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006:賞賛・臍曲

「ふわぁ……すごい、元通りです」



 自分の胸元をぺたぺたと触り、乳でか……元乳でか女が感嘆の声を漏らしている。


 さっきまであった尋常じゃないでかさの乳は跡形もなくなり、それなり大きさになっている。

 身長も聞いていた年齢に相応しい程度のものになり、全体的に身体の均衡を整えておいたからな。大き過ぎず小さ過ぎず、適度な量ってところだ。



「わぁ、お姉ちゃん、おっぱいちっちゃくなったねぇ」

「……さっきまでがでか過ぎたのよ。あんたなんて全部ちっちゃくなってるし……まぁ、その方が違和感がないけど」



 中身が幼女だった女も、全体的に弄って縮めておいた。

 精神の方を弄る事もできたが、それをするには時間も手間もかかるし、面倒臭いからやめておいた。


 獣人もどきの餓鬼は、煩いのはそのまんまだが顔はあからさまにほっとしている。

 さっきまで泣いていたから目が赤いが、あれは放っておいてもいいだろう。俺が手を出すまでもない。



 ま、こんだけやれば文句はないだろう。

 こいつらの元の姿を知らねぇし、調べるのも面倒だから適当な調整だがな。



「お見事です。さすがラグナ様……〈呪法師〉は伊達ではございませんね」

「何回も見てんだろ。今更褒められたって嬉しくねぇよ」



 この職場、五十回くらい来てるし。

 お前が若造の頃から……ってか、お前の先々代の頃から世話してやってんだろうが。


 何なら、お前が赤ん坊でぎゃんぎゃん泣いてた時代の覚えてんだぞ、俺は。



「こちとら年齢だけなら爺だからな。褒められて喜んで、乗せられる年はとっくに過ぎてんだよ……舐めんじゃねぇ」

「これは失礼を。素晴らしい事には変わりありませんので」



 心にもない事を……お前の賞賛は次の商売を潤煥にする為の布石だろうに、わざわざ大袈裟に語りやがって。


 もう嬉しさなんて微塵も感じねぇんだよ。

 そういう純粋な気持ちは餓鬼の頃にとっくに失せちまってんだよ、くそったれめ。


 俺ぁ賞賛されるより、金が欲しいんだよ。



 ……とか思ってたら、ギルバートの奴急に顔をしかめて肩を竦め出した。何だ、唐突に?



「まったく、こんなにも優秀な方を追い出すとは、《暁の旅団》の皆様は目が節穴だったようですね」

「そのおかげで俺は自由になったんだ。そこだけは感謝してるよ」



 色々面倒臭い班だったからな……人間関係が特に。


 レッカは脳筋気味だし、ナナハは若干思考が危ないし、リリィは毒吐くし。

 実力は三人ともそれなりにあるんだが、全員単独行動(スタンドプレー)に走りがちで、死ぬほど連携が取りづらかった。


 一番厄介なのはアレスだったな。

 口は偉そうなのに雑魚だし、連携は無視するし、命令ばっかして後ろに逃げがちだし……阿呆だから自分の技量を超えた依頼を受けたがってばっかりだったし。



 昔のアレスはもう少しましだったんだがなぁ。

 俺を誘おうと土下座までしてた頃が懐かしい……なんでああなったんだか。



「我々としても嬉しい事には変わりありませんが、それでもラグナ様が不当な評価を得ている事に対しては、憤らずに入られませんな」

「そういうのはいらねぇ。()()を破棄した時点で俺の気は済んでる」

「……左様でございますか」



 レッカ達はともかく、アレスは俺に頼りまくりだったしな。

 俺が毎日どんだけ呪ってやってたかも知らずに、やれ役立たずやら不気味やら、人の気も知らずに好き勝手言いやがって。

 どうでもいいけど、俺に迷惑のかかる自滅はやめてもらいたいな。


 ……組合の方はちと気になるが。

 馬鹿一人の愚行に巻き込まれた点は同情するし、あとで様子見でもしてくるかねぇ。



「これで用事は終わりか? だったら俺は帰るけど……」

「いえいえ、これからが本番です」



 俺が帰ろうとすると、ギルバートは人の良さそうな笑みを浮かべて呼び止めてくる。


 ……こいつがこういう笑い方をする時は、人を使って儲ける事を考えてる時なんだよな。

 俺の〝力〟を使う事はもちろん、俺の存在自体を利用する事もあったし。



「……まぁ、聞くだけ聞こうか」



 内心ちょっと身構えながら、俺はギルバートに向き直る。

 こいつの事だ。俺の不利益になるような事は言うまい……多少の面倒事でも、あとできちんと恩を返してくる奴だしな。



 ……そう、思っていたんだがなぁ。




「簡単な話です。ーーーこの者達を買いませんか?」




「は?」



 告げられた言葉に、思わずそんな声を出してしまったが……おかしくはないはずだ。ないよな?


 俺、今まで一遍たりとも奴隷を欲しがった事なんかないぞ?

 今までず~っと一人で生きてきた男だぞ?

 何なら大勢の人間に疎まれ嫌われ憎まれ続けてきた男だぞ?



