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007:交渉・契約

 俺は思わず、元乳でか女を見下ろしながら顔中をくしゃくしゃにして黙り込んだ。


 ……いや、俺とギルバートの話を要約すりゃそういう事なんだろうけど、言い回しのせいでだいぶ内容が変わって聞こえるぞ。


 何だ、俺は英雄か何かか?

 旅路だの同行だの、大昔の勇者とその仲間じゃないんだから。



「……間違っちゃいないがその言い方はやめろ。吐き気がする」

「! ご気分が優れないのですか!? すぐにお休みください、私が看病をいたしますから!!」

「……腹が立つからやめろって言ってんだよ」



 面倒臭い、本当に面倒臭い。

 この手の重症患者の相手は本気で面倒臭い。


 獣人もどきだった餓鬼も呆れてんじゃねぇか。



「あー、話が進まねぇからお前に代表して答えてもらうぞ。お前の方がましっぽいからな……お前ら、俺に買われる気はあるか」

「……さっき、あそこにいる人と話してた事と関係あるの?」

「聞こえてなかったのか? 結構でかい声で話してたはずなんだが……」

「……聞こえてても、私馬鹿になってたからわかんないわよ」



 ああ……中途半端に獣にされてた所為で知能も下がってたのか。聞こえちゃいたが、理解はできなかったんだな。



「あそこにいる奴の差し金でな、新しい事業の為にお前らを目立たせて自分のところの商品を買わせようって魂胆なんだそうだ。そんで、お前らを連れ回す役として俺に頼んできたってわけ……どうする? 嫌なら断ってもいいし、頷くなら衣食住は保証するぞ」

「……そんなの」



 俺が尋ねると、元獣人もどきの餓鬼は考え込み出した。

 なるべく早く決めて欲しいんだが、無理強いは俺の性分じゃない……好きなだけ悩ませてやろう。


 ただこいつ、何でか知らんがさっきからずっと顔が赤くなってるんだよな……俺の事をちらちら落ち着かない様子で見てるし。

 年頃の餓鬼の考えはよくわからん。



 なかなか口を開かない餓鬼の前で、俺が頬杖をつきながら待っていた時だった。



「わたし、かみさまといっしょにいたい」



 幼女の餓鬼がそう言って、俺の手に縋り付いてきた。

 真剣な眼差しを、じっと揺るがす事なく俺に向け、決して話すまいとするように俺の指を握りしめてくる。


 それは別にいいんだが……早速変な奴の影響を受けちまってるな。



「その決断を拒絶する気はないが……神様と呼ぶのはやめろ。別の呼び方にしろ」

「えー? …じゃあ、にぃ」



 ……うん、神様よりはましか。


 というか、奴隷に兄貴呼びされるのもどうなんだろうな。

 反抗的なのは面倒だし、怯えられても鬱陶しいし、好意的な方が邪魔臭くなくていいとは思うが……馴れ馴れしすぎるのもどうかと思うしな。


 まぁ、あとあと矯正できればそれでいいか。



「ーーーちょ、ちょっと待ちなさいよ! あ、あたしだって行くわよ! 行きます! 行かせてください!!」



 俺が幼女と話していると、黙っていた獣人もどきの餓鬼が慌てた様子で俺の前に割り込んでくる。わざわざ幼女を押しのけてまで俺の顔を覗き込んでくるあたり、相当必死に見えた。


 随分悩んでいたようだが、解決したのか?

 どっちでもいいが、途中でやっぱり嫌だとか抜かしやがったら遠慮なく捨てていくからな。



「言っておくが、俺は神でもなきゃ偉い奴でもねぇ。不気味な〝天職〟持ちだと蔑まれ、嫌われている厄介者だ。そんな俺と一緒にいて幸福な人生が送れるとは思うなよ」



 ここまで言っときゃ、気が変わる奴もいるか……と思ったんだが、全員目を逸らす事なく頷きやがった。

 もうちょい考えろよ……と思ったが、考えてみりゃ奴隷が買われる事は本望か。最悪殺処分とかもありえるし、俺でも無意味に殺す事ぁねぇから、ましな主人にはなると判断したんだろう。



 ……しゃぁねぇ。

 面倒だが、全員連れて行ってやるか。



「はぁ。んじゃ、契約成立だ……ところでお前ら、名は?」

「シェスカと申します、神様」

「……アリアよ」

「ルル! です!」



 乳でか女がシェスカ、獣人もどきがアリア、幼女がルル。

 なるほどね……いつまで覚えているかは知らんが、とりあえず頭に入れておいた。



「あの……神様のお名前は、何と仰るのでしょうか?」



 すると、乳でか……じゃねぇや、シェスカが不思議そうに首を傾げながら尋ねてくる。


 あぁ、そういや俺から名乗っていなかったか。

 悪い悪い。人に名乗らせる前に自分が名乗れって餓鬼の頃から言われてんのにな、うっかりしていた。



「俺はラグナーーー〈呪法師〉だ。呼び方はお前らで勝手に決めろ」



 こうして俺は、三人の奴隷を手に入れたのだった。






 じゃらじゃらじゃら、と。

 俺は手持ちの銀貨を取り出して、ギルバートの差し出した掌の上に乗せる。


 今更ながら頼まれてものを買うってのはどうかと思うが……本来の相場より遥かに安いし、まぁ気にしなくてもだろう。



「銀貨三枚……確かに受け取りました。では、どうぞよろしくお願いいたします」

「……ちゃんと売り上げの一部は還元しろよ」

「勿論でございます。あなた様を敵に回すほど、私は愚かではございませんから」



 ……どうだかな。

 こいつ、その気になればっていうか、条件さえ揃えばごく普通に俺を裏切りそうな雰囲気があるんだよな。


 俺にはその辺の思惑を察する能力とかねぇから、気付かずに騙されたままでいそうだ……まぁ、死ぬまで真実を知らないままなら騙しも裏切りも関係ないだろうけど。



 俺は俺を自分で納得させると、改めて購入した餓鬼共の方を見やる。


 ……外に出たらまず格好をどうにかするか。いや、痩せてるのが目立つから飯を先にするべきか?

