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001:天職・清々

 俺達が住むこの世界には、〝天職〟と呼ばれる異能の力がある。


 生まれ持つ者もいれば歳を経て発現する者もいるし、死ぬまで何も現れない者もいる。

 そして発現する異能の種類は様々で、強力なものや特殊なもの、ありふれたものから大した事のないものまで、本人の運次第で望む望まないに関わらず与えられるのだ。


 それらがいつ頃から発現するようになったのかは不明なままだが……1000年くらい前にはもう持っている者がいたらしいな。

 昔は少なかったそうだが、今じゃ10人のうち9人には生きてりゃ勝手に現れるらしい。


 例えば、農耕技術に補填がかかる〈農夫〉、狩猟能力が人より高くなる〈狩人〉、医術に関する能力が身につけ易くなる〈医師〉、料理の質が一段階上がるようになる〈料理人〉……などと言った具合だ。


 さらに言えば、これらの〝天職〟には言ってはあれだが上位互換というものが存在する。

 並の〈剣士〉よりも強くなる〈剣豪〉、一つの味を極めるのが主な〈料理人〉の上に座す〈匠〉や〈鉄人〉、他の〈医師〉を纏める〈名医〉ーーーといった具合に、明確な能力差が現れるのだ。


 無論、これらの称号は努力もなしに与えられるものではない。

 己の才能を自覚し、極限まで切磋琢磨する事でようやく〝天職〟は己の物になる。逆に才能を磨かない限り、〝天職〟は芽吹く事なくただ分不相応な名前が残るだけなのだ。


〈農夫〉や〈狩人〉も極めれば優れた才を身につけられ、一生を平凡に過ごすのならば十分な能力を手にできる。

 人々は多少の夢を見つつも、それは自分以外の凄い人間に与えられるもので、自分には何も関係がない……そう自分を納得させて日々を生きている。



 だが、稀に凄まじく強力で、他に二つと無い〝天職〟を手に入れる人間もいる。


 それこそ世界中の人間の憧れの的である〈勇者〉や〈賢者〉、〈聖女〉や〈剣聖〉といった、英雄の名称を被った〝天職〟の持ち主質達である。


 その手の〝天職〟持ちは運命的に波瀾万丈な人生を決定づけられるらしく、良くも悪くも歴史に名を刻まれる事になる。

 俺が昔聞いたのは、その昔に悪逆非道の限りを尽くした国を単独で滅ぼした〈勇者〉とか、逆に人間に裏切られ続けて心を病んで世界を滅ぼそうとした〈賢者〉とか、はたまた神に遣える身でありながら淫蕩に耽り大勢の美男を侍らせた〈聖女〉とか。


 英雄的な才能を持ったとしても、善人になるとは限らない。本人の性格次第で名前顔負けの人物になる事もある。

 本人も望んだわけではないのだが、どう生きたとしても普通じゃない人生を送る事が約束されているんだとか……良いんだか悪いんだか全くわからん類の、天からの贈り物なわけだ。



 それをある宗教の人間は『神の恩恵』だの『選ばれし者の(しるべ)』と呼ぶ事もある……そして大抵、優れた〝天職〟を持つ者を囲って自分達の勢力に取り込んでいる。

 自分達の手駒とする為に、旗印として利用する為に、理由は様々だ。

 手元に置けば後は簡単だ。酒池肉林の極楽を用意してやりゃ、大抵の人間は忠実な犬に早変わりだ。


 反対に大した事のない、または印象の良くない〝天職〟を持つ者には尋常じゃないくらい迫害をする。〝異能〟とか呼んで、『神に嫌われし悪人』とか『前世で悪徳を積んだ愚か者』無茶苦茶言い掛かりをつけてくるんんだわ。

