003:本職・奴隷
冒険者組合を出て、南に大体千メイル(1メイル=1.3㎞)先。
街並みがぐちゃぐちゃな……こう、いろんな建て方がごちゃごちゃになったみたいな見た目の家が立ち並ぶ国の一角にーーーいわゆる貧民街と呼ばれる地域に俺はやってきた。いや、戻ってきたと言うべきか?
ここに来るのはどれくらいぶりかねぇ……アレスの阿呆に泣きつかれて根負けしてからだから1年と少しくらいか。
「…んん? あー……どこかで見た顔だな」
「よっ、おひさしぶりで」
途中で見つけた顔未馴染みの飲んだくれのおっちゃんに挨拶して、俺はある場所を探していた。
とりあえず、今後の職場はそこにしようと思ったからだ。
前にもらった紹介状がまだ役に立つといいんだが……それとここの顔役が替わってなきゃいいんだが。
別の奴に替わってたらまた自己紹介に時間を取られるから面倒なんだよな……っと、どうやらその心配はなさそうだ。
俺が向かう先にある、一軒の家……いやもう屋敷だな。
他の家より随分とでかくて作りがしっかりしている、一目で金が懸かっているとわかる……でも真っ当な金持ちにはまず見えない屋敷だ。
「…!? ら、ラグナの兄貴!? いつお戻りで!?」
「ついさっきだ。取り次いでくれるか?」
その屋敷の門の前には二人のがたいのいい男が立っていて、俺が近づいて顔を見せるや否や、一人はびしっと背筋を伸ばして、もう一人は胡乱げに手に持った棒を突きつけてきた。
「何だぁ……てめぇ。何の用だ」
「馬鹿! やめろ! お得意様……って言うか旦那の大事な客だ! 失礼な真似をするんじゃねぇ!! ……ラグナの兄貴、申し訳ねぇ!」
「いやいやいいよ、職務に忠実ないい奴じゃないか」
どこぞの阿呆に見習わせたいくらいだ……根が真面目なんかね?
相方もいつも通りの礼儀正しさで安心したよ。だけどこいつら、顔はどう見ても破落戸なのに仕事熱心すぎるんだよな……顔で人生損してるわ。
「連中との契約が破棄されて、晴れて自由の身になれてな。こっちの仕事に戻ろうかと」
「へ、へい! すぐに取り次ぎやす!!」
ぺこぺこ頭を下げてくる……えっと、門番その一が慌てて屋敷の奥に飛び込む。
もう一人は俺を疑わしげに見つめるままだが……まぁ、追い返しちゃならん相手だってのは理解したんだろうな。何も言わずに見張るだけに留めている。
門番その二に睨まれながら待っていると……不意に扉が開かれ、俺の目的の男が姿を見せた。
「ーーーお久しぶりでございます。〈呪法師〉ラグナ様……またお越しいただける日を心待ちにしておりました」
俺の顔を確認すると、すぐさま深く頭を下げてくるその男……門番二人に〝旦那〟と呼ばれる奴は、にやりと不敵な笑みを浮かべてくる。
貧民街には似合わぬ整った服装に身を包んだ、凄まじく鋭い眼光を持った男。
この辺りじゃ知らない奴はいない程敏腕で、同時に恐ろしく冷酷な面を持つと畏怖されているある分野の商人で、名をギルバート・ヴェルクという。
決して油断を見せてはならないーーーある意味一国の王よりも警戒すべき危険な男である。
「待たせて悪かったな。これからしばらくは本業に戻るつもりだからよろしく頼む」
「願ってもない申し出です。どうぞこちらへ……早速商品の鑑定をお願いしたいのですが」
「あいよ」
俺はギルバートに案内され、屋敷の中に入る。
新入りの門番が唖然とした目で見つめてくる中、俺は振り向く事なく仕事場にお邪魔する。
っていうか、もう商品の鑑定待ちしてたのか?
来たばっかりなのに随分用意がいいな……もしかしてこいつ、俺が班を追い出された事をとっくに知ってたんじゃないだろうな?
