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014:再会・想起

「……どちら様でしたっけ」



 俺の名を呼びながらこっちにやってきた……なんかちょっと汚れた格好の女達を前にして、俺は眉間にしわを寄せて尋ねる。


 全体的にでかい赤い髪の〈重戦士〉の女と、小柄で気難しそうな〈僧侶〉の女、あと長身で無表情な森人の〈弓士〉の三人組。


 誰だっけ、知り合いにいたかこいつら。



「お……おい、そりゃないだろ。確かにお前には悪い事をしたと思うけど、そんな冗談言うなよ。本当に悪かったと思ってるんだ」

「……」



 俺に声をかけてきた、赤髪のでかい女が焦った様子で頭を下げてくる。

 本気で謝っている風なこいつはともかく、後ろの二人が不満げに俺を睨んできているのが気になるな。俺、何かしたっけ。


 あー、ちょ、ちょっと待ってろ。

 今思い出すから……あー、うん。知ってる奴だ、多分。



 ……いや、駄目だ。本気で思い出せん。



「……悪いんだけど、名乗ってくれるか。どうやっても名前も記憶も思い出せんわ」

「嘘だろ……!? ど、どこかで頭を怪我でもしたのか!? それとも何かの病気か!?」



 うっわ、何かすげぇ心配してくるぞこの女。


 ……いや、ちょっと待て。朧げながらちょっと記憶に引っかかるような気がしてきたぞ。

 あー、確か森で……顔が出て来んが男と何かあったはず。



「……ああ、そうそう。お前らに班を追い出されたんだったか。役立たずだのただ飯ぐらいだの色々言われたっけ……相変わらず名前は出て来ねぇけど、なんかそんな事があったのは思い出したわ」

「……!」



 あー、そうだったそうだった。

 ちょっと前まで冒険者組合に登録してて、そこで何人かと班を組んでたんだった。昔の馴染みがしつこく一緒の班になってくれって煩ぇから。


 ……どうした三人娘。

 急にそんな険しい顔になって、俺の元いた班の連中を睨んだりして。



「くっ……そう言われても仕方がないな。恨まれるような事をしたのはあたしらの方だ」

「……わたくしは間違ってなど」

「……悪くない」

「おい! やめろお前ら!」



 一人は滅茶苦茶悔やんでるっぽいが、他二人は全然そんな風に見えんな。謝るこいつと一緒にされたくないって雰囲気をびしびし感じる。


 ……いや、別に恨んでねぇんだけど。



 とか思ってたら、急にやってきた連中に訝しげな視線を向けるアリアが、俺の耳元に口を寄せてきた。



「……ねぇ、こいつら誰よ」

「昔の同僚。色々あって別れた」

「ふーん……」



 シェスカもルルも困惑気味に……いや、若干警戒気味に連中を見ている。

 慣れたかと思っていたんだが、俺以外の奴にはまだ身構えちまうんだろうか。シェスカでさえ、出会ったことと似たような不安げな視線を向けてやがる。


 別にそんな怯える必要ねぇぞ。他二人はともかく真ん中の赤髪はまともだし……多分。



「悪い……あの後、色々あってな。その所為でこいつら、気持ちがささくれ立つようになっちまって……」

「ふーん」



 聞いてねぇ事をいろいろと喋ってくる……あー、レッカだっけ、レンカだっけ。

 案の定、俺が抜けた後の班では問題が起こったらしい。いろいろ世話を焼いてやっていたつもりだったんだが、こいつら誰も気づいてなかったみたいだしな。


 だがこいつらのこの様子、俺がいなくなったってだけでここまでなるか?



「……多分だけどさ、お前が影で助けてくれてたんだろ? お前がいた頃から、ちょっと普通じゃないことが結構あったって気付いてさ」

「うん、まぁちょっとした事ばっかりだったけどな」

「……やっぱりそうか。あたしらみんな、知らない間にお前に甘えてたのかもしれないな」



 赤髪は申し訳なさそうに顔をしかめ、俯いている。

 あぁ、あれか。俺が陰で支えてたのを当たり前のように感じて、その分努力を怠っちまってたのかね。……そりゃちょっと悪い事したな。



 だが正直、こいつなら俺がいる間に気づいてもよかったんじゃないかってぐらいの人格者だと思ってたんだが……見込み違いだったかね。


 まぁ、森人と僧侶に比べりゃましだし、あの班で一番問題があったのはあの阿呆だが。



「そういやぁ、あの阿呆はどこだ? さっきから姿が見えんのだが」



 名前も忘れちまった昔馴染み……碌に鍛錬もしねぇ貧弱の〈剣士〉の男がいたはず。

 ていうか、俺を追い出した張本人で、今頃女だらけの班でよろしくやっているもんだと思ってたんだが?



