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017:追憶・父母

「……はぁ、やれやれ。ここまで戻ってくるのに随分かかったな」



 宿に戻り、俺は三人娘を俺が借りた部屋に入れ、寝具に腰掛ける。


 まったく……面倒臭い連中に再会するわ、逆恨みで襲われて時間を浪費するわ、散々な朝だったな。

 ただ早くに仕事をして飯食って帰るだけだったはずなんだがなぁ。



「……それで、どういう事なのよ」

「あ? あぁ……あれね」



 アリアに急かされ、シェスカにも視線で問われ、俺はどうしたもんかと考える。


 どこから話したもんか……どう言ったら、と言うか何を話したらいいものか。こいつらが何を聞きたいのかにもよるが、色々ややこしい事になってるから、説明が難しいんだよな。



「あー、お前らが聞きたいのは、俺の身体の事でいいのか?」

「は、はい」

「……話しなさいよ、全部」

「……」

「そんじゃまぁ、一から説明してやるが……面白くはないぞ」



 一応尋ねてみるが、三人ともじっと俺を見つめてきて、全く目を逸らさない。

 最後まで聞くまでここから退かない、と言う謎の決意を感じる。いや、そこまで気負わんでも別にいいんだが……まぁ、いいか。



「俺の〝天職〟が〈呪法師〉ってのは前に話したと思うが……って、そういやこれについてもあんまり話してなかったか?」

「……そうね、全くわからないわ」



 あー、そうさな……じゃあついでに話しておくか。






〈呪法師〉ってのは、要は【呪い】に纏わる全ての事象を操る力だ。


 普通は呪いたい相手の持ち物とか身体の一部を使って儀式を行い、遠隔的に【呪い】を掛ける……体調を悪化させたりそのまま呪い殺したりするのが呪術なんだが、呪法はちょいと格が違う。


 よく間違われるんだが、〈呪術士〉やその上位互換である〈呪術師〉とは違って、物理法則や因果関係なんかも()()()()呪える。わかりやすく言うと術者の望むように弄くれる。

 別に相手の物なんか用意しなくても、名前や顔を思い浮かべたりするだけで呪い殺したり、運気を下げて勝手に自滅するように仕向けたりもできる。逆もまた然りだがな。


 そして単純に他人を呪うだけじゃなくて、他人が掛けた呪いを解いたり、逆に強化したり、【呪い】が関わっていれば相性とか強弱とか自他なんざ関係なく強制的に弄る事ができる。

 あと、加減によっては術者本人が死んでも【呪い】を半永久的に持続させる事もできるな。俺はまだ死んでないから事例はないけど。


 今の所、この〈呪法師〉という〝天職〟を有している人間は俺以外に見た事がないから、他にできることがあるかもわからんが……力の構造は大体こんな感じだな。





「ちなみにだが、お前らの肉体の変貌を弄ったのも俺の【呪い】だ。元の顔形を知らんから、戻したわけじゃなくもう一度変えただけって事になる……悪いなシェスカ、神の偉業でもなんでもないんだわ」

「……いえ、それでも私は……」



 神様神様呼んでくるこいつに黙ったままなのも気分が悪かったんで、この際だからきっぱり言っておく。俺、そこまで万能じゃないし清らかな存在でもないんだよね。


 落胆されるかと思ったが、なぜかシェスカはほっと安堵したような表情を浮かべている。


 ……何で?



「……それで、あんたが刺されても死なない理由は?」

「ん? あぁ……餓鬼の頃に、そう言う風に自分を呪っちまったもんでな」

「自分を……?」



 んー……餓鬼の頃のやらかし、て言うか失敗を語るのはどうも抵抗があるんだが、言わないと駄目かね。

 本当に思い出すのも嫌な……小っ恥ずかしい失態なんだが。



「……【呪い返し】ってのがあってな。術者が未熟だったり、掛ける相手に【呪い】に対する耐性とか防止用の道具なんかがあると、掛けた【呪い】がそっくりそのまま跳ね返る場合があるのよ」