……こいつならありえるな。
「お前さん、どこまで読んでるわけ? 実は〈預言者〉の〝天職〟持ちだったりしない?」
「いえいえ……私はしがない商人。そんな英雄の素質など持ち合わせておりませんよ」
どうだかねぇ……まぁ、逆に言えば〝天職〟なしにそこまでの予知をしてのけてるって事で、〝天職〟持ちよりずっと凄いわけだけどな。
〝天職〟なしにそこまでやるとは、恐ろしい男だよ。
「流石はスヴェリニア王国の影の支配者と謳われる男ってわけだ……なるべく敵対しないようにするの大変なんだぞ」
「何を仰いますか。私の方こそあなたを敵に回したくなどありませんよ、〈呪法師〉殿」
「俺は単純な力の持ち主だけど、あんたはえげつない位の策略家でしょうが」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきましょう」
皮肉もきかねぇし、相変わらず底の見えない恐ろしい奴だな……まったく、何でこんな厄介なやつに気に入られちまったんだ。
ーーーまぁ、奴隷商人と契約結ぶような俺が言えた義理じゃないか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「出せ! 出しやがれ屑!!」
「お願い…! 助けて……私何にも悪い事なんてしてないの……冤罪なのよぉ……!!」
「おとうさん…! おかあさーん…! うぇええ…!」
屋敷に入ってしばらく進んで、奥にある階段を一番下まで降りた所。
土を掘って作った空間に、漆喰やら煉瓦やらで壁を作り、そんで無数の格子を取り付けた、いくつもの檻が並ぶ場所に俺とギルバートは来ていた。
おーおー、今回は生きのいいのが入ってるな……あの熊人おっさんとかだいぶ元気だぞ。戒めの鎖ががっしゃんがっしゃん言ってる。
老若男女関係なく、割と見た目がいいのが結構揃ってるな。
最近は不景気らしいが、よくこんなに買ったもの……いや、不景気だからこそこの在庫数なのか。
「これ全部、犯罪奴隷か?」
「半分程度でしょうな。出品者が手当たり次第に手に入れたものをまとめて購入したので。それを含めて鑑定をお願いします」
「思い切った事するねぇ……」
「大半の見た目がいい割りに安かったので」
その思い切りの良さが、儲ける為に必要なのかねぇ?
少なくとも俺は商品がいくらでも、そんな派手な大人買いはできんわ。自分で言うのもなんだがけちだし。
さて……ざっと見た感じ、殺人犯が二、強盗犯が四、窃盗犯が一、そのほか犯罪奴隷六に合わせて犯罪歴なしのが二十二程度か。
真っ当な奴隷売買が交わされてるのは半分以下だな……他は人攫いに遭ったか、自分で自分を売ったか、騙されたか。
「それじゃ早速……こいつは駄目、こいつは良い。こいつは駄目、こいつも駄目、こいつも駄目。こいつは大丈夫。こいつは駄目、こいつとこいつも駄目。こいつは大丈夫。こいつも大丈夫、こいつは大丈夫ーーー」
檻の前に立ち、おれは中にいる者を一人一人指差してギルバートに教えていく。
不当な売買がされた商品だと、あとあと面倒な事になるからな。しっかり鑑定せにゃならん……特に妙に高い身分の奴は別の使い道があるしな。
んー、数えてみると以外と余罪ある奴が多いな……偶然捕まったか? いや、それはありえない。
……となると、正解は一つだな。
「おい、お前俺を試す為にわざと混ぜたな?」
「腕が鈍っていないかと心配しておりましたが……杞憂のようで安心しました。とんだご無礼を……」
「まぁ、別にこんなもん大した労力じゃないけどよ……」
まったく、悪びれもせずに言いやがって。
俺が一年仕事をしてねぇだけで鈍るわけねぇだろ、舐めやがって。
内心苛々しながら、檻の中の商品全員を分別していた時だった。
「お、お願いします…! 私は犯罪者なんかじゃありません! 善良な市民なの! だからこんなところから早く出して……お願いよぉ!!」
一人の女が、格子越しに手を伸ばして俺に助けを求めてきた。
見た感じは清楚な姉ちゃんって感じだな。顔も汚れてるけど悪くねぇし、身体つきも太りすぎず痩せすぎず……まぁ見た目は普通の町人か村人ってところか。
「あ、あなた、私を助けて……助けてくれたらなんでもするわ。私にできる事なら……ど、どんな望みも聞いてあげる。だ、だから、ここから出して……!!」
涙目で、ぶるぶると小動物のように震えながら懇願してくる様は痛々しく弱々しい。
何か、どこかの誰かの悪意によって陥れられたか、手違いがあってここに紛れ込んでしまったのだと言わんばかりの悲痛さに満ちていて、普通の男なら躊躇いと罪悪感を覚えたであろう。
見た目だけは、な。
「この女は窃盗癖があるな。それと虚言癖と嗜虐的嗜好と……どこぞの金持ちの家で貴重品を盗んだ挙句、一人娘か一人息子を虐めて愉しんでたんだろう。
「窃盗癖、虚言癖あり……そして虐待に注意、と。値引きすべきだな、銀貨50くらいにしておくか」
綺麗な顔してやる事えげつねぇな、この女。
俺が全部言ってやったらぎょっと目を見開いて、美人が台無しになったけど。
ふむふむ……ご主人様に不貞を働かせた挙句、信用されてるのをいい事に金庫の中身をばれない程度に抜き取って、その上で何食わぬ顔で奥様とお茶とか飲んでたみたいだな。
そんで二人の子供の家庭教師を引き受けておいて、勉強なんか教えず殴る蹴るの暴行……泣き叫ぶ子供を見てげらげら笑って?
