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008:飯屋・腹拵

 ギルバートの店兼屋敷を後にした俺……と不本意な同行人である三人娘は、そのまま街の南側へと向かっていた。


 さっきも言ったように、痩せっぽちななこいつらには栄養を取らせておかなけりゃならんからだ。

 年齢的には三人の中で一番年上で十五歳のシェスカでさえ、栄養不足で十歳程度にしか見えん。肉も足りていないから枝みたいな手足してるしな。


 全員ばらばらの歳なのに、だいたい同じ体格ってどういう事だよ、まったく。



「ね、ねぇ。今からどこに行くの……ですか?」

「敬語はいらん。無理にへりくだった態度は苛立つだけだ、好きなように喋れ」

「え、あ、わ、わかりまし……じゃない。わかったわよ」



 ……アリアの奴、妙にびくびくしてるな。

 最初のつんつんした刺々しい態度はどこへ行ったのやら……ちらちら俺を見上げて様子を伺っている。


 あれか? さっきもう一度顔を弄ろうとした事で怯えてるのか?

 面倒臭いな……餓鬼と接するのはこれだから嫌いなんだ。



「そ、それで、どこに行くの? ……も、もしかして宿? ま、まだ始めるには早いんじゃ……」

「あ? 始めるって何をだ?」

「こ、こんなところで言わせないでよ!!」



 言わせないでよって……あぁ、そういう。


 こいつら全員、もともとそういう目的で購入された上で、それぞれの主人の超個人的な趣味の産物に弄られていたんだったか。

 ……俺、そういう欲求は全部枯れちまってんだよなぁ。



「安心しろ、お前らを抱く気はさらさらねぇから。そういう目的があったとしても、今のお前らを抱く事はまずねぇよ」

「はぁ!? なんですって!?」

「アリアちゃん……落ち着いて」



 俺がアリアの不安を否定すると、何故だか奴は目を吊り上げて声を荒げてきた。

 シェスカに羽交い締めにされながら、ふーっ、と猫のように髪の毛を逆立てて……って、獣っぽさが抜けてないな。術が不完全だったか?


