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妻の異変

 最近、有加さんの様子がおかしい。

正確には、彼女から漂う香りが変わったのだ。

 何故か時々紗綾さんと同じ様な香りがする事があるのだ。

一瞬頭が混乱し、落ち着かない。ここが何処なのか。


 紗綾さんには、悪いと思っている。

子供が出来た以上、有加さんと別れて責任を取るべきだとは頭では理解していた。

 でも、実際は僕には有加さんと別れる事はできなかった、僕達は家族だから。

恋人同士の心が躍る感じはないけど、それとは違う愛がある。大切な家族なのだ失う訳にはいかない。僕の帰る家、居場所は、有加さんと住むこの家なのだ。


 僕の思いが最低な事なのは、重々承知している。

何かを感じ取って、紗綾さんは絶対に結婚してとは言わない。

卑怯な僕はそれに甘えている。

彼女はそんな僕にいつも笑顔で「お帰りなさい」と迎えてくれる。

その「お帰りなさい」に、僕は真新しい服に初めて手を通すような違和感をずっと持っている。



 紗綾さんと言葉を交わすようになって、2年になろうとしている。

出合いはこのお店だ。僕はここの珈琲と店の重厚感のある雰囲気がとても気に入っていた。

広くはないが中庭があり、カエデなどの季節を感じさせる樹木や苔など多種多様な植物で埋まっていた。

店内にはアンティークの本棚があり、今ではなかなか手に入らない古書が沢山あった。

さながら森の中の図書館ようだった。


いつもランチはこのお店と決めていた。

そこのマスターの娘さんである彼女が帰国し、店を手伝いだしたのが2年半前、最初は全くのビジネスライクだった。


 彼女が店に出だして半年たったある日、その日は朝からひどい雨が降り続いていた。

僕は中庭が見えるお気に入りの席で、本を片手に食後の珈琲を飲んでいた。

その時凄い地響きして、地震かと思うような揺れを感じた。一瞬何が起こったか分からなかった。

周りを見ると、さっきまでマスターがいたカウンター付近に車がいた。

運転を誤った突っ込んできたのだ。

運転者は結構な高齢者で、突っ込んでも尚、ブレーキと間違えアクセスを踏んでいた。

運悪く、その車と壁の間にマスターは挟まれていた。

 居合わせた数名のお客と僕とで、車をどかし、なんとかマスターを助け出した。

しかそ、その時にはもう息は無く、救急隊員の必死の蘇生行為も虚しく亡くなってしまった。

その事件をきっかけに僕と紗綾さんは頻繁に言葉を交わす様になった。


 事故後、紗綾さんが落ち込む母親を支え店を切り盛りした。

元々古かった建物なので、建て替えを余儀なくされた。しかし、レトロな雰囲気に惹かれ集まっていた顧客は新しい雰囲気に馴染めず、その多くが去っていった。

落ち込む彼女を元気付けたり、相談に乗ったりした。


 樹雨の中庭のカエデが色づき、朝の寒さに身震いする頃。

なんとか新たな顧客を開拓し、以前の顧客も少しずつ戻り始めた。そこで終われば美談だった。

しかし、現実は彼女と僕は距離を縮めていき、一回の過ちが起こってしまった。

そしてその一回で、妊娠してしまった。

僕は心の何処で、子供を欲していたので、正直嬉しかった。これで父親になれる。でもその嬉しさと同じ位、有加さんを失う恐怖を感じた。


 僕は本気で紗綾さんの事を愛しているし、修也の事も愛している。

でも紗綾さんのお帰りなさいには、違和感を感じている。理由は、ただただ僕の帰る場所ではないからだ。

香りが違うのだ、匂いが違うのだ、落ち着かないのだ。

心休める場所は有加さんの匂い、香りのするあの家だけ。

だから僕がお帰りなさいと言う相手は有加さんだけ。

 

 そんな有加さんか、最近違う匂いが混じる事に不安を感じている。

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