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005:不穏・策謀

 ーーー三つの月に照らされる森の中で、獣の咆哮が甲高く響き渡る。


 ぐちゃっ、と血の音を響かせて倒れた、灰色の狼。

 首に最期の一撃を受け、絶命したそれはかっと目を見開いたまま、自分を殺した相手ーーー〈剣士〉アレスを見据えていた。



「はぁ……はぁ……くそっ! なんなんだよ、今日は!!」



 肩で息をしながら、アレスは剣についた血を払い落とそうとする。

 しかし疲労し、全身の各所に咬み傷を受けた体は腕を動かすだけで体勢を崩し、アレスは思わずその場に膝をついた。



 野営の途中、真っ暗闇の中から飛び出してきた灰色狼の群れ。

 食事中であったアレスは突然のことに驚きながら、三人の少女達に叱咤されて我に返り、なんとか応戦する事ができた。


 だが、普段から狩り慣れているはずの獣達は今日に限って妙に手強く、幾度も傷を負わされ辛うじて生き延びている状況だった。



「こんな雑魚相手になんでこんなに疲れるんだよ……おい、お前ら! しっかり援護しろよ!!」



 苛立ちのあまり、自分の背後の仲間達に怒鳴りつける。

 すると、アレスと同じく突如襲ってきた灰色狼を相手取っていたレッカ・ナナハ・リリィは、ぎろりと鬱陶しそうに鋭い目を返してきた。



「馬鹿言ってんじゃないよ、この程度の相手に援護なんて必要ないだろ。甘えた事言ってんじゃないよ!」

「ええ、大した敵ではありませんでしたわ」

「うるさい」



 三人とも、返り血で汚れてはいるものの、アレスほど疲弊した様子はない。

 辺りに散らばった灰色狼の死骸の数もアレスが倒した分の倍以上はあり、アレスのようにやたらと傷付ける事もなく、無駄なく一撃で仕留められていた。



「ぐ……ちっ! というよりも、なんで今晩はこんなに大量に獣共が湧いて出てきやがるんだよ。これまでこんな事なかったぞ!?」



 自分よりも多く、速やかに襲撃者達を仕留めたレッカ達に何も言い返せず、アレスは話題を変えて誤魔化しにかかる。

 急に襲ってきたこいつらが悪くて、油断したからだと言うように、ぶつぶつとぼやきながら灰色狼達の死骸を蹴りつけてみせる。





「はぁ? お前何言ってんだ。このくらい普通だろ、連中の縄張りに近づいたんだから襲ってくるのは当たり前だろ」





 だが、アレスのぼやきはさらにレッカ達の呆れを誘った。

 苛立つアレスの態度に、レッカは何を言っているのかと言わんばかりに大きく重い溜息をつかせた。



「……な、何言ってんだよ」

「獣除けの香を焚いても、縄張り意識の強い奴は構わず襲ってくる。いつ来ても遅れをとらないように準備しておくのは、冒険者にとって当たり前の事だろ」



 ぱんっ、と自分の拳を掌に打ち付け、準備万端であった事を示すレッカ。

 隣に立つナナハは錫杖を構え、リリィは弓の代わりに短刀を手にしている。食事中にも関わらず、三人とも予め自分の得物を手に届く場所に置いていたのだ。


 突然の襲撃に、慌てて自分の荷物置き場に飛び込んで剣を取り出したのは、アレスだけであった。



「は……はぁ!? け、獣除けって何だよ! お前、何の話してるんだよ!?」

「お前、今さら何言ってんだ? こんなもん新米の冒険者でもわかってる事だろ。よくそんな状態でここまでやってこれたな……」



 やれやれと肩をすくめたレッカは、アレスに落胆の視線を向けて溜息をこぼす。

 そんな視線を向けられた事のないアレスは困惑し、棒立ちになったままレッカを凝視し続けるだけであった。



「おかしな話ですね。班の頭であるはずのあなたが、何故そんな常識を知らないのですか? 全てご自分で行われていると思っておりましたが……」

「……アレス、今までどうしてきたの?」

「い、いや! だってこれまでずっと、こんな事は起こらなかっただろうが!! 火を焚いても獣が寄ってくるのが当たり前なんて知らねぇよ! 何でお前ら黙ってたんだよ!?」



