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013:歯痒・無欲

「あたし達、これでいいのかな」



 主人に言われるがまま、金持ちの屋敷の部屋の前に身を隠し、侵入してきた盗人が勝手に沈黙しているところを縛り上げるという、あまりにも単純な作業を終えた後の事。

 主人が使っている部屋の隣の部屋で、三人の少女がそれぞれ休んでいた時の事。


 主人に貸し与えられた部屋の寝具に腰掛け、片膝を抱えたアリアがぼそりと呟いた。


 神妙な表情で、虚空を見下ろす奴隷仲間の憂いを帯びた呟きに、シェスカとルルは戸惑いの眼差しを彼女に送った。



「……お気持ちはわかりますけど、神様がお望みになった事ですよ。あの方のご慈悲でお側に居させてもらって、行いのお手伝いをさせてもらっているだけでもありがたい事なのだと……」

「だけどこれじゃ、何の為にいるのかわからないじゃない!」



 困り顔で、笑みを浮かべて宥めるように語りかけてくるシェスカに、アリアはわっと声を荒げる。

 驚いて口を閉ざしたシェスカを睨みつけ、しかしすぐに我に返り気まずそうに視線を逸らす。



「……あたし達は、奴隷よ。攫われたとか捨てられたとか、経緯は違ってももうお金で売り飛ばされた商品。買った人の道具よ」

「……それは」

「受け入れてるわけじゃない。奴隷なんて嫌だって、今でも思ってる……普通の奴隷の扱いとまるっきり違うけど、奴隷という立場にいたくはないわ」



 呟き、アリアは自分の手を見下ろす。

 商人の元にいた時と変わらない、大した傷もない普通の手。重労働をした事がない……いや、させてもらえた事がない、どこぞの令嬢のような世間知らずの手だ。



「でもこれじゃ、道具どころか置物よ。何の仕事も任されなくて、ただご飯を食べて寝るだけで必要ともされないなんて、奴隷どころか愛玩動物でさえないわ」



 これは優しさなのか、ただ人と関わりたくないだけなのか。

 謎多き男の持ち物になってしばらく、彼の心を感じ取れた事はただの一度もなく、悶々とした気持ちを持て余すばかり。


 憂いを帯びた顔で俯くアリアを見やり、シェスカも深い溜息をこぼした。



「……そうですね。私もあの方の癒しになりたくて、忍び込んでご奉仕をさせて頂こうとしましたけど、あの方の〝力〟で触れる事すらできませんでした」

「……は? え、いや、あんた何言ってんの?」

「せっかく人並みに戻して頂いてこの体を存分に使って頂きたかったのだけれど……あの方はそれを望まれませんでした。それが……とても歯痒いです」



 何やらとんでもない事を呟きつつ、寂しげな目で虚空を見下ろすシェスカ。

 一緒にされたくないと思いながら、アリアは何も言う気になれず先程とは異なる思いで目を逸らす。


 その時、じっと浸りの様子を伺っていたルルがぱちくりと瞬きをし、首を傾げながら口を開いた。



「わたしも、にぃ、すき」

「……はいはい。でもいまはそういう話をしてるわけじゃないからね」

「? ちがうの?」



 状況絵よく理解していない様子のルルに苦笑し、アリアはどう説明したものかと頭を抱える。

 純真無垢な幼子にどう教えるのが正しいのか、と。


 そんな彼女に、ルルは不思議そうに眉間にしわを寄せ、二人に向けて尋ねた。



「にぃにいっぱい、ありがとうっていいたいってはなしじゃないの?」



 そうではないのか、と反対方向に首を傾げるルルに、アリアもシェスカもぽかんと呆けた顔になる。


 すると、やがてアリアはふっと微笑みを浮かべ、ルルの頭を優しく撫でてやった。



「……そうね、あんたにとっては、それが一番大事な事よね」

「? 他にあるの?」

「んー、そうね。ありがとう以外にも、お返ししたいって気持ちもあるわ。何かしてあげたい、とも思うの」



 よくわかっていない様子のルルを後ろから抱きしめ、膝の上に乗せる。

 特に考えて話したわけではあるまい。だがだからこそ飾る事のない本心で、自分の気持ちに正直な言葉を吐けたのだろう。


 余計な事を考えてばかりの自分を恥じつつ、またルルの、三人の中で最も心が幼く純粋な精神の少女を撫でていた時だった。



「……おーい、飯食いに行くぞ。さっさと来い」



 扉を叩く音と共に、件の男が呼ぶ声が聞こえてくる。


 わざわざ奴隷に使わせる部屋に入らず、外から呼びかける無駄に紳士的な主人の声に、アリアとシェスカは思わず小さく苦笑をこぼす。



「あたし達……あいつに何をしてやれるかしら」

「ゆっくり考えましょう……あの方が私達を拒絶する時までに」

「……来ないといいわね、そんな時」



 未だ見えない自分達のやるべき事を考えながら、三人娘は外で待つ主人の元へと、少し悩ましげな足取りで向かうのだった。



          ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



 腹が減っては戦はできぬと、昔の偉い奴が言っていたらしいが……何もしていなくても腹は減るのだから、生物とは面倒だと思わざるを得ない。


 俺はその気になればそこらの砂利でも食っていれば何とでもなるのだが、普通の人間はそうはいかない。

 普通の人間の胃腸は、人間が食べられる物でなければ受け付けないし、味覚という関門が食物以外の物を拒否する。俺も最初の頃はそうだったし、しばらく続けたら慣れたけど。


 だが食物を手に入れるには金が要り、金を得る為には働かなければならない。

 一人で生きるなら金など少しの量で構わんのだが、生憎今の俺には扶養すべき餓鬼が三人もいる。俺が求めたわけではないが、一度引き受けたなら最後まで面倒を見なければならない。