 そんでさらに、その宗教の教会の人間が抱いた悪印象はそのまま信者にも広がり、根も葉もない噂で踊らされた馬鹿によって、不遇な〝天職〟持ちは追いやられていくのだ。

 大抵暴言だの嫌がらせだので済むが、中には過激な者もいて命を狙って来る場合もある……普通に犯罪者として捕まるけどな。


 救いなのは国教じゃない宗派である事かねぇ。

 宗教つっても創世神とか大それたものじゃなく、価値の高い〝天職〟を持った生きた人間を教祖に据えた、根本的に金儲けが目的の似非宗教だし。

 国としても結構迷惑に思ってる奴が多いらしい。が、実質的な被害は受けてないし規模も結構でかいしで、現状は放置する形になってるんだとか。お上には同情するよ、本当に。


 馬鹿が騒ぐだけで、さしたる問題は起こらない。国もまだ大事なっていないから手を出さず、みんなあんまり気にせずに日々を過ごしている。



 ……だがしかし、その一部の困った奴らの勘違いの所為で、一市民である俺は非常に困らされているのだ―――



     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



「ぐっ…! く、くそっ……くそが! あの野郎巫山戯た真似しやがって…!」



 全身に走る、声を発する事さえ真面にできなくなるほどの痺れが、ようやく弱まってきた。

 無様に地面に這い蹲り、呻き声を漏らすだけの屈辱的な姿を晒され、アレスは悔しさに歯を食い縛る。


 せめてもの救いは、ここが人目につかない深い森の中であった事か。



「何だ今のは…!?」

「穢らわしい……これが、あの男の呪術」

「……びりびりする」



 同じく地面に伏していたレッカ、ナナハ、リリィも順々に体を起こし、得体の知れない力で自分達に逆らったラグナに対する嫌悪を強める。


 同時に、班を組んで初めて目にする、明確な効果を持った力に戦慄を抱く

 目立った功績も残さなかった為に、さしたる力も持たぬと侮っていたが、今まさに油断ならない力の一端を見せつけられた。


 驚く一方一同はで、なぜもっと早くこれを教えなかったのかと、さっさと去ってしまったラグナに憤りを覚えていた。



「あの野郎…! 自分の荷物に常に呪いをかけていたのか? 味方にまで攻撃するなんて……なんて卑劣な男だ、ラグナ!!」



 他人の荷物を奪おうとしたから返り討ちに遭った。

 そんな当たり前の結果を考えもせず、全てラグナの所為であると責任転嫁をし、アレスは憎々しげに舌打ちをこぼす。



「あいつ、こんな事ができたのに今まで何もしてこなかったのか…? 仲間をなんだと思ってるんだ、畜生……!」

「……こんな力で手助けされても気持ちが悪いだけですけどね」

「むかつく」



 全員、口々に追い出した男に対する不満をぶちまけ、顔を苛立ちで醜く歪める。

 居るうちに言っておけばよかった悪態をこれでもかと吐き出し、ぶつけどころを失った感情を持て余し、そこらの樹木に八つ当たりする。


 しかしやがて、ひとしきり騒いだ頃に、アレスはにやりと満足げな笑みを浮かべた。



「だがまぁ……これで正式に奴を排除する口実ができた。馬鹿な奴だ、反撃なんてしなきゃ最低限の立場を失わずに済んだのによ…!」



 もっと意地汚く縋りついてくるものだと思っていたが、思いのほかあっさりと去った元仲間。

 あまりにも執着がなかった為、苛立ってつい興味の欠片もない荷物も巻き上げようと思ったのが、それが自分の立場をさらに有利にするとはあの男も思いもしなかっただろう。


 後で泣きついて来てもこれで存分に追い返せる、と不敵に笑うアレスに、不意にリリィが振り向き声をかけてきた。



「……聞きたい事がある」

「あ?」

「なぜラグナを仲間に入れたの?」



 人形のような無表情のまま、不思議そうに首を傾げて尋ねてくる森人の少女。


 その質問に、アレスはむっと不機嫌そうに顔を顰めて視線を他所に逸らす。だが、疑問の視線を向けているのはレッカも同じで、アレスが目を逸らした先で訝しげに顔を覗き込んでくる。



「確かに、何であんな奴仲間に入れたんだい?」

「ラグナは嫌い。気持ち悪い。戦いでもいてもいなくてもおなじ。なのに何故仲間にしたの? アレスが誘ったからって本当?」

「……あの屑の言う事なんか真に受けるなよ」



 納得のいく説明を求め、リリィとレッカが尋ねてくる。

 だがアレスは苛立たし気に体ごと顔を背け、拒否の言葉を吐き捨てる。折角追い出した男について問い質される事に、顔を醜く歪めて拒絶の意思を示していた。



「あいつは俺に懇願してきたんだ! 何でもします、お役に立ちますってよ! 俺も奴が嫌いだったから最初は断ったんだが、奴があんまりにしつこいもんで雑用係として雇ってやったんだよ! 俺の情けを裏切ったのはあいつなんだよ!」



