004:奴隷・上書
ーーー少女はその日、運命に出会った。
生活苦から親に売られて早八年。奴隷商人の元を転々とし、遂にはかつての姿は見る影もないほどに変わり果て、今の場所に流されてきた。
前の買い主はどうやら倒錯的な性癖の持ち主だったらしく、不気味な術を使う何者かの力を借りて、少女に【呪い】をかけた。
その所為で少女の姿は日に日に歪になっていき、見るも無残な姿へと変わり果ててしまった。
醜くおぞましい姿を晒され、少女はそうさせた買い主を、そしてそんな目に遭う自分の不運さを嘆き、呪った。
買い主はそんな少女の姿にひどく興奮したらしく、ねっとりといやらしい手つきで体を撫で付け、股間を膨らませるようになった。
少女が嫌がるとますます興奮するらしく、毎日少女に悪戯をしながら、より一層醜くなるのを待った。
このまま、あの性根の腐った男に穢されるのか……そう不安に苛まれていた少女であったが、やがてある転機が訪れる。
貴族であった男の家に、王国の騎士の捜査の手が入ったのだという。
裏で色々とあくどい商売に手を出していた男は、数々の証拠が発見されると即座に逮捕され、捕らえられていた少女も発見された。
しかし、醜く変貌してしまった少女をどうするべきか、扱いに困った騎士団は誰も少女を保護しようとしなかった。
挙句、どこからともなく現れた商人を名乗る別の男に言われるがまま、少女を引き渡してしまったのだ。
商人の屋敷、その一角にある檻の中に閉じ込められながら、少女は全く月のない自分の人生をこれまで異常に深く嘆いた。
唯一の救いだったのは、仲間ができた事だけであった。
自分と同じく、異形に変じた二人の少女がいる檻の中で暮らし始めて数ヶ月。
暗い顔で俯いていた彼女達の元に、こつこつと近づく二つの足音がある事に気付く。
「ーーーこちらでございます」
足音の主の片方は、自分をここへ連れてきた商人。
だがもう片方は見た事のない男で、少女達のいる檻の前に立つと、ぎろりと不気味な視線を向けてくる。
全身を覆う黒衣に闇の奥底を覗いているかのような暗い目。善人には全く見えない、恐ろしき死神か悪魔かのような不気味な存在感を放つ男。
少女達は怯え、あるいは威嚇の唸り声をあげ、やってきた謎の男に対し警戒心を露わにする。
近づかないでほしい、そんな願いを視線に込め、じっと見下ろしてくる男を見つめ返していた。
だが、彼女達はすぐに思い知る事になる。
自分達は今日この日、死神や悪魔などではないーーー救いの神に出会ったのだ、と。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「こちらでございます」
ギルバートに連れられて、俺が向かったまた別の檻の中には……妙な姿をした女の餓鬼が三人いた。
「……ふっ、うっ……」
「ふーっ……ふーっ…!」
「うー……?」
三人とも、俺が近づくと怯えたり威嚇したり首を傾げたりしてくる。ざっと状態を見てみて、俺は思わず引いてしまう。
一人は一桁くらいのちびなんだが……身体つきに比べて矢鱈と乳がでかい。顔とか背丈は相応なんだが、乳だけ不相応過ぎた。
