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一話


 お姉様は怒るだろうか……お姉様の大切な人と結婚した私を。



 ヴィダル家に嫁いで早くも半月が過ぎた。あれからマンフレットとは一度たりとも顔を合わせていない。

 結婚初夜の翌朝、彼からの言伝を侍女から受け取った。『何もしなくていい』との事だ。要するに余計な事はせずに大人しくしていろという意味だろう。

 彼の言動からエーファを邪魔だと思っている事は明らかだ。まあ一年後離縁すると言われているのだから当然なのだが。

 姉と彼は政略結婚だったが、彼は姉を大切にして愛した。そして今も尚姉を忘れる事が出来ずに愛しているのだろう。

 久しぶりに少しだけ姉を羨ましく思ってしまった。両親からも沢山愛され、周囲からも愛され、死して尚最愛の人からも愛され想われている。若過ぎる生涯ではあったが、誰からも愛された事のないエーファには幸せに思えてしまう。



「どうかされたんですか」


 ある朝、エーファは目覚めると慌しそうにしながら侍女のニーナが部屋に入って来た。


「お、おはようございます、奥様……」


 何時もきっちりと身なりを整えているのに、今朝は見るからに髪も侍女服も乱れており、大分疲れた様子に見える。というか、散々奥様呼びはしないで欲しいと伝えたのにまた戻っている……。


「い、いえ! その……何でもございませんので」


 息を切らしながら言われても説得力は皆無だと思わず苦笑した。


「ニーナ、何かあるなら教えてくれませんか? 私では頼りないですが、力になれる事があるかも知れません」

「奥様が頼りないなどと、そんな! 実はーー」




 


 ◆◆◆




 亡くなった妻の実妹が嫁いで来て早くも半月余り。

 エーファは義妹であり無論認識はしていたが、関心もなかった為彼女の事は何も知らない。

 実際に対面してみて感じた事は、非の打ち所がない完璧な妻だったブリュンヒルデとは対照的で平々凡々な娘。姉妹だとは到底思えない。ふと記憶を辿れば、何時かの夜会に妻の妹が参加していた事を思い出す。あの時、周囲からは二人を比較しエーファを嘲笑する声が聞こえていた。下らないと不快に思ったが、今自分も似たような事をしていると苦笑する。



「……これは」


 何時もと変わらず朝食を摂っていたマンフレットは、皿に盛られたオムレツをナイフで切り固まった。


「マンフレット様、如何なさいましたか?」


 微動だにせずオムレツを凝視しているマンフレットを困惑した表情で執事のギーが様子を窺ってくる。


「い、いや……」


 ここ数日おかしい。明らかに食事に異変が起きている。これは著しい問題だ。

 これまでオムレツはシンプルに卵だけか、若しくはジャガイモや玉ねぎ入りだった。シチューは肉と玉ねぎ、マッシュルーム、サラダは葉物、トマト、チーズ類などだった。なのに……最近そのどれにもニンジンが混入している。

 実はマンフレットはニンジンが死ぬ程嫌いだ。別に食べたからといって身体に異変が起きる訳ではないが、昔からどうしてもニンジンだけは好かない。口に入れた瞬間広がるあの風味を感じると、全身ぞわりと粟立つ。


「早く食べないと、折角の食事が冷めてしまいます」


 何時迄も手を付けないでいるマンフレットをギーが急かしてくる。ニンジンが苦手だと知っている癖に腹立たしい。本当に生意気だ。

 因みにギーとシェフ以外の使用人は、マンフレットがニンジン嫌いとは知らない。マンフレットのニンジン嫌いは極秘事項だ。何しろ矜持に関わる。絶対に知られてはいけない……。


「最近、シェフを変えたのか?」

「いえ、その様な事はございません」


 ギーの返答に思わず顔を顰めた。

 実家にいた頃から暗黙の了解でニンジンはマンフレットの料理には入れられていなかった。この屋敷に移り住んでからもそれはまた然りで、シェフも変わっていないと言うので伝達不足ではない。


(ならばこれは意図的なものなのか?)


 ニンジンは好かないが、食べ物を無駄にするのは頂けない。耐えて食べるべきかと悩んでいると更にギーが口を出してきた。

 

「ただそちらは、エーファ様お手製ではありますが」

「は?」


 エーファのお手製? 全く持って理解出来ない。余りに意外過ぎる言葉に思わず間の抜けた声が出た。

 訝しげな表情でギーを見るが、至って真面目な表情でマンフレットを見ていた。どうやら冗談ではなさそうだ。

 

「お手を煩わせない様にと報告は致しませんでしたが、実は数日前から使用人の間で風邪が蔓延しておりまして……。皆高熱で床に伏せまともに動ける者達は平時の三分の一程になってしまい人手不足に陥り困り果てていた所に、エーファ様自ら手伝いを申し出て下さったんです。調理のみならず、掃除や洗濯なども積極的にして下さり大変助かっていると報告を受けております」


 丁寧に説明をされるが、今いち理解が追いつかない。

 無論使用人等が風邪を引き倒れ人手不足になってしまった事は分かった。だがそれでエーファが使用人の真似事をしている? 今目の前に並べられている料理は彼女が作った? 貴族の娘が台所仕事をするなどあり得ない。確かに下級貴族の娘ならば家の為に上級貴族の屋敷に侍女として務める者もいる事は知っている。だがエーファは伯爵家の娘であり、あのブリュンヒルデの妹だ。台所仕事をはじめとして使用人の仕事が出来る筈がない。


「エーファ様が丹精込めてお作りになられた食事、まさかお残しになどなられませんよね」


 ギーに嫌味混じりに釘を刺され、ため息を吐き諦めて目の前のオムレツを口に放り込んだ。




 



 

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