 大きな声で吠え、鼻を鳴らすアレス。それ以外に事実はないのだと声を荒げ、これ以上話を続けたくなどないと子供のような駄々をこねる。

 レッカとリリィはまだ訝しげに首を傾げていたが、元々大して興味もなかった話題故に、そんなものかと適当に受け入れる。わざわざ質問しておいて、実に身勝手な理解の仕方であった。



「……ま、もうあの野郎はいないんだからいいじゃないか。正直何考えてるのかわかんねぇ不気味な奴が仲間は、落ち着かなかったところさ」

「その通りです」



 場の空気が悪くなり出した事に気付き、アレスはぱっと表情を明るくさせて三人の少女達に向き直る。

 邪魔者を排除し、見目麗しい女達に囲まれる環境を手に入れた男は、これからの楽しい日々を期待し胸を躍らせ、気付かれぬように下半身を昂らせていた。


 そしてそんな彼に、〈僧侶〉である美女はどこかうすら寒い笑みを湛えて語り始めた。



「相手は穢らわしき〈呪術〉の使い手……本来であれば捕縛し死罪にすべき醜悪な存在でした。それをアレス様に救われたというのに、恩を仇で返した性根の腐った男です。もはや情けは不要かと」

「えっと……うん、そこまでは言ってないが」

「いや、ナナハの言う通りだ。あいつは俺を裏切った。役目を疎かにして、何度も班の窮地を招いてきたんだ。本音を言えば、俺が直接殺してやりたかったよ」

「ん。あいつ、きらい。さっきのあれで死ねばよかったのに……しぶとい」



 人よりも信心深い教徒にありがちな過激な発言に、レッカはこめかみに冷や汗を垂らして頬を掻く。

 そういえばナナハの属する宗教は、印象の悪い〝天職〟に対して過剰な程の弾圧を行っている集団であったな、と味方の危うい部分に対して不安を抱き、表情を引きつらせる。


 だが、引いているのはレッカだけで、アレスもリリィもナナハの言葉に深く頷きを返してみせていた。



「だが……人殺しは駄目だからな。どんな悪人だって法律で最低限命を守られてる。胸糞悪い話だぜ、あんな屑がのうのうと生きているなんて」

「お望みならば、教会の権限を以ってあの男を異端者として捕らえる事も可能ですが?」

「そこまでやらなくてもいい。どうせ誰にも必要とされない、信じられて貰えない屑だ。勝手にどこぞで野垂れ死ぬだろうよ―――もうあの町で暮らす事もままならないだろうしな」



 もうどこにいるかもわからない陰湿な男が、着の身着のままに彷徨い嘆く様を想像し、アレスははっ!と嘲笑する。

 今回の依頼に赴く前に撒いておいた種が今頃芽吹いている頃合だろう。後でどうなったか詳しく話を聞くのが楽しみだ、と内心で期待に打ち震え、そわそわと落ち着かない様を滲ませる。



「……お腹すいた」



 その時、ふっとため息を吐いたリリィがぼそりと呟き、自分の腹をさすり始める。

 彼女の声に、他の者達も自分の空腹具合に気付き、それぞれでのそりと立ち上がり出した。



「よし、ならさっさと飯にしようぜ! あいつがいなくなった記念にぱーっとやろうぜ!」

「いいねぇ! 酒も出そうか!」

「神よ、あの愚か者の脱退に感謝を……」

「早く食べたい」



 わいわいと騒ぎ、四人で一斉に荷物の中の食料を取りに向かう。

 いつも食事を作らせていた男を追い出した事だけは失態だったかもしれないが、料理程度その気になればすぐにできる、と楽観的に考え調理具を探す。





 ―――邪魔者を排除した事を喜び、状況に酔っていた彼は気づかなかった。

 (クラン)《暁の旅団》において最も貢献していたのは誰で、自分達が如何に怠け、何もせずに彼の恩恵だけを享受していたのかを。


 それを自ら手放してしまった彼らは、最早転落する以外の未来が遺されていないのだという事を。

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