 謝礼があるという誘い文句に乗せられ、ほいほい引き取ってしまったのがそもそもの間違いだろうか。


 ……俺が極悪人なら、他人の事など気にせず放り捨てていたかもしれんが、残念な事に長い時間が経っても俺の感性は一般人とそう変わらないらしい。


 まったく……あの時あんな事しなけりゃ、今頃は楽になってただろうに、俺って奴は。





「……それで、今日はこの後何をするの」

「特に決めていないな。今日の飯代は今朝のうちに稼げてるから、お前らも好きに過ごしゃいい」



 昨日行った所とは別の飯屋で、俺は三人娘と一緒に朝飯を食っていた。

 ここのは味は普通だが、量を多く出す事で人気を博している店だ。恰幅のいいおばちゃんが店主で、いつもがははと豪快に笑いながら大量の飯をよそってくれる。


 育ち盛りの三人娘にゃ最適の店だろう。

 この数カ月でちょっと育ってるようだしな……縦にじゃなくて一部が前にだが。栄養状態が良くなったのが効いてるのかね。



「……あんた、いつもそんな感じなわけ? もっとこう……自分の力で金儲けしたいとか思わないの?」

「んー、あんまり稼ごうとは思わんねぇ。持ってても盗られたら終わりだし、使い道もあんまり思いつかんし、最低限暮らせりゃ文句はねぇな」

「……そう」



 呆れた目で俺を見ていたアリアが、何やら残念そうに視線を落とす。

 そういやこいつ、今朝の仕事の遣り甲斐の少なさに不満を抱いていたな。役に立ってるように思えなかったのがそんなに気に入らなかったか?


 あぁ、周りの人間が働いているのに自分が何もしていないのが居心地悪い、とかいう心境か。


 無理をせんでもよかろうに、難儀な奴だな。



「……そんなに仕事がしたいんなら、好きな所に行って好きな仕事を探しゃいい。俺の不利益にならない限りは【呪い】は発動しない」

「……そういうわけじゃなくて」



 あ? じゃあどういうわけだ?

 金が欲しいとか時間を無駄にしたくないとか、そういう考えがあるんじゃないのか?


 遠慮せんでもいいんだぞ、やりたきゃやりゃあいい。



 そしたら急に、最近発育が著しく縦にかなり伸びたシェスカが、肩を揺らしながらくすくすと笑い出した。



「神様は、本当に無欲ですね。そこは普通、本人の意思を利用して扱き使うところですよ。お金には最低限にしか興味がないんですね」

「……神様が強欲だったらそれはそれで嫌じゃないの?」

「あなたなら、不満なんてありませんよ」



 ……最近のこいつは、妙な態度を取るようになってきたな。

 前は本気で俺を神だと思ってるような、感謝とか安堵とか色んな感情ががごっちゃになって盲目的になってるような感じだったんだが。


 今はなんというか、見た目以上に年上の風格を備えて見える。何故だか知らんが……油断できない雰囲気を醸し出しているように感じる。


 ……相変わらず神様呼びは変わらんが。それをまず勘弁して欲しいんだが。



「? にぃ、食べないの? おばちゃんの料理、冷めちゃうよ」

「……お前は変わらんな。そのままでいてくれ」

「んー……?」



 逆にルルは変化が見受けられない……多少喋り方がしっかりしてきたくらいで、妙な馴れ馴れしさは健在だ。

 そんで、飯を食う時も口の周りがべちゃべちゃになっている……今度作法でも教えるか。将来が不安で仕方がねぇ。


 ただ、最近は何やら考え込む仕草が多くなった気がする。

 何を考えてるのかわからん無表情で、俺をじっと見て思いを馳せているような、そんな姿をよく見かけるようになった。



 三人とも、見た目だけじゃなく中身にも変化が現れ始めている。最初の頃に比べて、落ち着いてきたって事なんだろうか。


 ……どうせ、こいつらともいつかは別れる事になるんだ。

 いつそうなってもいいように、それとなく準備を促しておくか。



「……あとでどこかの職を探してこよう。その中から自分にあったものを見つけりゃいい。そのあとは好きにしろ」

「え、あ……う、うん」

「わかりました、神様」

「ん、わかった」



 とりあえず今は飯だ。残したらおばちゃんに怒鳴られるからな、さっさと食ってさっさと戻ろう。

 仕事も見つける、ってかやらせるってさっき言っちまったし、適当に切り上げて色々終わらせちまおう。



 ……そう、思っていたんだが。



「……!? ラグナ? お前、ラグナだよな!? こんな所にいたのか!」



 不意に、俺達の元に聞き覚えのある声が届く。


 俺は物凄ぇ嫌な予感がして、正直振り向くのも嫌だったんだが……声の主が近づいてくる足音が聞こえ、無視を諦める。


 意を決して、そこにいた三人の女達……全体的に疲れた様子を見せるレッカ、不機嫌そうに顔をしかめているナナハ、弓を手に不貞腐れた様子のリリィに振り向く。



 やっぱりこいつらか。

 こんな所で会うとは思いもよらなんだ……近くに来ていたんだな。あー、えーと……。



 ……あー、誰だっけ? お前ら?

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