「それって……」

「俺も餓鬼の頃は未熟だったからな。【呪い】が普通に成功する場合もありゃ、失敗して何も起こらない事も、自分に掛けちまった事もある……まぁ、黒歴史って奴だな」



 ただ腕が未熟なだけなら良かったんだが、俺の場合は何というか……生まれ持った〝力〟が特殊な家に強力すぎたんだよな。


 感情の昂り……餓鬼の癇癪で勝手に他人に【呪い】を掛ける事もあったし、危ない目に遭うと即〝力〟を放っちまった事もある。

 その度に掛けた【呪い】を解いて回ったもんだったが、今思うと本気で恥ずかしい失態だった。



 その所為なんだよな……俺がこうなっちまったのは。





「ーーー俺は、親父を呪ったんだ」





 どのくらい昔の事だったか……もう随分経っちまったんで覚えちゃいねぇが、最低でも三百年は前だったかな。


 当時にゃ珍しくねぇ、貧しい父母子三人の家族の、つまらねぇ話だ。





 俺の親父は、はっきり言って屑だった。


 昔は大工だったらしいが、事故で腕を怪我してからは呑んだくれるようになり、自分の不満を他人に……特に俺やお袋にぶつけるようになった。


 それだけなら同情の余地はあったんだが……さして腕も良くなく、事故の原因も親父自身の不注意であり、どこからどう見ても自業自得の怪我であったという。


 詳しい事は親父の元仕事先の人間の機嫌が悪くなるので聞けなかったが……。

 時折聞こえてきた噂話の中にあった『浮気』だの『寝取り』だの『上司の妻』だの『部下の恋人』だの『借金』だの『横領』だのの単語で大体の事は察せた。

 齢五歳にして、俺は大人の汚い世界をこれでもかと思い知る事になった。


 うちに帰っても酒ばっか飲んで、酔っ払って俺とお袋に乱暴するような奴だったし、驚きゃしなかったがな。



 ……で、一応の一家の大黒柱の働きがなくなり、その皺寄せは俺とお袋に来る事になった。

 親父の稼ぎは親父の酒代になっていて、俺とおふくろでそれぞれ仕事をして何とか生計を保っていたんだが、その均衡は一気に崩れる事となった。


 飯は晩の分しか出なくなり、服も古いまま洗濯もままならず、俺もお袋もがりがりに痩せていった。

 そんな状況なのにあの親父は、俺とお袋の稼ぎをほとんど酒代に変えるもんだから、穴の空いた柄杓で水をすくうような状況がいつまでもいつまでも続いた。

 そんで腹が減ったと喚き、酒が足りねぇと暴れるもんで、俺もお袋も全身青痣だらけになったもんだ。


 何度殺してやろうかと思ったか。それでも血の繋がった親父なんだと、餓鬼らしく良心が働いていたけど。



 ……え?

 そんなに酷い家だったならだれかに助けを求めりゃ良かったんじゃないのかって?


 俺がその時いた村は貧しくてなぁ……他人を気遣う余裕なんかそこまでなかったんだよ。

 そもそも親父の悪名が強すぎて、関わる事すら忌避されてたからな……あの家族に関わったら破滅するぞ、近寄るな、目も合わせるな、って感じでな。


 実際、酔った親父が無理矢理押し入って、脅して金を毟り取ろうとした事もあったらしい。すぐにその家の旦那に叩き出されたそうだけど。


 ……それで捕まってないのはおかしいって?

 捕まえるまでもなく弱かったみたいよ、あの親父。それ以来やらなかったみたいだし。



 それで、あー……どこまで話した?


 あぁ、そうそう。貧しかった家がもっと貧しく大変になったんだった。

 お袋も昔はもっと誠実に見えて惚れていた男の為だって、毎日一言も文句も言わず働いていたんだが……我慢の限界に達したんかね。


 唯一自分に優しくしてくれる男がいて、そいつに悩みを相談するようになったらしいのよ。

 お袋はその頃随分窶れちまってたが、元が美人な上に若くして夫婦になったから綺麗さは残ってて、親父のものになった後も割と大勢に好かれててな。親父の目を盗んでこっそり会ってたらしいのよ。


