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009:悶着・罰降

「おうてめぇ、店主ぅ! こんな糞みてぇな料理出して金取ろうってのか、あぁ!?」



 突然聞こえてきた……不快極まりない濁声。

 奴はどかっ、と椅子を蹴り倒しながら立ち上がり、焼き飯の盛られた皿を机の上に叩きつける。


 声の主は……見るからに質の悪い小汚い男だな。

 周りの客より草臥れた襤褸の服に、皮膚に骨が浮いた体……見た目は三十か四十だが、実際のところは二十にもいっていないようだな。

 そんな若僧が、飯屋の中だというのに喧しく、唾を吐き散らして喚き散らし、挙句店主が態々用意した焼き飯を床に散らばらせている。



 周りの他の客が迷惑そうにしているにも関わらず、だ。



「え、えー……お客さン? どうかしたネ?」

「どうかしたじゃねぇよ!! てめぇの店はこんなくそまずい飯に金を払わせてんのかって聞いてんだよ!!」

「……皆さン、満足してくれてる味だヨ?」

「そこらの素人連中の味覚なんざ知るか!! 俺を舐めてるのか!? ふざけた事抜かしてるとぶっ殺すぞ!!」



 ……ぼちぼちだと言っていたはずなんだが、まだあの手の輩はいるのか。

 ()()()にしてからいなくなったものだと思っていたんだが、考えが甘かったな。



「……にぃ、こわい」

「放っておけ。あれの方をあまり見るな、敵意があると思って向かってくるぞ」

「そんな獣じゃないんだから……」



 ルルが怯えてすがりついてくるが、別段どうもせんでいいぞ。あれはただの雑魚だし……ていうかアリア、呆れているが、癇癪で騒ぎ立てているあたり、獣と称しても過言ではあるまい?


 ……そんでシェスカよ、そんな期待に満ちた目で俺を見るな。何もしねぇ……いや、関わりたくねぇから。



 というか、あの男は馬鹿なのか?

 店主と料理に文句をつけるだけならともなく、周りの客まで扱き下ろすとは……店の中にいる全員の雰囲気が変わっている事に気づいていないのか?


 自分の立場を理解していないあの様子……最近ここらに流れてきた元は裕福な家出身のお坊ちゃんといったところか。



「……! 何だてめぇら! そんな目で俺を見るんじゃねぇ!! 俺を誰だと思ってる!? お前らが見下していい人間じゃえぇんだよ!! 俺は……俺は! こんな屑共の集まる場所にいていい人間じゃねぇんだよ!!」



 周りの視線の鋭さに気づいた男がまた唾を吐き散らして吠える……適当に言ったのに当たってたわ。

 あの言動と思考のせいで実家を追い出されたか? それとも家ぐるみで悪事でも目論んであ失敗したか……どちらにせよ自業自得なのは間違いなさそうだな。


 ……おっと、穏やかに応対していた店主の雰囲気が変わり出したな。そろそろこの茶番も終わるか。



「……私の料理が気に入らなかったのなラ、それは仕方ないヨ。でもネ、他のお客さんを馬鹿にするのは許さないヨ。みんな私の料理を美味しいと言ってくれるいい人達なのヨ」

「舌が腐った屑共なんざ知らねぇっつってんだろ!! そんなもんどうでもいい! 俺を不快にさせた侘びをしろ!!」



 ……ああ、禁句を口にしたな。

 困り顔で難癖をつけてくる男と向き合っていた店主の顔が、一瞬で無表情になった。


 客と相対する時は必ず笑顔を心がけているあいつが、だ。



「……その理屈だト、あんたにもお客さんを不快にさせたあんたにハ、もっと深く謝ってもらわなきゃならない事になるネ。それでいいノ?」

「あぁ!? てめぇ馬鹿にしてんじゃねぇぞーーー!!」



 店主の言葉にびきっ、と目を吊り上げた男が店主の襟首を掴み、拳を振り上げる。

 生っ白い手だな……喧嘩なんざした事なさそうなぬるい拳にしか見えん。金で雇った他人任せで自分は何も手を出さない弱虫の拳だな、ありゃ。


 あ?