 何だ、嫌だったからあらかじめ確認してきたわけじゃないのか? やはりわからん。



「……にい、わたし、おなかすいた」



 アリアが騒ぎ、シェスカが困り顔になり、どうしたものかと内心で頭を抱えていた俺に、不意にルルが袖を引っ張って催促をしてくる。

 図太い奴だな……まぁ思った事をはっきり言う奴は嫌いじゃない。元々の目的もそれだしな。



「わかった、飯だな。今から向かう場所にそれなりに美味い飯を出す店がある……さっさと行くぞ、ぐずぐずするなお前ら」

「!? 誰の所為で怒ってると……!」

「アリアちゃん、いい加減にしてください」

「ふぎゃっ!?」



 未だ喚いてるアリアにそう告げると、シェスカが奴の首根っこを掴んで引き摺ってきた。

 言動は厄介な奴だが、きちんと命令は聞くようならまぁ大丈夫か……後で性格を弄るかどうかは検討しておくが。



 さて、そうこうしているうちに……俺にとって懐かしい街並みが見え始めた。



「っ……!?」

「ふぇ……」

「あ……あの、ここは……?」



 さっきのギルバートの屋敷がある街よりも、ずっと歪な汚らしい家が立ち並ぶ地域。


 辺りを歩くのは襤褸をまとった痩せた住人達。

 風呂なんて贅沢品に入れるはずがないから、鼻に刺さる臭いがそこら中から漂ってくる、劣悪な環境。

 他人の財を巡って、あちこちで喧嘩の声が絶えない人間の掃き溜め。


 王都に住む人間からすれば汚点、三人娘にとっても眉をひそめる光景で……しかし俺からすれば居心地のいい場所。


 ーーー『暗黒街』と呼ばれる地帯へと到着する。



「……ん? ラグナ?」



 俺の背中に隠れる三人娘を鬱陶しく思いながら、俺が狭い街の道を進んでいた時。


 道端で屯していたやちらが、俺を見て顔色を変えてくる。



「ラグナ!?」

「おい、ラグナだぞ!!」

「ラグナが帰ってきたってのは本当かい!?」



 一人があげた声は波のように辺りの人間に広がり、あっという間に数十数百人の視線が俺に集中する。


 ざっと向けられる目と声に、三人娘が怯えて俺の背にしがみついた瞬間。

 街の連中は声をあげ、一気に俺の元に殺到してきてーーー。



「おかえり、ラグナ!」

「待ってたぞ!」

「裏町の王! 俺達の救世主!!」



 そう、喝采をあげて俺の周りに集まってくる。


 道端で寝ていた爺達も、路地裏で遊んでいた餓鬼共も、旦那をしばいていたおばちゃんも、喧嘩をしていた兄ちゃん達も、男を誘っていた姉ちゃん達も。

 みんな一斉に、笑顔を浮かべて俺の周りに駆け寄ってくる。



「こいつめ! 全然帰ってこなくて心配したぞ!」

「アレスのバカはどうした!? お前がいなくて大丈夫なのか、あのひょろ助は!」

「にいちゃん、またあそんでくれよ!」



 喧々囂々と騒がしい連中に、俺の陰に隠れていた連中はぽかんと呆けた顔になるのを他所に。


 俺は溜息をこぼしてから、にやりと連中に笑い返してやった。




「……ただいま」




     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


「アイヤ~! 待ってたヨ~、ラグナ~! あれから全然来てくれないんだからモ~! 恩返しぐらいちゃんとさせておくれヨ~!!」



 街の連中にもみくちゃにされながら、俺は三人娘を連れて当初の目的である飯屋に……貧民街でも割と繁盛している店に入った。


 で、その店の主人に会うや否や、外と同じく熱烈な歓迎をされていた。



「繁盛してるのか?」

「ぼちぼちネ~、お客さんが増えたわけじゃないからネ~。だから売り上げに貢献して欲しいのヨ~」

「わかったわかった……今日から連れがいるから、多めに作ってやってくれ」

「毎度ありがとうございますネ~! いつもの席を開けてるヨ~!」



 久しぶりに会ったが……相変わらずうるさい喋り方だな。

 西の異国出身だったっけか? なんというか、訛ってると言うには態とらしく聞こえるんだが……俺の気の所為か?


 ただ、店主の存在はともかく飯の味は確かなままなようで、店の中は結構な賑わいを見せておる。

 貧民街の人間だけじゃなく、ちょっとお高めの格好をした客もいるようだし、前より腕を上げているのかもしれない。


 ……そんな状況で、俺がずっと座っていた席を空けているあたり、律儀な奴だよなと思う。



 俺が渋い顔になっていると、ずっと黙っていて忘れかけていた三人娘が、俺の後ろで唖然とした顔で固まっている事に気づいた。



「……なんだ、どうかしたのか」

「……やっぱりあなたは、神様なのですね」



 ……尊敬の眼差しを向けられても反応に困るのだが。

 というか、敬われるような真似をここでした覚えはないのだが。



「にぃ、いっぱいありがとうっていわれてる。すごい」

「あんた……あの男とどういう関係なの? すごい……ぺこぺこしてるけど」

「昔、ちょっとした恩を売っただけだ」

「ちょっとしたって……あれはどう見てもそんな些細な事じゃないわよ」



 いや、本当に大した事はしていないんだがな……向こうからすれば大事だったのかもしれんが、俺としては然したる苦労じゃなかった。

 取るに足らない雑用を手伝っただけなんだが。



「本当にあんた、何したのよ?」

「んー……言うなれば掃除を手伝ったくらいなんだが」



 別に語るほどの事じゃないんだよ、本当に。


 ほら、説明してやったらアリアの奴も訝しげに首を傾げた。な? 本当に対した事じゃなかっただろ?



「神様に恩を受ける……これほど光栄な事が他にありましょうか。全身全霊をもって恩返しを望むのは当然の話でしょう」

「……アリア、こいつどうにかしてくれねぇか」

「……だからあたしに言われても」



 さっきからずっとシェスカが面倒臭いんだが。

 こいつの目に俺はどう映ってるんだ? 明らかに人間以外の何かが映ってるようなんだが……聞いたら延々と賞賛を聞かされそうだな。


 どういう過程を経てこんな人格が形成されたのやら。



「……まぁ、奴が大袈裟に恩を感じているだけだ。その礼で好きなだけ食ってくれと言われてるだけ……好きなだけ食え」

「はい、神様のご厚意に甘えます…!」

「ん、いただきます」

「……本当にいいの?」



 む……シェスカとルルはともかく、アリアは前の持ち主の仕打ちの所為か疑い気味だな。

 前者ほど気にされないのはそれはそれで気になるが、俺に対してこういう引き気味な態度を取られると、多少苛立ちが芽生えるな。


 二人を見ろ、すでに俺に遠慮せず何食うか考え出してるぞ。そこだけは見習え。



「お前らは俺の所有物だ。言われた通りに食ってればいい……色々仕事も手伝わせるつもりなのに、腹が減って力が出ないじゃ話になるまい」

「……わかったわ。じゃあ、遠慮なく」



 まだ若干訝しげに、アリアは店の中に貼られた料理名が書かれた紙を眺め出す。


 さて、俺もなんか食っておくか。

 別に食わなくても平気なんだが、習慣の所為で時間通りに何か口にしてないと落ち着かないんだよな。


 何を選んだものか……と、俺が悩み始めた時だった。





「ーーー何だこの店の飯は!! 客を舐めてやがるのか!?」




 ……俺を不快にさせる屑の声が、店中に響き渡った。

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