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プロローグ


 

「君を抱くつもりはない」


 薄暗い部屋に入ると開口一番にそう言われた。

 広い部屋の中央寄りのソファーに腰掛ける彼は、赤ワインの注がれたグラスを呷っている。


「そもそもこの結婚自体、私は認めていない。父からの命令で不本意だが取り敢えず君とは夫婦になった。だがそれも一年だ」


 グラスをテーブルの上に置く音が静かな部屋に響く。


「現ヴィダル公爵の父は来年五十を迎え隠居する事が決まっている。無論家督は私が継ぐ事になっており、私が公爵になったと同時に君とは離縁する」


 結婚初夜、夫婦の寝室でいきなり離縁を突き付けられるなど前代未聞かも知れない。だがそれも致し方がない事だ。何しろこの結婚は普通ではないのだから……。


「私は君を愛さない」


 愛せないではなく敢えて愛さないという所に、彼の意識の強さが垣間見えた気がした。きっと今でも姉の事を想っているのだろう。

 冷たく言い捨てられるが、エーファは臆する事なく淡々と返した。


「承知致しました。なるべくマンフレット様のご迷惑にならないよう努めます」

「……弁えているならそれでいい。私は自室に戻る。君は好きにしろ」


 彼は立ち上がると、エーファに一瞥もくれる事なく部屋を出て行ってしまった。

 

 一人残されたエーファは、大きな天蓋付きベッドの端に遠慮がちに座る。

 彼と姉はやはりこの寝室を使っていたのだろうかーーそんな意味のない事が頭を過ぎり苦笑した。


 エーファは、しがない伯爵家の生まれだ。家族は両親と姉、弟がいる。

 姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人。

 一方で妹の自分は、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。でもだからといって姉を恨んだり妬んだりはしていない。確かに羨ましいと感じる事もあったが、格が違い過ぎて姉が優遇され愛されるのは当然だと思っていた。

 そんな姉が結婚したのは今から二年半程前の事だ。相手が誰かを知った時は、酷く驚いて少しだけ落ち込んだ。何故ならその人はエーファの初恋の人で、その時はまだ密かに想いを寄せていたからだ。だがまあ、エーファにとっては元々雲の上の人だったので叶う筈もないと分かっていた為素直に姉を祝福し受け入れ、密かな想いに蓋をした。

 盛大な挙式の後、姉はこの屋敷に移り住み暮らしていた。社交界ではブリュンヒルデとマンフレットはおしどり夫婦、愛妻家と言われる程仲睦まじい事で有名で、きっと幸せだったのだと思う。 

 だが半年前、ある日突然姉は亡くなってしまったーー不慮の事故だったらしい。というのも、詳しい詳細を両親に訊ねても何も教えてくれなかった。


『お前には関係ない』


 その一点張りだった。 

 ただ使用人が話しているのをたまたま耳にしたのだが、どうやら姉は悪天候の土砂降りの中、馬車に乗り何処へ向かっていたそうだ。その際、泥濘む山道に車輪が滑り崖から転落したーー。姉は一体何処へ行こうとしていたのだろう。何故両親はそれを隠すのだろうと不審に思ったが、考えた所で答えは出ない。

 

 そんな姉の死から半年余り。両親から突拍子もない提案、いやエーファには拒否権はないので命令との表現の方が近い。


『お前も知っての通り、彼は愛妻家だった。突然妻を亡くし未だ立ち直れないでいるそうだ。そこでお前だ、エーファ。ブリュンヒルデには遥かに劣りはするが、一応姉妹である。目を凝らして良く見ればブリュンヒルデの面影が無くもない』

『姉の面影が塵程でもある貴女なら、きっと彼も受け入れてくれ筈よ。先方も有り難いことに、仕方がないから貴女で妥協すると仰って下さっているの』


 複雑な思いを抱えながらエーファは、亡き姉の旦那だったマンフレットへの後妻として嫁いできた。




 

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