれない。
「ここには、デセルバート家の屋敷があったはずだ。何かあったのか?」
「デセル……ああ、八年前に取り潰しになった男爵家のことかい?」
「八年前に……」
廃爵となったこと自体は、さほど驚いていない。
だが私がいなくなって、たった二年で潰れるとは思わなかった。
確かに私は、当主としての責任や重圧から逃げ出した。
しかし祖父や父が守り続けていたデセルバート男爵家を愛していたのも事実だ。
せめて五年くらいは持ちこたえて欲しかった。
リディアや使用人たちの力不足を感じざるを得ない。
……いや、私に文句を言う資格などないか。
私が自己嫌悪を覚えていると、男は嘆息交じりに言葉を続けた。
「しかし酷いご当主だったよ。娘の誕生日の夜に雲隠れしちまったらしい。浮気相手と駆け落ちしたんじゃないかって噂だ。あんな優しくて綺麗な奥さんがいたってのによ」
「そうなのか……」
話の調子を合わせるが、自分でも声が震えていると分かった。
「……男爵の妻子は、現在どうしているんだ?」
「さあ、俺にも分からんよ。平民としてどこかで暮らしてるんじゃないか?」
腹の底がひんやりと冷たくなった。
平民に落ちた貴族の末路などたかが知れている。生きていればマシな方だ。
会いたい。会って謝らなければ。
その後も私は聞き込みを続け、どうにか元使用人が現在働いているレストランを突き止めた。
国内では、名の知れた有名店に辿り着く。かつてデセルバート男爵家の料理人だったマリオは、この店の料理長を勤めていた。
私が素性を明かし、マリオとの面会を求めると一度は断られた。だがしつこく食い下がると、ようやくマリオが厨房から姿を現す。
「十年ぶりだな。随分と立派になったようじゃないか」
「……俺に何の用ですか?」
マリオは冷ややかな声で、そう尋ねた。
「リディアとセレナを探している。何か知らないだろうか?」
「あなたにお話しすることはありません。どうかお引き取りください」
「ま、待て。私は彼女たちを救いたいんだ!」
「救いたい? 奥様とセレナお嬢様を捨てたくせに、何を今さら」
「だから、その罪を償うためにも……」
「お帰りください。二度と俺の前に姿を見せないでくれ」
とりつく島もない。一方的に言い募ると、マリオは厨房に戻っていった。
私は暫しその場から動くことが出来ずにいた。
しかし私がリディアたちを探し出すことは、誰も望んでいない。むしろ迷惑なのではないだろうか。そう考えると、心が少し軽くなったように思えた。