 ナナハやリリィにも疑わしげな視線を向けられ、アレスは慌てて弁解を始める。

 それはもはや自己弁護と責任転嫁でしかなく、罪を擦りつけられた形になった三人の女達は、アレスに厳しい視線を向け始めた。



「ほーほー、あたしらが悪いってのかい。そりゃどうも悪かったねぇ」



 レッカは目を細め、頬をひくひくと痙攣させてアレスを見やる。

 向けられた眼光の鋭さに、アレスは思わず一歩後退り、しかし矜持が邪魔をしてか逆にレッカを睨みつける。


 レッカは気だるげに舌打ちをこぼし、肩を落としてから口を開いた。



「金の管理、道具の管理はあんたが全部仕切ってただろ。自分がやるって言ってさ。だからあたしらはそれを信じたし、言われるまでもなく準備をしているだろうと思ってたのさ。冒険者の基本中の基本をね」

「なっ……!?」

「それを怠ってなんだい……人の所為にしやがって。ラグナの方がよっぽど働いてたよ、比べちまえばね!」



 ぺっ、と唾を地面に吐きかけてレッカは悪態を吐く。

 返す言葉も出ず、立ち尽くすアレスを睨みながら、他の二人も眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。



「……どうやら、あなたに対する私の評価は大きく間違っていたようですね。騙されました、あぁ……とてつもなく騙されましたわ」

「役立たず……これならラグナといる方がましだった」

「町に戻ったら解散も考えるべきかねぇ……それか、ラグナにいっぺん頭下げておくべきか」



 三人はアレスを苛立たしげに睨み、すぐに興味を失くしたように踵を返して天幕(テント)の方へ戻っていく。


 一人取り残されたアレスは呆然と、心底わけがわからないといった様子で立ち尽くすばかりだった。

 常識知らずと罵られ、追い出した邪魔者よりも役立たずだと言われ、無駄に強いアレスの矜持が苛立つように熱を生じさせた。



「何だよ……何でそんな事言われなきゃならないんだよ! 俺の何が悪かったんてんだよ!!」



 一方的に悪態を吐かれる事を疎み、アレスは目を釣り上げて三人に抗議の声をあげる。


 三人は同時に深い溜息をつき、レッカが再度振り向いてアレスを見やる。

 自分は一切悪くない、間違っているのはお前達だ、といわんばかりの憤然とした態度に、レッカは面倒臭さを感じつつも改めて向き直った。



「今までがおかしかったんだよ。一晩中森に入って一度も襲われないなんてありえねぇ……そういやぁ、普通に戻ったのはいつからだっけ?」

「さぁ……つい最近か、今日になってではありませんか?」

「知らない」

「何も起こらないのが普通になりそうで不安だったし、このままでいいんじゃないかい? 落ち着かなかったんだよな」



 不思議そうにレッカが首を傾げて呟くと、ナナハもリリィも同じように訝しむばかり。

 理由はわからないままであったが、三人とも大して気に止める事もなく、そのうち考える事も億劫になり止めていく。




 ただ一人だけーーーアレスはレッカ達の呟きを耳にし、呆然とその場に硬直していた。




「……まさか、いやありえない」



 脳裏に浮かんだ可能性に、目を見開いたまま首を横に振る。

 おかしくなどないと思っていた状況を、誰もが普通じゃないという。夜中の襲撃を受けた経験のないアレスを、まるで世間知らずであるかのように笑う彼女達に戦慄を抱く。


 敬われるべき自分を嘲笑う女達に憤りを抱き、しかし彼女達のいう常識を否定できず戸惑うばかりだった。



「……! また来る」



 場の空気が尋常ではないほどに重くなり出した頃、リリィの耳がぴんと立ち、森人の少女が突如森の奥底にがばっと振り向いた。



「これが普通だよ。無駄話してないで、さっさと香の用意をしておきゃよかった」

「この際、退く事も視野に入れましょうか」

「だな……」



 レッカとナナハはすぐさま得物を構え直し、森の奥から近づいてくる新たな刺客に意識を集中させる。

 もう誰も、アレスに対して期待も関心も寄せる者はいなかった。





「……嘘だ、そんな、嘘だ……」



 一人、女達の背に守られるような形で取り残されながら、アレスは覇気のない声で呟いていた。

 突きつけられた真実を、全く受け止められずにいるのだ。


 もし、もし彼女達の言う事が真実なのだとしたら、自分がこれまで置かれていた状況が、とてつもないぬるま湯の中にあったのだとしたらーーー。




 自分は英断を下したどころか、とんでもない愚行を下したという事ではないか。




 獣の咆哮が響くその場で、アレスはごくりと息を呑み。

 その考えを力尽くで振り払うように、凄まじい雄叫びをあげて自分の得物を振りかぶり、迫り来る獣達に踊りかかったのだった。