 どっちでもいいが、先に確認するべきだな。



「んじゃ、契約内容について確認してもらおうか」


 一つ、主人の命令は絶対のものとする。

 二つ、主人に対する嘘の発言を禁ずる。

 三つ、主人の許可なく一定範囲から離れる事を禁ずる。

 四つ、主人の許可なく契約破棄、もしくはそれに関わる行為を行う事を禁ずる。

 五つ、主人の収入品に許可なく触れる事を禁ずる。

 六つ、主人が許可なく奴隷のものに触れる事を禁ずる。

 七つ、主人は奴隷の衣食住を最低限保証する事を約束する。


 ……この中の一つでも破ったら、罰則が下るからな」



 一応、さっき考えた七つの制約を教えて餓鬼共に確認する。

 ぶっちゃけ俺もここまで決めるの面倒臭いんだが、きちんと誓わせておかないと人間はすぐに裏切るからな……用心するに越した事はない。



「はい、承知しました神様」

「……わ、わかったわよ」

「わかった!」



 ……大丈夫だよな、破らないよな、特に最後の幼女。

 年齢相応に阿呆っぽいから忘れそうなんだが、大丈夫だよな。


 いろいろ不安だが、契約は契約だ。破ったら容赦無く罰を下すぞ。

 ……一応、死なない程度に抑えてはおくが。全身が痺れて動けなくなるか、痛みが走る程度て勘弁しておくか。


 餓鬼が泣き叫ぶ様とか、見てて胸糞が悪くなるし。



「はぁ……じゃあ、契約を結ぶぞ。ーーー************」



 それぞれ餓鬼共の胸に手を当てて、俺は祝詞を唱えて力を発揮する。


 まずは元乳でか女ことシェスカ。襤褸布の隙間の胸の谷間、素肌に手を当てて、【呪術】を刻み込む。

 俺の力の色である青紫色の光が迸り、骨が浮き出た薄い肌に幾何学的な模様を描いていく。……痛々しいから後でたらふく食わせておこう。


 刻まれた模様は、十字に細かな植物のような模様が施された、刺青のような紋だ。

 皮膚を変色させているだけではなく、魂魄にまで力を浸透させ存在の全てに楔を打ち込む枷……俺が人間相手によく使う術だ。



 そういや、これを前に施していたアレスの阿呆は何やってんだろうな……野垂れ死んでいてもおかしくはないな、あいつの実力なら。

 俺に逆恨みしていなきゃいいが……どうするかね。



 ……さて、今回は三秒で終わったか。久々だからか、ちょいと腕が鈍ったかな。

 我ながら醜悪な模様ができたものだ。


 シェスカも呆然と、自分に刻まれた奴隷の証を見下ろして……ん? 絶望してる風……には見えないな?



「ふわぁ……綺麗な模様」

「あ? 何言ってんだお前は、馬鹿か」



 奴隷紋が綺麗って……本気か、この餓鬼は。

 ある意味、人間以下の存在である事を示す忌まわしい印だぞ。それを綺麗って……何言ってんだよ本当に。



「こんな素敵な証をくださって、ありがとうございます……大切にいたしますね、神様」

「……何を言うとるんだ、お前は」



 本当に面倒臭い奴……よし、後で矯正しよう。

 他二人は絶対違うぞ。面倒だから一斉にかけるが、どうせ同時に泣き喚くに決まってらぁ。


 面倒なものを引き受けちまったなぁ……と思うつつ、アリアとルルにも術を施す。



「へ、へぇ~……も、もっとおどろおどろしいものかと思ってたのに、綺麗な模様じゃない。まぁ……悪くないんじゃない?」

「わたし、これすき~」



 感性のおかしい奴、他にも二人いやがった。

 何だこいつら、どういう頭の構造をしてるんだ?


 ……まぁ、いい。

 ここで泣かれたり喚かれたりしないなら、楽でいい。欲しくもなかった奴隷が従順じゃないとか、鬱陶しいにもほどがあるからな。



「さすがラグナ様ですな。ものの数秒で誓約させてしまうとは」

「そのお世辞は聞き飽きた……見慣れてんだろ、お前なら」

「何度見ても素晴らしい出来だという意味です。このような事ができる方は、ラグナ様の他にはおりますまい」



 ……まぁ、そんな奴がいたら俺の面目は丸潰れだから、いないと信じたいがね。


 とにかくこれで契約は完了した。

 もうしばらくここに用はあるまい……さっさと行こう。



「それじゃあ、俺はこれで。次は来月あたりに来る」

「ーーーまたのご利用をお待ちしております、ラグナ様」

「……行くぞ、お前ら」



 丁寧に頭を下げるギルバートの姿を横目に、俺は出口に向かって歩き出す。すると、三人娘も俺の後についてくる。





 はぁ……仕事とはいえ、他人と一緒に暮らさにゃならんというのは、心底億劫だな。

 こちとら人の何倍の時間も一人でいるんだ。今更連れが増えても後で悲しくな……じゃねぇや、面倒臭いだけだ。



 今回の連れは何日何ヶ月……何年続くかねぇ。

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