「あの方は器ではありませんでしたから。私達の落胆に気づくと、勝手に狂ったように笑い出して何処かへ行ってしまいましたわ」

「……気持ち悪かった」



 俺の質問に、僧侶と森人はぷいっと視線を逸らし、吐き捨てるように答える。


 あぁ、やっぱりあいつの駄目さ加減が露出したか。

 狂ったように笑いながらってのがよくわからんが、自分の能力の低さを自覚して、班にいられなくなった感じだろうか……下らね。



「あいつ、昔っから口ばっかでな。でかい口叩いて厄介事に首突っ込むくせに、自分で手に負えなくなったらすぐ他人に押し付けやがる。そんで終わったらそれを自分の手柄みてぇに言いふらしやがって……苦労しただろ、俺が舵取りしなくなってから」

「……あぁ」



 赤髪はがっくり項垂れちまって、吐き出す溜息も随分重い。相当不満を溜め込んでいたようだな。


 他二人も、俺に対する謝罪とかには拒否感を示したままだけど、赤髪の倦怠感については心底道場の視線を送っている。

 そういや、全員若干顔色が悪いな。相当溜め込んでいるらしい。



「私が悪かった……すまん」

「別にいいよ。丁度、俺も辞める時機を探してたし、いいきっかけになったと思うよ」



 元々、性に合わなかったんだよな。

 自由に働ける、とかなんとか言っていたが、冒険者の資格を維持するには毎月一定数の納金が必要だったし、緊急時には必ず出向かなきゃならなかったし、あと単純に貰える金が少なすぎたし。


 今の暮らしが一番……いや、同行者がいなかった昔の方が気楽だったな。


 ……ん? 待てよ?

 なんか一個、重要な事を忘れてた気がするんだが……あ。



「あぁ、そうだそうだ。―――お前ら、あいつの所為で獣が寄ってきて、大変だっただろ。うっかりしてたわ」

「……は?」



 俺が尋ねると、三人とも間抜けな顔で固まった。


 いやいやいやいや、こんなこと忘れてるとか、まじで俺抜けてんな。

 あれか? 長年俺が手を貸し続けてやってた所為で、俺自身も習慣付いちまってたのか?


 うわぁ……あの阿保の事笑えねぇな。



「あいつさぁ、昔っから獣を寄せ付けやすい性質なのよ。懐かれるとかそんなんじゃなくてな、無茶苦茶獣を怒らせる……臭い? とかそういう特殊な臭いを発してんの」

「……な、何を言って……」

「本人は全然気付いてないっぽいんだけどさ、村にいた頃から獣に襲われやすくってさ」



 何かの本で見たような……ふぇろもん、だか何だかいうのが常時発生してるんだとか。


 あいつと一緒にいた村じゃ、真面な医者と科学者とかはいなかったから、村の連中も「変わってるなぁ」ってぐらいにしか考えてない奴ばっかりで長い事、謎のままだったんだよな。


 まぁ襲われるつっても鳥に小突かれたり、野犬に吠えられたりするぐらいだったし。

 子供だったから森の奥には行かなかったし、そこまで危険な猛獣には遭遇しなかったのは幸運か。


 ……問題なのは、そんなあの野郎が俺に妙に絡んで来ていた事なんだよな。

 その所為であの野郎の体質が俺にまで及んで、しょっちゅう小鳥だの鼠だの兎だのに襲われた。傍迷惑な野郎だよまったく。



「仕方がねぇから俺が【呪い】でどうにかしてやってたのよ。上書きっつったらわかるか? 呪い染みた体質に【獣除け】の術式をかけて、普通にしてたのよ……本人に言ってたんだっけ言ってなかったんだっけ、忘れたわ」



