000:追放・縁切
はい、性懲りも無く新作です(笑)。
楽しんでいただけたら幸いです。
「〈呪術士〉ラグナ! お前をパーティーから追放する!!」
……野営の準備してたら、いきなりなんか意味がわからん事を言われた。
焚き火を起こそうとしていた、っていうか丁度今起こしてふーふーしてたところの俺にそんな怒鳴り声が響いて来たのだ。
めちゃくちゃ苛ついたけど、大人な俺は一瞬顔をしかめただけで、すぐに怒鳴ってきた相手に穏やかに聞き返してみせた。
「いきなり何言ってやがんだ、お前は」
「これは我ら《暁の旅団》全員の意思だ! お前に我らと共にいる資格はない! 今すぐに出て行け!!」
あ、だめだわ我慢できんかったわ。
どんな聖人でもこんな阿保を相手に冷静でいられるはずなかったわ。
いきなり怒鳴って来たのは、俺ことラグナ・エヴァンスが所属する班の頭・〈剣士〉アレス・ロックフリード。
腰に提げた相棒でバッタバッタと敵を倒す、まぁそれなりに腕のいい戦士だ。
最初の頃はともかく、最近はやたらあたりが強くなったり、話しかけても無視されたりした事もあったけど……追放とか何考えてんだ、こいつ。
「だからさ、追放って何よ。俺、何か悪い事した? お前に誘われて1年……半年だったか? お前との契約通りに頑張って来たよな?」
ものすごい嫌だったけど、我慢して俺はアレスの言葉の意味を問う。
が、アレスの奴は喚くばかりで何も答えねぇ。質問してんだぞこっちは、途中で遮りやがって、話聞けよこんちくしょう。
「何かしたか、だと? それはこちらの台詞だ! おまえと班を組んで1年! お前が何か成果を残したことがあったか!?」
丁度今してるんだが?
お前に言われた通りに野営の準備をして飯の用意をしてるんだが?
まじで何言ってるんだこいつ、その目は節穴か。
……まぁ、こいつの言わんとしてる事は分からなくもないが。
だがそれは最初に忠告したはずだぞ。
「……前も言ったけどな、俺の力は目立たない地味な種類のもんだから、結果が目に見えないのは仕方ない事で―――」
「その言葉を信じた俺が馬鹿だった!! 目立たぬ矮小な力だとしても、さぼって何もしない言い訳にはならん!! 懸命に戦っている俺や他の仲間に申し訳ないと思わないのか!?」
……あぁ、もう駄目だわ。
俺の話聞いてなかったんじゃない。聞いた上で何一つ理解してなかったんだわ、こいつ。
「〈呪術士〉などという胡散臭い〝天職〟に期待を抱く方が間違っていた! よほど暮らしにも困っているだろうと温情をかけてやればこれだ! お前には本当に裏切られた!!」
「……いや、俺は〈呪術士〉じゃなくて呪ほ―――」
「口答えするな! お前の意地汚い自己弁護など聞きたくない!!」
ま~だ勘違いしてんのか、こいつは……本当に話を聞かねぇ奴だこと。
地味な〝天職〟なりに一生懸命やってた俺の努力を丸々無視しやがって……そんなに派手な〝天職〟が偉いのか、〈農夫〉とか〈使用人〉の〝天職〟持ちに謝れ馬鹿野郎。
つーか、何、え?
班員全員の意思だとか言わなかった、こいつ?
「……なぁ、そこのお三方? 頭が何か変な事言い出したんだけど、本当?」
思わず俺は、アレスの隣に立って……っていうか侍っている他の面々に訝しげな目を向ける。
小柄で可愛らしいが実際は二十歳を越えてる〈僧侶〉のナナハ・リトラ・ヴァレンシュタイン。
体はごっついけど胸も尻もそれなりにむっちりしてる〈重戦士〉のレッカ・オルテスカ。
そして細身で長身の森人の〈弓士〉のリリィ・エル……なんとかも一緒になって、大体似たような視線を向けて来ていた。
俺が一人でせっせと野営の用意をしてるところにこの野郎……やる気が下がるような事を言ってんじゃねぇよ。こちとらお前らに押し付けられてんだぞ。
「……詫びはする。だが、もう私達も我慢の限界だ。お前の顔はもう見たくない」
「今までずっと我慢し続けていましたが、無理ですわ。存在そのものが邪悪なあなたとこれまで組んであげたことを感謝して欲しいくらいです。さっさと消えて下さらないかしら」
「気持ち悪い、から、同意」
言葉は丁寧だが、思いっきり俺を睨んでやがる。ナナハとリリィに至っては遠慮がねぇな……レッカは最低限言葉を選んでくれてるぞ。口の悪さじゃ同程度のくせに。
というか、本気か。
長い……まぁこいつらに関してはたかだか1年程度の付き合いだが、それでももうちょっと信頼関係を築けていたと思ってたが……所詮は俺の儚い妄想か。
まぁ、そもそも仲間だと思ってなかったし、別にいいんだけど。
本当にもう……人間ってのは面倒臭いったらありゃしねェ。
「確認するけどアレスよぉ、俺から別に連れてって欲しいと頼んだわけでもなく、お前がしつこく俺に絡んできたってのはわかってるか?」
「……さぁな、覚えていない」
「俺は断ったけど、お前があんまりにしぶといから、契約を結んで渋々付いてった……って事実は覚えてるよな?」
「知らないな、お前のような屑を誘うとも思えんが」
「……あぁ、そう」
なんかもう、こいつの相手すんのも面倒臭くなって来たな。
どうせこいつの発言で契約も自動的に破棄されてるし、あとはもう好きにさせればいいだろ。
「ちなみにだけど……お前らの意見、聞いてもいいか? おれの呪いについて」
少なくとも、阿保のアレス以外は俺の力を理解してるもんだと思ってたんだが……俺の自惚れだったか?
