015:拒絶・忠告
「……あ?」
赤髪が急にぶっ込んできたわけのわからん一言に、俺は思わずそんな反応を返してしまった。
戻って来ないか? 俺が? こいつらの班に?
「……お前、自分がどんだけ仁義を欠いた発言をしてるか、わかってるのか」
「……勿論、虫のいい話だってのはわかってるさ。だけど今のあたしらにはお前が必要だ。詫びが必要なら何度でも頭を下げる。謝礼が必要なら可能な限り出す……せめて、話だけでも聞いてくれ」
そう、深々と頭を下げて頼み込んでくる赤髪……あー、確かレッカだったかね?に俺は少し考える。
おいおい、あんだけ好き勝手罵倒しておいてこの様とか……相当追い詰められてんのか?
「……私は反対ですわ。この男に頭を下げて乞うなど、私の矜持が許しませんわ」
「……いや。謝りたくない」
「っ……お前らなぁ」
謝罪の言葉を口にするのはレッカだけか。他二人はさっきと同じく偉そうな態度のまま俺を見下ろすばかり、厄介な性分はそのままか。
ぶっちゃけこいつらに関わりたくねぇけど、ここで突き放して別れても、わからない事だらけになりそうでもやもやしそうだしな。
……ん?
なんだそこの〈僧侶〉、俺をそんな親の仇でも見るような目で睨みやがって。
「ちょっと……あなた、自分は無関係なような顔をしていますけれど、そもそもあなたの所為ではありませんか」
「は?」
「だってそうでしょう!? あなたがいなくなってからですのよ! 私達に不運ばかりが襲うようになったのは! あなたが私達の班を追い出された腹いせに、何か妙な事をしでかしたとしか思えませんわ!!」
……かっちーん。
流石に来たぞ。温厚な……ってか、大抵の事は気にならない俺でも流石にかちんと来たぞ、この女。
確かにな、多少は罪悪感を感じてるぞ、俺も。
手を貸し過ぎてたってのは認めるよ。だがな、その後の事まで俺に責任を問われても、知らねぇとしか言いようがねぇんだよ。
何があったのかは知らんが、落ちぶれてったのは自分の過失だろうが。
「俺は【呪い】を解いただけだ、契約に則ってな。あの阿保は確かに弱体化しただろうが、最初からそういう契約になってんだから仕方ないだろ。……ていうか、お前らに関しちゃ戦闘中以外は基本的に不干渉だったし」
「白々しい! 汚らわしい魔の〝天職〟持ちの癖して! そんな言葉が信用できるものですか!!」
……対話は不可能だな。アレス並みに話が通じない。
いくらこの女が傍迷惑な教会の教えで育ってて、どんだけ正論を突きつけられても認めない厄介な思考に凝り固まったある種の被害者だとしても。
育てた親が阿呆なせいで阿呆に育った可愛そうな女だったとしても、流石にその発言は見過ごせないぞこら。
……俺だって欲しくて得た〝天職〟じゃないし。
「おい、ナナハ、やめろ」
「やはりあの時排除しておけばよかったのですわ! 不気味で悍ましい〈呪術士〉など放置しておくから、この私があんな悲惨な目に遭いましたのよ!? 責任を取りなさい、この世の塵が!!」
……どうすっかな、こいつ。
ここまで罵られる謂れはねぇし、まったく……ではないが、ほとんど事実無根の冤罪だし、つーか単純にこいつにとやかく言われるの腹立つし。
―――一遍、痛い目見せておくか。
「おいおい、さっきから勝手に何言って―――」
「何言ってんのよあんた! ふざけんじゃないわよ!!」
アリアがぶち切れた。
くわっ、と獣のように目を吊り上げて、肩を怒らせて凄まじい声を発してみせている。
え、お前が怒んの?
「さっきから聞いてたら、あんた達どれだけ自分勝手か自覚してないの!? よくはわからないけど、ようは陰で頑張ってたこいつの努力に気付きもしないで、一方的に追い出して損してるって事でしょ!? ただのあんた達の自業自得じゃないのよ!!」
「……その通りだ」
「それで上手くいかなくなったから、こいつに許してもらって戻って来てもらおうって事でしょ!? 馬鹿じゃないのあんた達!!」
あぁ、うん。
わかったわかった、お前の怒りはよくわかったからちょっと落ち着け。それ言うのお前じゃないから、俺の台詞だから。
なんで無関係のこいつが我が事のように怒り狂ってんの?
