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異界小話

恋し姫

作者: 野良ゆき

むかしむかしの そのむかし

白いおひげの 王さまの

国いちばんの ご自慢は

よわい十二の お姫さま


金城湯池の 王城や

金銀あふれる 蔵あれど

先立つ王妃の のこされた

愛し姫には かなわない


秀でた額 月の眉

白磁の肌に 絹の髪

碧き瞳は 星と輝き

笑顔は花の 開くよう


いと美しき 姫なれば

王の心は かき乱れ

悪い虫など つけまいと

ついには塔へ 閉じ込める


美丈夫たちとの 語らいも

歌も踊りも ゆるされず

ひとり淋しい お姫さま

花の笑顔も しおれゆく


籠の小鳥の お姫さま

見るに見かねた 侍女たちは

せめて無聊の 慰めと

書を持ち寄りて 贈りたり


喋る獣に 金銀財宝

猛き勇士の 獅子退治

なかでも姫の 好みしは

きらめく恋の 物語


いくつか季節が 過ぎ去りて

恋の話も 百ほどを

数えるころに 姫さまは

王のお呼びで 塔を出る


白いおひげの 王さまは

いつしかすっかり やせこけて

明日も知れぬと 枕頭に

愛しき姫を 呼び寄せる


王は娘の 身を案じ

さる公爵を 婿として

手を取り合うを 命じられ

ついに天へと 召されたり


婚姻の儀は 華やかに

紳士淑女を 呼びあつめ

若きめおとの 旅立ちを

乾杯をもて 祝いたる


しかし月日が 経つほどに

めおとの仲も 凍え果て

いと懐かしく 思うのは

かつて好みし 物語


恋物語を 読み返し

これは違うと 姫さまは

ひそかに毒もて 公爵を

死出の旅へと 送り出す


今度こそはと 姫さまの

次の相手は 若き騎士

けれど此度も さいしょだけ

ついには毒を 食らわせり


いくら探せど 本のよな

理想の恋は 見つからず

ただいたずらに 埋められた

屍のみが ふえてゆく


消えた男と 姫さまの

噂は隠せど 広まりて

民草たちが ひそやかに

つけたあだ名は 恋し姫


いい寄る男も いなくなり

姫はふたたび 塔の中

真の恋とは 何ぞやと

恋物語に 問わんとす


国は貧しく 民は飢え

ついには戦が まきおこり

姫は王座を 追われども

ただ積みあがる 本の山


幾百冊を 読もうとも

何もわからぬ 真の恋

ついに姫さま 国中の

恋物語を 読み終えり


恋物語は 物語

この世の恋とは ちがうもの

すべてを失くした 恋し姫

ただそれだけが 得られたり


ならば次こそ 現世に

まことの恋を 見つけんと

久方ぶりに 姿見に

己の姿を 映し見る


しなびた額に 眉はなく

黄色い肌は しわだらけ

碧き瞳は 輝き失せて

まさに枯れ木の 風情なり


本の暮らしは 知らぬ間に

幾春秋を 重ねたり

すべて失くした 恋し姫

美しささえ 失えり



決して溺れる ことなかれ

かりそめの世の かがやきに

決して忘れる ことなかれ

おのが在るべき 現世を


書を開きては 思い出せ

華やかなる世の あやうさを

鏡を見ては 思い出せ

かの姫さまの かなしみを



むかしむかしの そのむかし

白いおひげの 王さまと

先立つ王妃の 残されし

哀しく可憐な 恋し姫


血は絶え果てて 国も亡く

骸のありかも 忘れども

いまもかつてと 同じよに

書の世の中にぞ 生きたもう





おしまい

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