 何だアリア、そんな必死の表情でしがみついてきやがって。



「ちょっ……どうすんのよ、あれ! お店の人、危ないんじゃないの!? 友達なんでしょ!?」

「何言ってんだ。知り合いだが友達じゃない」



 そんなに仲が良さそうに見えたのか? 心外な。

 俺はただあいつの飯がそれなりに好みだったから、何回か通ってただけだ。親しくなんぞない。


 向こうが俺を利用する気でいっぱいなのに、馴れ合えるわけがねぇだろ。



「ってか、大丈夫だ。俺が手を出すまでもねぇよ……放っときゃ自然と解決する。……それにな」

「何言って……あ!?」



 俺が全く動かない所為か、困惑ん表情を浮かべていたアリアが声をあげて目を見開く。

 その視線の先で、男の拳が店主に向けて勢いよく振り抜かれ、顔面に炸裂しようとする。


 店の中の客全員があっと声を漏らし、息を呑みーーー





 ぶつりと、男は唐突に……糸が切れた人形のように店主の襟首からだらりと手を離し、その場に倒れ込んだ。





「ーーー俺が()()()にしている店で、俺を不快にさせた奴が只で済むわけがないだろう」



 はっ、と鼻を鳴らして、俺は襟元を正す店主が厨房へと戻るのを待つのであった。

 ……あぁ、力使うの本気で怠い。



「……だから言ったのヨ、ここで暴れたら大変な目に遭うっテ。生きてル~?」



 呆れた顔になった店主がそう言って、足元に崩れ落ちた男の頬を叩く。


 聞こえてはいるだろうが、返事はまず無理だな。

 設置しておいた【麻痺】の術式は割と強力だから……死なない程度に和らげてはいる。心臓まで麻痺させるわけにはいかんからな。



「……っ!? っ……」

「まったくもウ、喧嘩は嫌いネ。だけどあんたみたいな客が来る所為で毎日気が休まらないヨ。ラグナがいなきゃ本当困ってたヨ」



 男は自分の体に何が起こっているのかもわからない様子で、びくびくと全身を痙攣させながら店主を見上げている。

 おぉ、睨む力は残っていたか、思いの外頑丈だな。



「……え? え!?」

「ほぇ~……」

「流石です、神様」



 状況がわかってない奴は他にもいるな。俺のすぐそばで固まっていた三人娘……シェスカ以外の二人も呆然としている。

 ……おいシェスカ、お前何で理解できてんだよ。俺は一歩も動いちゃいねぇし、指先一つ動かしちゃいねぇぞ。何なんだよお前は一体。


 他の客も平然と飯食ってるし……亜lあ、全員前に似たような状況に遭遇したのか。まぁ、常連ならそういう事もあるか。



「毎度助かってるヨ~。ラグナの【呪い】はいつも凄いネ~」

「視界に()が入るのは胸糞悪いからな……それ、よかったら片付けておくぞ。ついでだ」

「本当? 助かるヨ~」



 店主に許しを得てから、俺は一度席を立って地に伏した男の元へ近づく。


 おっと、今度は俺を睨みつけてきやがる。屑なりに誰が起こした事態なのか察したのかね。

 まぁ、あんだけ脅してた相手と親しそうに話してたらわかるか……親しくはねぇが。何をされたのかはわからんが、とりあえず怒りをぶつける先を見つけたようだな。



「お、まえ……おまえ、えの、せいか……!」

「おーおー、もう喋る余裕が出てきたか。こりゃちょっとかける力が弱すぎたかねぇ……だがやり過ぎると死ぬから、力の強弱は悩みどころなんだよな」



 自業自得のくせに、親の仇でも見るような目を向けやがって……どう処分すっかね、この塵。

 普通に潰して跡がつくのも、跡形もなくばらばらにするのも嫌だな。飯屋でそんな事しようものなら、流石に店主に追い出されそうだし。



「どこの坊ちゃんか知らんが、煩ぇんだよ。俺のお気に入りの店で騒ぎやがって……なんもかんも失くしたてめぇが何だってんだ。ただの鬱陶しい塵だろうが」

「お、まえ……!」

「ここにいる時点で、お前も俺達も同じ穴の狢。過去の夢は捨てて、現実と向き合いな」



 ……言ってはみたが、多分何を言っても無駄だな。

 この手の輩は自分にどんだけの非があっても認めず、周りに責任転嫁しまくって罵り続ける。どんだけ間違いを説いても、一切反省する事なく喚くだけの……どうしようもない屑だ。


 案の定、逆上して顔を真っ赤にしながら歯を食いしばってるし。そのうち頭の血管が切れそうな勢いだ。



「おま、え……ころ、してやる……おれ、を、こけに、し、やがっ、て……ころ、す……ころし、て、やる……!!」

「無理無理、喋れても動くのはまず無理だから。俺が良いというまで動けない、そういう【呪い】だから」

「なに、いって、や、がる……!」

「説明する義理はないな。これから先、二度と会う事もないだろうし」

「だ、から……何、言っ、てーーーがっ!?」



 俺は男の顔面に掌を当て、指を食い込ませる。煩ぇからさっさと口から閉じちまおう。


 食い込ませた指先から〝力〟を注ぎ込むと、男はばたばたと麻痺してるはずの両手足を動かして抵抗する。が、ちょっと鬱陶しいだけで俺の作業の邪魔にはならない。

 顔面は絶叫して見えるが、さっさと声帯から封じてやったから何にも音なんて出てこない。あってもまともに使いそうにないし、いいだろ。



「ーーー!? ……!!」

「あーあー、煩い煩い。聞こえねぇけど喧しい。どうせ何も感じなくなるんだから大人しくしてろよ、屑」



 とりあえず思考は邪魔だな。俺の命令通りに動くだけで良いだろ。どうせ何も考えられんし、感覚も消しちまおう。


 俺が全身のそこかしこを弄っていくと、男の体に走っていた震えが徐々に弱まっていく。

 恐怖に強張っていた表情はゆっくりと緩み、何も恐れを抱いていない穏やかな……というか何も感じていない無表情に変じていく。



 ……よし、こんなもんか。

 ぴたりと動きを止めた男を見下ろし、俺は顔面に突き立てていた指を抜き、掌を離す。



「立て。そんで直立しろ」

「……」



 俺が告げると、男は無言で体を起こし、不自然な……見えない糸で吊られ、操られているかのような動きで立ち上がり、俺の前に向いてくる。

 虚ろな目で、一言も発さずに見つめてくる男を眺め、確かめて俺はくいっと顎をしゃくる。



「失せろ。そのまま街の外れの塵置場で掃除でもしてろ。……終わったら別の場所の掃除でもしてろ。俺が覚えてたら元に戻してやってもいい」

「……」



 男は頷く事もせず、くるりと踵を返して歩き去っていく。

 ……うむ、きちんと塵置場に向かっているな。割と適当に弄ったからちゃんと動くかどうか不安だったんだが、問題なさそうだな。


 それはそれとして、やはり塵掃除の後は気分がいい。今後も定期的にやっていこうか。





「やれやれまったく……俺の目の前で粗相なんざしなきゃ、もっと長生きできただろうに。馬鹿な奴だ」

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