別の餓鬼は人の体に獣の耳と尻尾が生えていて、その上顔も犬のように長い。他所の大陸に棲まう獣人なる種族かと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
そんで最後のは見た目は大人なんだが、表情とか佇まいが合っていない。俺を見る目がどこかあどけないというか……状況を全くわかっていない様子に見える。
……なるほど、これは確かに厄介だ。
「こいつら、どこで仕入れてきた?」
「ごく最近逮捕された貴族がおりまして……その男の屋敷の地下に」
「……国が保護したりするもんじゃねぇのか、そういうのは」
「見つかった者の中で、生き残っていた者達です。他は皆死亡しておりました。彼女達も見ての通りですので、あのまま放置していればどこに送られていたか」
笑えねぇ話だ……これだから人間って奴は。
「趣味の悪い【呪術】使ってやがる……【成長阻害】に【部分発育】、こっちは【獣化】でこっちは【急成長】。人間の業って奴は悍ましいな」
「まったく」
どういう経緯で、どこの誰がやったかは知らんが……ずいぶん雑な【呪い】を使って体を変質させられているな。
あの乳のでか過ぎる餓鬼は多分、胸部以外の成長を止める術を使って、人工的に幼女巨乳を生み出そうとしたかだな。気持ちの悪い趣味晒しやがって。
こっちの獣人もどきは猫か犬かの獣と混ぜられたか……その所為で知能にだいぶ弊害が出ているようだな。そういうのと遊ぶ趣味の馬鹿にあちこち弄られたか。
そんであのでかい娘は、見た目は二十代だが中身は五歳程度だな。精神をそのままに体だけ大人にして、無垢で無知な餓鬼で楽しもうと思った屑がいたんだろうなぁ。
……まじで気色悪いわ。
自分の性癖を満たすためにここまでやるか、普通。
「これ、やったやつの目星はついてるのか?」
「はい。すでに騎士が派遣され、飼い主共々摘発されております。ただ呪った本人曰く、『ここまで弄った以上元の姿には戻せない』……と」
自分の手に負えない領域まで滅茶苦茶にしやがったのか……こういう奴がいるから、俺みたいな真っ当な立場の〈呪法師〉が肩身の狭い思いをさせられるんだよ。
さて……そんじゃさっさと終わらせちまうか。
「とりあえず次の依頼は、こいつらの処理でいいのか?」
「はい。最低限使える状態にしていただければ……」
「最低限? おいおい、それは俺が仕事で手を抜くと思っての発言か? ーーー最高の状態にしてやるよ」
俺を挑発してくるギルバートを一瞥してから、俺は檻を開けてもらって中に入る。
中にいた餓鬼共は、俺が近づくとより警戒を強くし、中身が餓鬼の女が乳のでかい女に抱きついて震え、獣人もどきの餓鬼が前に出て唸り声を浴びせてくる。
「ひっ!? こ…殺さないで……!」
「おねえちゃん……こわいぃ……」
「ぐるるるるる…! がぁっ!!」
檻の中にいる間に、仲間意識でも芽生えたか、抱き合う二人はなんとなく互いを庇いあっているし、獣人もどきの餓鬼は二人を背に守っている。
……ここまで体を弄られて、玩具にされてなお、誰かを気遣えるのか、こいつらは。
ーーーていうか、こいつらもしかしなくても俺の事、自分達を弄った三流の〈呪術師〉と同類に見てるよな?