……アリアががーっと怒涛の勢いで怒鳴る所為で、俺の苛立ちもすっかり冷めちまったな。上げた拳の振りどころがどっかに行っちまったよ。
「そ、それを踏まえて謝りたいと思って……」
「謝って済むと思ってんなら、相当におめでたい頭ね! こいつの気持ちを何にも考えてない! 他人を自分の思い通りにできるって考えてる屑よ、あんた達なんて!!」
……そろそろ止めるか。赤髪の後ろの二人の目が危ねぇ。
まぁ、俺の言いたかった事全部を言われて不完全燃焼気味だが……言い負かされているこいつの顔はなかなか面白かったな。
「そういうわけだ。俺はお前らの班には帰らねぇから、さっさと失せてくれ……ここで一緒に朝飯を食いたいんなら、好きにすりゃいいけどな」
さっきからずっと、後ろの二人よりも店主のおばちゃんの目の方が怖かったんだよな。
飯を食わねぇんならさっさと出てけ!……と言わんばかりの視線がぐっさぐさ突き刺さって来てんだよ、本当によ。
「……! このっ……人が下手に出ていればつけあがって……!!」
俺がきっぱり藩への再入部を拒否すると、〈僧侶〉の女が目を吊り上げて怒りを露わにし始めた。
え、何? 今お前が怒るような要素があったか?
ていうかお前、今まで下手に出てたか? ずーっと偉そうにぶつぶつぼやいてるところしか見た事がないんだけど。
「おい、やめろってナナハ! ……お前にそう言われるのはわかってたよ。悪かった、もう誘わないよ」
「そんなら最初から誘わんでくれよ」
「悪いな……それだけお前の力を惜しがってるって伝えたかっただけなんだ。すまない」
赤髪はそう言って、後ろの二人に促してから踵を返して歩き出した。
……本当に俺に謝るだけか、赤髪……じゃなかった、レッカの奴は。もっと文句とか言われるかと思ってたのに。
他の三人に比べて真面だとは思っていたが、ここまで義理堅い奴だったっけ。追い出されてから全くそんな風には思わんかったぞ。
「……ってか、お前らはなんでここにいるんだ。ここに組合はねぇぞ」
「っ、あなたがそれを……!」
「やめろっての! ……まぁ、お前を追い出した罰を食らったってところだな」
あん? どういう事だ?
「依頼を終えて、組合に報告に行ったらな……組合長に恐ろしく罵倒されたんだ。あたしらのやった事はどうしようもない屑のやる事だって……そんで、お前を見つけて許してもらうまで戻ってくるなって、言われてさ」
そんで、俺を探してこの数ヶ月間を彷徨って、そんな哀れな姿になったってか。
組合がそんな事を言ったのか?
一冒険者、それも俺みたいな嫌われ者が追い出されたからって、それなりに実績のあるこいつを怒鳴りつけたってのか?