 お袋も最初は迷惑かけられないって拒んでたらしいが……気が滅入ってたのと内心嬉しかったのとでそいつに惹かれ始めたらしい。


 ……言っておくが、お袋とその男に肉体関係はなかったぞ。ただ相談する仲だった。


 だがまぁ……親父がそれを知っちまって、怒り狂った。

 自分の物を奪う下衆と裏切った最低な女に見えたんだろうな、実際は自分がそうなのに。



 自分の妻とその相手を刃物で滅多刺しにして殺しちまったのよ。



 流石に俺も魂消たわ、家に帰ったら部屋中真っ赤なんだもの。

 お袋は本気で逢引じてるつもりなんてなかった。相手の男が何考えてたかは知らねぇが、親父を捨てるつもりなんてさらさらなくて、むしろどうやったらまともになるかってのをずっと考えてたぐらいだ。


 だが、親父はそれを信じなかった。

 お袋の話す真実を、全部その場凌ぎの嘘、言い訳だと思い込んで切れちまった。



 そして親父は俺に……血塗れで横たわったお袋と相談相手を踏みつけにして、真っ赤に染まった顔で俺に振り向いてこう聞いてきた。


『お前も、俺を見下すのか……!?』


 そう言って、親父は俺にも刃物を向けて突っ込んできた。



 普通なら、ここで俺も死んで、流石に親父は殺人犯として村で捕まって、場合によっちゃ死罪になって、一家全員お陀仏って終わりなんだろうが。

 生憎うちの場合は普通じゃなかった。


 親父の凶行には、俺も日頃から不満を募らせていた。他人に何と言われようが、自分の手で殺してやりたくて仕方がなかった。

 そうしなかったのは、一度は親父を愛したお袋がそれを望んでいなかったからに他ならない。


 そしてそんなお袋の想いを踏み躙り、命を奪った親父を前にして……俺も完全に切れた。



 丁度その時だったな……俺の〝天職〟が目覚めたのは。

 俺は無意識のうちに〝力〟を発揮し、親父に向けて【呪い】を掛けた。


『地獄の苦しみを永遠に受け続けろ』っていう、今思えば甘い内容だ。


 途端に親父は腹を抑えて倒れ込み、悲鳴を上げてその場を転げ回った。

 もう完全に正気を失っていて何言ってるのかわからなかったんだが、『痛い』とか『苦しい』とか『熱い』とか『気持ち悪い』とか、いろんな苦痛を一気に味わってる事はわかった。



 それで終わったら満足だったんだが……問題はそれが俺にも襲いかかってきた事なんだよな。

 まず腹を刺されたような痛みがあって、次に全身を火に焼かれるような熱さがあって、押し潰されるような圧迫感や目を回したような気持ち悪さが襲ってきた。


〝人を呪わば穴二つ〟って言葉の通り……初めて〝力〟を使った俺は、自分自身をも呪っちまったんだ。



 それからずっと、俺と親父は苦しみ続けた。

 俺が掛けた【呪い】を解ければそれで解決したんだが、掛け方も無意識だったのに解き方なんてわかるはずもなくてな、一年くらい続いたな。


 そんでそのくらい経つと……俺はその苦しみに()()()

 親父は未だにのたうち回ってたが、俺は最初の頃ほど苦痛を感じなくなっていた。途中で感覚が壊れたのかもしれない。



 俺はしばらく考えると、転げ回る親父を引き摺って山に入った。そして誰も入ってこない険しい谷間で行くと、そこへ親父を投げ捨てた。


 そして谷から延々と悲鳴が聞こえてくるようになるのを確認すると……そのまま家に引き返し、お袋と相談相手の亡骸を抱えて、それぞれ山に埋めてやった。

 親父に対しては特に何もしないで、二人にだけ墓を作ってそこに眠らせてやった。


 そんで俺は村の連中に何も言わず、家の中から僅かながら金目のものを持ち出して、村を出て行ったんだ。

 ……流石にそこに住み続けるのは居心地が悪かったからな。





 その後、親父がどうなったのかは知らないし興味もなかった。

 だが聞いた話によると、故郷の近くの谷からはーーー人の呻き声のような風の音が、ずっと聞こえてくるんだそうな。

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