そんで最後は全部ばれて取っ捕まって……怒り狂った奥様に奴隷として売り飛ばされたってか。
「……完全な自業自得だな。そのくせここまで来て自分は悪くないって言ってんの? 往生際の悪い…」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!! 何が自業自得よ! こっちは全身を気持ち悪く撫で回されてんのも我慢してあの家にいてやったのよ!? 何が自業自得よ、私が何の罪を犯したって言うのよ!!」
はい、言質とりました。
俺がため息をついたら、女は顔面を真っ青にさせてがたがたと震えだした。
おいおい、こんな抜けた女に騙されるとか、どんだけ危機感の足りねぇご主人様に仕えてたんだよ。
「こいつに加えて、こいつとこいつも訳あり商品だ。大幅に値引きしておいた方がいいぞ」
「待って……うそ、待ってよ」
「なるほど……はい、確かに。おい! 出荷の用意だ、今印をつけた者を運び出しておけ!」
「いやぁあああ!! 離して! お願い、助けてぇええ!!」
俺が分別した通りに、ギルバートは部下に命じて檻の外に連れて行かせる。
最後まであの女が煩かったけど、屈強な男達に抱えられちゃもう逃げるのは不可能だ。ぎゃーぎゃーとやかましい声がどんどん遠くなっていく。
行き先は《オークション》会場か、あるいは直接売りに行くのか。どちらにせよ、分別に落ちた連中は憐れだねぇ……もう二度と日の目は拝めんだろうに。
「……実に素晴らしいね、君の鑑定は。最早本物の〈鑑定士〉を凌ぐんじゃないかな?」
「凌いでどうなるって話ですけどね。まぁ、〝天職〟頼りで碌な修練も積んでいない素人に負けるつもりはないですが」
俺がそう言うと、ギルバートはふっと不敵な笑みを見せてくる。
いや、別に他の〝天職〟持ちを挑発してるとか馬鹿にしてるつもりはないんだが。ただ事実を述べてるだけなんだが。
「そんじゃあ……仕事が終わったんなら俺は帰ります。またご用がありましたらお呼びくださいな」
とりあえず、この檻の中の奴は全員鑑定済み、と。
毎度思うけど、この程度の仕事で結構な額を貰っちゃってるけど、いいのかねぇ?
アレスの阿呆が追い出してくれたおかげでしばらくは金に困らなそうだし、のんびりやらせてもらえて助かるけどな。
そう思っていた時だ。
犯罪奴隷達を運び出す部下達を見送っていたギルバートが、また俺の方に振り向いてきたのは。
「……実は、もう一つ頼みたい用事があるんだ」
「ん? ……追加報酬は?」
「勿論あるとも。ついてきてくれ、少し厄介な事情を抱えた商品でね」
ギルバートはそう言って、俺に背を向けて階段の方へと歩き出す。
厄介な事情を抱えた……何だ? 奴隷か? あんたの関わるものなんて奴隷以外に思いつかないんだけど。
契約は延長だなこりゃ、はぁ……帰ってさっさと寝ようと思ってたんだけどなぁ。