追放なんざ、俺だけじゃなくてこれまで何度も起こってきただろうに……やる気に実力が伴わない奴とか、班の輪を乱す奴とか、上の指示に従わなかった奴とか、その辺の奴らを班が勝手に追放するのはよくある事だっただろうに。
……俺は真面目に働いてたのに追放されたけど。
「あの禿げか、何考えてんだろうな……」
「謝って、頭下げて、できれば連れ戻して来いってさ……できなきゃお前らは契約解除だって。悪い、あたしらがここにいるのはそういう理由なんだ」
ふーん、組合から見捨てられたくなくて、本当は嫌だけど俺に頭を下げに探していたと。
身勝手な……とは思うが、まぁぶっちゃけそこまで怒っちゃいないな。
冒険者なんて堅っ苦しい仕事を辞めるいい機会だったし、あの阿呆の顔を見ずに済むし、追い出されたおかげで気楽になったしな。
「俺は別に―――」
「そんな事のためにこいつの前に顔を出したわけ!? 最低! 面の皮が分厚いにもほどがあるわよ!!」
……おいこら、アリアさんよ。
勝手に喋るのはやめておくれ、俺がまだ喋ってる途中なんだからさ。
……まぁ、俺の代わりに怒ってくれてるようだから、何も言わねぇけど。
「ふーん……お前らも苦労したんだな」
「どの口が……!」
「薄情者」
「おい、やめろって!!」
さて、どうしたもんかなぁ……こいつらとは色々あったが、話を聞く限り同情せんでもない。
そもそも入れを追い出したのだって、あの阿呆に色々吹き込まれた影響とかありそうだしな。……全部が他人の所為ってわけでもないが。
あんまり関わりたくないが……見捨てるのも後味が悪い。
「んー、まぁこの際いい機会だったと割り切ったらどうだ? 組合がその調子じゃ今後も活動を続けていくなんざ難しいだろ。職場を変えてやり直したらどうだ」
「……そう、か。そう、かもな」
疲れ切った顔で、レッカは肩を落として自嘲気味に笑う。
尋常じゃない憔悴ぶりなんだがこいつ。よく見たら後ろにいる二人もかなり疲れ切った顔してるし。
二人が文句を吐いた分の負担を、レッカが引き受けちまった感じだな。
「お前ら二人はどうなんだ? このまま冒険者続けて益があんのか」
「……正直にいうのならば、あまりありませんわね。この国で優れていると評判だというからあの男の誘いに乗りましたが、今では何の未練もございませんわ」
「……正直、もうどうでもいい。家に帰りたい」
はぁ、と大きな溜息をこぼし、視線を落とす〈僧侶〉と〈弓士〉の女達。
相当あの阿呆との旅が苦痛だったようだな。俺がいなくなっただけでどんだけ落魄れてんだ。
「あいつ、そんなに使えなかったのか」
「使えませんわ。口では大きな態度を取る癖に、敵を前にするとすぐ腰が抜けて、力も入らなくなって……しかもそれで怒った失敗を他人に遅つけようとするんですもの、堪ったものではありませんでしたわ」
「……じろじろ見られて気持ち悪かった」
〈弓士〉の森人が……あぁ、リリィだっけ?が険しい顔で吐き捨てる。前に俺に向けていたのより鋭い目だな。
あの阿呆の問題が大きく露出するようになったようだな。
おかげで三人とも、冒険者に対する熱意も執着もほとんど薄れちまっているようだ……嘆かわしいねぇ、その程度で根をあげるとは。
「はぁ……あなたの言う通りです。私、もう疲れてしまいました……庶民に混じり、神の教えを伝えるどこではなくなってしまいましたし、教会に戻ろうかしら」
「冒険者、つまらない。私も森に帰ろうかな」
「そうしとけそうしとけ」
無理して仕事を続ける必要なんてねぇ。人間いつかは死ぬもんだし、人生すべてを金稼ぎに費やしたところで、得られるものなんざさしたる量でもねぇ。
のんびりゆったり生きるのが丁度いいんだろうよ。
「……邪魔したな。今後はもう会う事はないだろうから、改めて言っておく。悪かったな、ラグナ」
「辞めんの?」
「私も、お前の言う通りだと思ってな……長居は無用、さっさと組合から、いや王都からもおさらばしようかと、な」
レッカは苦笑を浮かべ、気怠げに息を吐く二人の肩を叩いて、俺達に背を向けて歩き出す。
再会した時には、かろうじて同じ方向を向いていた気がする三人の眼差しは……すでにもう別々の方向を見ている気がした。
俺がそう思っていると、不意にレッカが振り向き、「あぁ、そうだった」と呟いてから俺に真剣な視線を向けてきた。
「アレスの奴が、お前に対する恨み言を口にしながら街を徘徊してるらしい。お前に身勝手な復讐心を抱いてるようだ……気を付けな」
「……あぁ、そう」
なんとも気が滅入る、面倒臭くて仕方がない内容の忠告を残し、レッカは今度こそ振り向く事なく、俺の知らない何処かへ向かって歩き去って行ったのだった。
これが、俺が一年間所属した班《暁の旅団》の最期か―――虚しくなるほど呆気ねぇな、まったくよぉ。