俺、頑張ってたぞ?
強化とか防御とか敵の弱体化とか、あと罠張ったり野営中の準備とか、色々やってたぞ?
「たとえ微かでも、力の強さと有用性は認めている。だが、な……頭では理解していても心身が受け付けんのだ」
「いくら有効とはいえ、呪いですもの。聖なる力を持った私とは相容れない物だったのですわ」
「ラグナの強化、気持ち悪いから嫌い」
「……うん、そうか。まぁ、そうだわな。そう思うわな」
割と個人的な感想……といっても十分正論な反応が返ってきた。
そもそも《呪い》なんてもん、正の方面に働くもんじゃないからな……この反応も当然か。特に女にとっては。
凹んだのは間違いないけど。
「わかったわかった。お前らのお望み通り出て行くよ……あばよ」
「待て。荷物は置いて行け。それは《暁の旅団》の共有物資だ」
……ついに来るところまで来やがったかこの馬鹿は。
別れの言葉でもくれると思ったら、俺の荷物がお前のものだと?
「馬鹿かお前。これは俺がお前に連れてかれた時から持ち歩いてる俺のものだ。渡す謂れはねぇよ」
「黙れ! お前には散々迷惑を被ってるんだ! 慰謝料代わりに貰って何の問題がある!!」
「大有りだわ馬鹿野郎! 俺の荷物だぞ!?」
金の類でも入ってると思ったか!? そんなもん俺が欲しい……じゃねぇや。
俺が持つ荷物を持って行くって事が、どういう意味かわかって言ってるのか?
俺、お前らの前で散々見せたはずなんだけど?
……あぁ、流石にこれにはレッカ達も渋い顔になってるわ。脅しだもんな。
「おい、アレス。流石にそれは……」
「とにかくよこせ! お前には鐚一文渡してやるものか!!」
「あ、やめといた方が……」
「うるさい! 俺のものだ!!」
俺の制止も聞かず、アレスは俺を押しのけて荷物をひったくる。
アレスの奴、何を得意げな顔で笑ってんだ。
こいつごときに奪われるような貧弱じゃないけど、あんまり無茶をすると俺の荷物の方が壊れそうだから離してやっただけなのに。
あーあ、知ーらね。
「はっ! 安心しろよ、お前のガラクタでも可能な限り有効活用してやる! 役立たずのお前は俺達が栄光を手に入れる様を、指を咥えて見てやが―――」
そう、アレスが端正な顔を歪めて吐き捨てようとした時だ。
奴の顔中にぶわわわわわ…!と。
見るからに痒そうな赤い蕁麻疹が無数に浮き出し始めた。
「へ? ……か、痒い! 痒いぃい!?」
だから言ったのに……顔どころか全身の肌を赤く染め、のたうち回るアレスを見て俺は嘆息する。
それこそ、俺が敵に対してやって来た事だぞ。何で覚えてないんだよ。
「あ、アレス様!?」
「え? え?」
「こ、これは……ナナハ! 状態異常解除だ!」
「は、はい! や、『安らぎの光よ集え、我の守護者の苦しみを和らげたまえ』…!」
悲鳴をあげ、体を掻き毟るアレスに女共は全員引いてるようだが、我に返ったナナハがすぐに魔法をかける。
レンカはやっぱり咄嗟の反応がいいな。リリィは逆にこういう時の反応が遅い……レンカが自然に主体になってるな、この班は。アレスの阿保の存在価値って……。
……まぁ、何しても無駄だけど。
「き、効かない…!?」
「それ、毒とか魔法じゃないからな。盗難防止用に掛けておいた【一級呪法・疫魔】だから。治すには呪い解かねぇと駄目だぞ」
「なっ……!?」
おいおい、俺を睨むのはお門違いだぞナナハ。
悪いのは俺の荷物を奪おうとしたアレスだ。俺は正当にそれを防いだだけだし、何も恥じる事はない。
「み、味方にそんなものを……」
「この阿保の事はそもそも信用してないからな、それにお前らも。いざという時の備えは必要だろ?」
「だ、だったらすぐに解け! こんな所で麻痺したままなんて」
「それも織り込み済みだろ、その阿保は。契約の内容通りなんだし、忘れてるそいつの方が悪いんだよ」
最初に散々言っておいたはずなんだがなぁ……俺の事を何だと思ってんだ?
都合のいい道具にしか思ってないのまるわかりだぞ。
「ついでだから、お前らにもかけておいた【呪い】も解除しておく。今までより苦労すると思うけど、まぁ、頑張れよ」
「お、おい、待て!」
「待ちません。これ以上その阿保に付き合ってられんし」
レッカ、ナナハ、リリィに対してそこまで恨みとか不満とかはないけど……その目が気に入らん。しょっちゅう見下した、っていうか嫌そうな目を向けて来てたし。
【呪い】の使い手に何を期待してんだよ、こいつらも阿保か。
俺はこの阿保に巻き込まれて、渋々冒険者になっただけだってのに。
「じゃあな、アレス……それと取り巻きの馬鹿女共。お前らとは今後一生出会わない事を願うよ」
そう言って俺は、1年間色々と面倒を見てやった阿保が率いる班を見捨て、一人街へと帰るのであった。