 それを今更……何で赤の他人を『買って』まで一緒にいなきゃならんのだ?



「何の理由があって……」

「無論、打算ありきです。彼女達は我が紹介の宣伝に使わせていただくつもりです」



 ……宣伝?



「どういう事だ」

「彼女達は知っての通り、異形に変じてしまっていた為、長らく買い手がつかない商品でした。特異な性癖の持ち主ならともかく、ごく普通の人間に求められる事はありません」



 まぁ、そうだろうな。

 あんな狂的(マニアック )な趣味の産物、誰が買いたいと思うよ。


 ……で?



「我々商人の間では、彼女達の事は結構な噂になっておりまして……容姿を持ち主の好みに弄った奴隷として、です」



 ……なるほど、わかってきたぞ、お前の狙い。



「派手に弄ってから戻したこいつらを他の商人やら買い手の前に晒して、興味を持たせようってんだな? ーーーそんでついでに俺を紹介して、奴隷の特注(カスタマイズ)を売り出す気だな?」

「ご明察です」



 なるほど、なるほどなるほど。


 奴隷の容姿はそれぞれ。見目のいい奴もいれば不細工もいる。肉付きのいい奴もいれば貧相な奴もいる。そんで女もいれば男もいる。……さらには大人しい奴もいれば気の強い奴もいる。