 単純な計算だ。不足(マイナス)に零をかけて零に……いや、他にもいろいろ掛けてやってたから不足(マイナス)不足(マイナス)をかけて過剰(プラス)にしてた感じだな。


 言っててもあいつ、普通に忘れてそう。阿保だから。

 ここまで阿保だと痴呆の可能性も……いや、単純に餓鬼の頃の苦労だから思い出さなかっただけか。


 そういう体質だってわかったから、俺が勝手に呪ってどうにかしてやっただけだしな。

 知らない間に解決してて普通の生活が続きゃ、そりゃ忘れるか。



「……お前が、あいつと班を組んでいたのは」

「流石にな? 見捨てるには不憫すぎてな? 無いとは思うけど、【呪い】が途中で勝手に解ける可能性もあったしさ……まぁ、逆に見捨てられてたわけだけど」



 ただの同情だったのさ、あいつとの関係は。

 元々のきっかけはあいつが一人で町に出るのが怖いからって頼んできて……いや、ありゃ頼んでないな。





『どうせお前、こんなちんけな村で夢も希望もなく無駄に過ごすんだろ? だったら俺が使ってやる! 可哀想なお前に、俺の役に立つ機会を与えてやる! さぁ来い! 俺は冒険者になって栄光を掴むぞ!!』





 ……あぁ、うん。

 こんな感じだった気がする。


 ぶっちゃけ俺はあの村でののんびりした暮らしが気に入ってたから嫌だったんだが……一回、自分から手を貸した手前、な?

 放置するのも寝覚めが悪くて……しかもあの野郎、無計画に突撃するし無警戒だし、その度に【呪い】掛けたり助けたり。うわ、思い返してみると俺、どんだけあの野郎の面倒見てたんだ?




 ……あれ、ちょっと待てよ、俺。




「……うん、こうして考えてみると、俺にも反省すべき点ってのが結構ある気がしてくるな」



 ぬるま湯につけすぎた、そういう感覚がある。


 あいつが昔っから阿保で、妙に関わってくる所為で関わらざるを得なくなった。

 一回助けたから……って枷が緩んだ所為か、俺自身もごく普通に【呪い】を使い続けて来てたし。


 よくよく考えてみると……これ、一人じゃ何もできない阿保に夢を見させて暴走させた元凶じゃないか、俺?


 やべ、俺の方こそ赤髪達に詫びるべきなのでは?

 あの阿保を強力な戦士に仕立て上げて、偽りの成果で眼を眩ませて仲間に引き入れたとんでもない悪党じゃないか?



「……いや、俺だけが悪いわけでもないか」



 増長して態度がでかくなったのは、単純にあの阿保の性格の問題だしな。

 役割も自分からやろうとしないから俺がやってただけだし、挙句追い出しやがったし。赤髪達が班に入ってきたのも、本人の選択の結果だし。


 自分で気付けってのも俺の傲慢かもしれないが……俺の仕事を普段から見てりゃ、わかりそうなもんだし。てか別に隠してないし。



「……もっと考えてみたら、俺、割といつも愚痴ってなかったっけ?」



【呪い】で強化したり体質を改善させたり……で、並より腕の立つ冒険者になったあいつだけど、力でごり押ししがちな所為で毎回俺が援護する羽目になってたわけで。


 いい加減それが鬱陶しくなってきてたから、何回か注意してた……筈、だが。



『あ? お前、俺の力がお前のお陰だとか思ってんの? 馬鹿か! 俺の実力に決まってんだろうが! 妄想してんじゃねぇよ、気持ち悪い!!』

『あ? 誰に指図してんだこの役立たずが! 俺の戦い方が下手だってのか! 舐めた口きいてんじゃねぇぞへぼ術士が! お前に居場所を与えてやってる俺の気遣いを無碍にするとは言い度胸だ! 今回のお前の報酬なしな!』

『てめぇ! レッカ達の前で俺を扱き下ろしやがったな!? ふざけんなふざけんなふざけんな! お前の功績なんざひとっつもねぇんだよ! 俺の金魚の糞やってるだけの雑魚が! 屑が! 死ねよ滓!!』



 ……言ってるな、俺。でもあいつ全く聞いてなかったな。

 冒険者初めて一月経つか経たないかでこんな感じだったよな。見えない所で無茶苦茶罵倒してきてたし……もうびっくりするぐらいの逆上せっぷりだわ。


 てか、え?

 俺が【呪い】で強化してやってるだけでこうなる? 慣れって怖っ。


 ……逆によく俺、あの阿保の所に一年もいたな。



 俺が昔を想って黄昏ていると、それまで俯いて目を逸らしていた赤髪が、何やら真剣な眼差しを向けてきているのに気づいた。


 え、なに、と戸惑う俺に、赤髪は深呼吸を一つしてから口を開いた。





「なぁ、ラグナ―――もう一度、班に戻ってこないか?」

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