     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



「……これは、事実か」



 手に持った書類を見下ろし、感情を押し殺した低い声で尋ねる。


 広く、豪奢な空間。大理石で造られた見上げるほど高い円形の部屋は、いくつもの芸術品で飾られている。

 部屋の奥には巨大な国旗が、その下には玉座が置かれ、灰色の髭をたくわえた初老の男が腰を下ろし、項垂れていた。



「は、当組合の職員が実際にしでかした失態でございます」



 彼の前に跪くのは、鍛え上げられた肉体を見せつける禿頭の男ーーー冒険者組合組合長ガゼフ。


 深々と頭を垂れた彼は、うつむいたまま何も喋らない初老の男……国王の前で内心戦々恐々としながら次の反応を待つ。

 渡した報告書が、王の手でぐしゃぐしゃに潰されていく様を覗き見て、ぶるりと背筋を震わせていた。



「何故、そのような事態になった」

「本来担当するはずの受付嬢が不在で、別に任せていた者も急な腹痛を起こしたとかで、その穴を埋めていた者が……大変申し訳ありません」

「馬鹿者めが!!!」



 ばさっ!とガゼフの顔に報告書が叩きつけられ、床に飛び散る。

 玉座から立ち上がり、苛立ちをぶつける代わりに書類の束を投げつけた王は、肩で息をしながらガゼフを睨みつけ、声を荒げる。



「あの男の扱いに関しては何よりも慎重になれと言ったはずだ!! 何故そんな馬鹿に任せた!?」

「返す言葉もございません! ですが当組合は常に人手不足で、他の職員も手を離せない重要な案件を取り扱っており……!」

「それをどうにかするのがお前の役目だろうが!! 何を腑抜けた事を言っている!! 馬鹿者め!!」



 だんだんと子供がするような地団駄を踏み、ガゼフの不甲斐なさを詰る。

 言い訳をすればするほど王の機嫌を損ねると悟り、ガゼフはぶつけられる罵倒の言葉に歯を食いしばりつつ、嵐が過ぎる時をじっと待った。


 やがて、王は吠え続ける事に疲れた様子でどっかりと玉座に座り込み、天井を仰いで顔を手で覆った。



「あの男の存在に気づいて()()()…! 多くの犠牲を払いながらなんとか囲い込めた! それをあの糞餓鬼が台無しにしたのはもうどうでもいい……だが国の組織である組合が追い出した事だけは許されん!!」



 どんっ、と玉座の肘掛を殴りつけ、唸り声を漏らす王。

 行われてしまった愚行をなかった事にはできず、今後の行いで挽回するしかない。だがどうすれば汚名を返上できるのか、相手が相手だけに何も思いつかない


 悩み、嘆く王に、ガゼフは深くため息をこぼしながら口を開いた。



「我々は……あの男の扱いを間違えたのやもしれません。あの男の〝天職〟の詳細をを明らかにしなかった事がそもそも……」

「…! そうかもしれん……だが、そうしなければならなかった! 奴を我が国で独占するためには!!」



 王は立ち上がると、玉座から離れて窓辺へと向かう。

 見える城下の街並み。建国から数百年で数万人にもなった大国の風景を眺め、王は顔を険しくさせる。


 ーーーたった一人の馬鹿が犯した失敗一つで、これら全てが無に帰す未来もありえるのだ。



「なんとしても、最低でも、この国からあの男が出ぬようにせねばならん……行方はわかったのか?」

「既に。奴隷商人のギルバートの元にいるようです」

「以前の労働先の一つか……居場所がわかっただけでもいい。ましな状況だ」



 はぁ、と安堵の息を吐き、王は肩を落とす。

 しかしすぐに振り向き、ぎろりと鋭い目をガゼフに向けて声を張り上げた。



「何を対価にしてもいい! あの男をこの国に留めさせろ! 何としてもだ!!」

「御意に……!」





 ばたん、と閉じられた大扉を背に、ガゼフは大きく息を吸い込み、肩を落としながら息を吐く。


 終わった王への報告、というよりも王の愚痴を気が済むまで聞かされる時間が終わり、ようやく肩の力を抜く事ができた。

 だがその事に安堵するよりも、これから対面する問題に対する悩みの方が大きく心を占めていた。



「あいつ、何を差し出したら頷いてくれるんだ…? ……はぁ、とてつもなく憂鬱だ、なんで俺がいる時代にこんな事が起こっちまうのかねぇ」



 がしがしと頭をかきながら、ガゼフは前へと進み出す。

 心が重く、足が鈍くなるのを強く感じつつ、問題を起こした組織の長としての責任を果たすべく、厄介な需要人物の元へと向かうのだった。





「あんな()()()()()()()に接待するとか……死にに行くようなもんじゃねぇか」

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