 売りに出された商品に好みの奴がいる可能性は高くはなく、何度も足を運ぶ必要がある。そこまでしても手に入らない事もありえる。

 さらには購入希望者が被った場合、競りになって掻っ攫われる可能性もある。


 巡り合いというものは時の運に頼るしかなく、毎回悔しがる客は一定数存在していると、以前ギルバートに教えられた事がある。



 だが……俺の〝力〟ならある程度、客の希望に融通を効かせられる。

 好みの顔がないなら弄り、身体つきも弄り、何ならその気になれば性格も性別も弄れる。完全な特注品(オーダーメイド)を提供できる。


 今の所、そこまでできる人間は俺以外に存在しないから大した数を扱えない……だが、容姿も性格も希望通りの奴隷が手に入るのなら、欲しがる奴は確実に現れるだろう。


 ギルバートの考えは、そういう事なんだろう。





 ……いや、引くわ。どん引きだわ。

 なんつー悍ましい商売に手ぇ出そうとしてんだこいつは。


 流石の俺も言葉を無くすわ、そんな商売。別にやれと言われりゃやるけど、誰が好き好んで人体改造なんかするか。



「あんまり派手にやると、国が五月蝿いんじゃねぇの?」

「問題ありません。奴隷の扱いにおいて国は介入出来ませんから……犯罪奴隷に対しては特に」

「……そういやそうか」



 ーーーこの国の法律では、奴隷は奴隷になった時点であらゆる人権を剥奪され、物と同じ扱いになる。

 犯罪奴隷に対しては非常に顕著で、事故で死のうが殺されようが、持ち主が責められる事はない。


 この辺りにお国の仄暗さを感じるが、ぶっちゃけ言って関わると無茶苦茶面倒臭そうだから何も言わない。言いたくない。

 別に敵に回しても困りはしないが、面倒な事態はなるべく避けたいからな。



 そのうち革命でも起きて変わりそうだがな。

 犯罪奴隷って言ったって、真っ当な裁判で地位を剥奪された奴もいるけど、冤罪で捕まってそのまま堕ちてきた奴もいる。

 国の目が届かない場所で、悪人の契約によって何もかもを奪われた奴だっているのだ。


 そんな理不尽な目に遭わされた奴が、ずっと黙ったままとは限らない。いつか溜め込んだ怒りと憎しみが爆発する可能性もある。

 まぁ、俺には関係ないがな。



 ただ、この国にいる他の奴隷商人に比べて、ギルバートの店の商品の扱いはだいぶ優しいんだよな……奴隷によっちゃ、こいつを神様みたいに見てる奴もいるくらいだし。

 よほどの馬鹿じゃない限り、俺やこいつが被害を被る事態にはならんだろう……多分。



「まぁ、やってやってもいいけどさ……とりあえず連中と交渉だけさせてくれるか。反抗的な奴を連れてっても不快なだけだから」

「どうぞ、お好きなだけ」



 ギルバートに許しを得てから、俺は檻を開けて貰って中に入る。

 すると中にいる三人娘、元乳でか女が他の二人を抱き寄せながら、俺に怯えを孕む潤んだ瞳を向けてくる。



 ……駄目だな、話しかける前から面倒になってきた。



「……神様……?」



 ……不本意だが、遺憾だが、全く納得していないが。

 ギルバートの思惑通りに購入する前に、本人達の意思を確認しておかねぇとな。


 一人、元乳でか女が変な事を呟いていた気がするが、取り敢えずは気にせずに三人の前に進み出て、しゃがんで視線を合わせる。



「あー、会話は聞こえていたと思うが……」



 俺はまず、なるべく餓鬼共の怯えを誘わないようにしながら話しかけてみる。

 向こうからしちゃ、俺は得体の知れない謎の男だしな。体を弄り直したとはいえ、俺に対する不信感は確実にある事だろう。


 まずは落ち着かせようと思った……の、だが。



「だ…! 誰も、あんたに助けてほしいなんて思ってないんだからね!? お、お礼なんて言わないんだからね!!」



 獣人擬きになっていた餓鬼が、目を吊り上げながら俺にそう吠えてくる。

 目は潤み、我が身を抱いてぶるぶる震えて、俺から必死に距離を取ろうとする……まぁ、普通そうなるわな。



「べ、別にあんたに助けてもらわなくてもよかったんだから! あんたになんて……あんたになんて…!」

「…? おねえちゃん、なんでおこってるの?」

「お、怒ってないし! こ、こいつが助けたと思ってるのが癪なだけだし! 自分で何とか出来たんだから、余計なお世話だって言いたいだけだし!!」



 興奮してきたのか、顔を真っ赤にしてまで怒鳴りつけてきやがる。

 何か知らんが眼がぐるぐる渦を巻いてるように見えるし、若干呂律が回らなくなってきてるみたいだし。


 ……そこまで、俺に助けられたのが嫌だったって事なんだろうか。



「―――分かった、じゃあすぐに戻そう」

「…へ?」



 そういう事なら仕方がない。

 男嫌いなのか、俺自体が生理的に無理だったのか、どういう理由かは知らんがそこまで嫌なら全部なかった事にしよう。


 俺は獣人もどきだった餓鬼の頭を掴み、顔に手を翳す。

 そのまま呪ってやろうとしたのだが……この餓鬼、何故か抵抗しやがる。お前の手が邪魔で呪えないだろうが。



「へ!? いや、ちょっ……な、何すんのよ!?」

「自分で何とか出来たのなら、お節介な真似をして悪かった。今から殺気の獣人の顔に戻すから、そこから自分で元に戻し直してくれ。責任もって弄ってやる」

「は!? いや、やだっ……やめてぇえええ!!」



 幸い、さっきの獣人の顔がどんな風だったかはよく覚えている。

 何なら毛の本数が何本だったかもわかるし、完全に元に戻してやろう。趣味の悪い造形だったから正直言うと嫌だがな。


 だというのにこいつ、必死の形相で抗ってくる……嫌だといったのは自分だろうに。



「ごめっ、ごめんなさい! ごめんなさい! 謝る、謝るから! 元に戻してくれて嬉しいです! もうあんな姿になるのは嫌です! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」



 ……本気で弄られたくないようだな。

 さっきと言っている事が真逆だな、面倒臭い餓鬼だ。


 とか思っていたら、それまでぼーっと俺を見つめていた元乳でか女が俺の手にしがみついて……いや、止めようとしてきた。



「……おやめください、神様。この子は素直に言葉を発せない性分なのです。ご無礼は私が謝罪します。お許しくださいませ」



 ……さっき聞いたこいつの声は幻聴じゃなかったようだな。

 こっちの煩い方は勿論、こいつも中々面倒臭そうだ。



「その神様というのをやめろ、寒気がする。……わかったからそんな目で見るな、鬱陶しい」



 そんな潤んだ目で見られると、落ち着かなくなるんだよ……俺はこいつの要望通りにしようとしただけなのに、なんでそんな無言で咎められねばならんのだ。


 なんかその……荒ぶる神を鎮める巫女みたいな態度を取るのはやめてくれんか。

 向こうにいる幼女まで似たような視線を向けてきそうだろうが。



「……このままでいいならそう言え、わからん」

「っ…! わ、悪かったわよ……」



 俺が手を離すと、獣人もどきだった餓鬼はそっぽを向きながら、元乳でか女の後ろに隠れる。


 何だ、こいつの言動は。嫌なのか嫌じゃないのか、全くはっきりしないぞ。

 元乳でか女は何だ、素直に言葉を発せないとか言っていたが、いまひとつ要領を得ない性格だな……【獣人化】の件がなくても、買い手には苦労したんじゃないのか?


 俺が渋い顔になっていると、元乳でか女の奴、その場で深々と平伏し始めた。



「慈悲深きお言葉に感謝いたします、神様。この子は今や私の家族も同然、

「……なぁ、おい。こいつのこの喋り方はどうにかならんのか?」

「……あたしに言われても困るわよ、そんな事」



 俺が扱いに困って、獣人もどきだった餓鬼に聞いてみるが、奴も困り顔で目を逸らしやがった。

 放置するなよ、この手の輩は面倒臭ぇんだから。


 ……まぁ、いいか。

 こいつの事は放っておこう。



「さて、本題に入ろうか。…まぁ、さっきもでかい声で話していたからわかるだろうが、あー―――」

「……そこから先は、必要ございません」



 こいつらの処遇をどうしたものか、そんでそれをどう伝えたものか。

 悩む俺に、元乳でか女が話しかけてくる。


 ……正直もう、こいつとあんまり関わりたくなくなってんだけどな。


 そう思ってた俺に、奴は真剣な眼差しと共に切り出してきた。




「―――神様、どうか私達を貴方様の旅路に同行させていただけませんか」

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