「こんなしょうもない事に【呪術】を使う馬鹿と一緒にするな……おら、大人しくしてろ」
「がるるる……ぎゃんぎゃん! ぎゃうんっ!?」
ぎゃんぎゃん喧しい獣人もどきの顔を掴んで、俺の力を注ぎ込む。
獣人もどきの餓鬼がじたばた暴れている間に、俺の力が餓鬼の体に浸透していき、少しずつ見た目に変化が現れていく。
「ぐ……が、ぁ…!」
「ひぃぅう……!」
「や、やめて! その子にそれ以上酷い事しないで!! か、代わりに私を好きにしていいから!!」
他の餓鬼二人が煩いが、俺は手を止めない。
そうこうしているうちに、獣人もどきの餓鬼も大人しくなってくる。その頃には、餓鬼に施していた作業も終わった。
「ぎゃんっ!?」
「はー、やれやれ……素人のくせにややこしい術使いやがって。これに手を加えんの面倒臭ぇんだよ」
どさっ、と床に倒れこんだ獣人もどきの餓鬼を見下ろし、その成果を確認して。
ーーー獣から人の顔に変わった顔を見下ろして、俺は満足の笑みを浮かべた。
「が……ぐ、く……!」
倒れ込んだ獣人もどきが、呻き声を上げて体を起こす。
不調がなきゃいいがと思ったが、見たところ問題はなさそうだな……まぁ、かなり弄ったから多少気持ち悪いだろうけど
おーおー、ぶるぶる震えながら元気に睨みつけてきやがる。
「だ、大丈夫…!? しっかりして…」
「わんちゃん……?」
後ろの乳のでかい餓鬼と中身が幼女の餓鬼が心配そうに顔を覗き込んでいるが……本人はそれどころじゃなさそうだな。
「ーーーこの……くそやろう! あたしに何しやがった!!」
獣人もどきの餓鬼は、ものすごい形相で振り向いて俺に怒鳴ってきた。
違和感を感じている様子もなく、自然な様子でしっかり口を開けて、舌を動かして発生している。
うん、こっちもしっかり成功してるようだな。
「お、お前も私に変な術をかけるつもりか!? ふざけんな! もう二度とお前らなんかに好き勝手させてやるもんか!! 次に近づいたら、お前の首食いちぎってやる!!」
「……!?」
「? ??」
獣人もどき……いや、もう耳も尻尾もないからただの餓鬼だな。
普通に人間の顔で、歯を剥き出しにして俺を睨んで、吠えてくる。全く怖くねぇけど。
それでも後ろの二人を庇おうとしてるあたり、獣から人に戻ってなお忠犬っぽさが抜けきってないな。
直すべきか、このままにしておくべきか……どっちでもいいか。
「な、何だよ! 黙ってないでなんか言えよ! じっと見つめてきて気持ち悪いんだよ!!」
「……わんちゃん、しゃべってる」
「誰がわんちゃんだ!! ……え?」
お、中身幼女の餓鬼に言われてようやく気付いたようだな……どんだけ夢中で吠えてたんだか。
元獣人もどきの餓鬼は自分の顔や体をぺたぺた触って、形を確かめている。
【獣化】の呪いの影響で知能にも影響があっただろうと思ってたが、弄られてる間の記憶はあるようだな。戻ってる……いや、人の顔に変わっている事に戸惑っているようだ。
「……あんた、あたしに何をしたんだ」
「ん? 呪いを上書きしただけだが? 解いたところで変形しちまった箇所は戻らねぇから、新しく書き加えた方が手っ取り早いんだよ」
雑な上に趣味の悪い術だったからな……全部まとめて解けないわけじゃないんだが、面倒だからな。
……おい、この餓鬼質問しておいて全然理解してないぞ。
間抜けな顔で固まりやがって、なんのための回答だったんだよ、まったく。
「さーて、残り二人もとっとと片付けちまうか。今日はもう一件約束があるから、さっさと終わらせておきたいんだよな……」
正直もう面倒だから帰りたいんだが、さっきから呆然と俺を見つめるだけの乳でかちびと中身が幼女の女が残ってるからな。
適当に手を抜けない自分の性分に呆れるよ。
「あ、あの……」
俺が術の上書きを始めようとしたその時だった。
口を半開きにして固まっていた乳でかちびが、不意に躊躇いがちに話しかけてきたのだ。
……なんだ、その尊敬だか恐怖だかよくわからん熱っぽい視線は。何の用だ。
「あなたは……何者なのですか」
そう尋ねられて、俺は面倒臭さで大きな溜息をこぼした。
どうせ二度と会うこともない連中に名乗ってどうなるのか。
無視しようかと思ったが、じっと向けられている視線があまりにも鬱陶しく、かといって無理にやめさせるのも面倒に思えてきて。
やがて俺は、ぼりぼりと頭を掻いてから、深く溜息混じりに口を開いたのだった。
「ーーーただのしがない〈呪法師〉だ」
……頭に「最近追放された」という装飾語がつくがな。