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4.おかしな屍体(その2)

予めお断りしておきますが、本作の舞台となっているのはいわゆる「剣と魔法の世界」です。我々の住まうこの世界とは異なる法則が働いている事を踏まえた上で、この物語をお楽しみ下さい。

「そうすると……残る問題はこの遺体の死因と……なぜまた墓室になど入っていたかという理由だな」

「理由についちゃ、二とおりの考え方ができるんじゃねぇですかね。自分で入った場合と、運び込まれた場合と」

「……そうだな。自然死なら前者の可能性が、殺害されたのなら後者の可能性が高まるか」

「そうなりやすかね」


 あとは……疫病だと思い込んだ誰かが墓穴に投げ込んだ――って場合も考えられるが……幾ら何でもこりゃ考え過ぎか。墓守に一言(ひとこと)()やぁ済むこったしな。


 てなわけで、俺とアーベントは二人して屍体を(あらた)めたんだが……


「外傷のようなものは見当たらないな」

「これが殺しだってんなら、あとは毒くれぇですかね」

「いや、溺死という可能性がある」

「? 苦しんで藻掻(もが)いた様子はありやせんぜ? どっちかってぇと安らかな死に顔で」

「薬か何かで眠らされて水に()けられたのなら、藻掻(もが)く事無く死んだかもしれん」

「なるほど。……今気付いたんすけどね、これが殺しだってんなら、屍体が運び込まれたなぁ死んだ直後か、もしくは二、三日経ってからって事になるんじゃ?」

「……死後硬直か……」



 ――死後一定の時間を経過した屍体は次第に(こわ)()り、そのままの姿勢で硬直してしまう。これが死後硬直と言われる現象である。

 一般に死亡直後の屍体は筋肉の緊張を失って弛緩した状態になるが、死後一~三時間を経過すると顎や首の周りから硬直が始まる。手の指が硬直を始めるのは死後五~六時間経ってからで、十七~十八時間後には全身の硬直が最大になる。その後、三十~四十時間経つと、今度は逆に硬直が解け始め、七十~九十時間経つと硬直は消失する。

 ただし、このプロセスは気温によっても左右される。例えば夏の暑い盛りだと硬直の持続は三十時間程度だが、冬の寒冷時では二~四日間硬直が続く事もあるという。



「しかし、その場合は()(はん)の様子で判別できるのではないか? ……そもそも、()(ろう)とやらには死斑が残るのか?」



 ――死後に血液循環が停止すると、血液はその場に滞留する事になる。その結果、血液は屍体の下方に沈降し、その部分が色付いて見える。これが()(はん)である。

 死斑は死後数十分で斑点状に現れ始め、時間の経過と共に融合して大きくなる。死後五~七時間頃までは、屍体の姿勢を変えると死斑もそれにつれて移動するが、それを過ぎると古い死斑に加えて新たな位置にも死斑が形成されるようになる。これは、時間が経つと血球内の色素が皮膚組織に浸透して着色するためである。死後十五~二十時間までは死斑が拡がるが、それ以降は――少なくとも地球世界では――屍体の腐敗に伴って死斑は消失する。


 しかし……



「……どうですかね。師匠もそこまで教えちゃくれませんでしたよ。問い合わせりゃ判るかもしんねぇですけど……どうします?」

「いや、まずはこの遺体を(あらた)めるのが先だ」


 ――てなわけで、二人して屍体の衣服を剥いで調べたんだが、


「……残ってましたね、死斑。……これも結界の御利(ごり)(やく)なんすかねぇ……」

「死斑の位置から判断する限り、遺体が動かされた形跡は無いようだな」

(バラ)した後、今と同じような姿勢で放っといた可能性はありやすが……それも不自然ですかねぇ……」

「そうだな。仮にこれが殺人だというなら、遺体の隠し場所として墓室を選んだ理由が問題になる。墓室である以上、(いず)れ開けられるのは解っていた筈だ」

「当座凌ぎのつもりだったんじゃ? 一晩でも隠せりゃ(おん)の字だってんで」

「墓室を開けて中に屍体を持ち込む方が危険だろう。そんな暇があれば自分なら、一目散に逃げ出すな。結果的に今回は墓守の目を欺く事が出来たわけだが、いつ墓守が見廻りに来るか判らないんだ」

「めっかったら言い逃れのできねぇ状況ですからねぇ……」

「遺体の姿勢にも、不自然な点は無かったと思うが?」

「……ですね。ごく自然に壁に(もた)れかかって、そのまんま死んじまったような感じでした」

「外見所見からは事件性無しという方に傾いているが……遺体の内部を(あらた)めさせてもらうか」

「外見はこんなですが、臓腑は腐っちまってるかもしれやせんよ? 毒の検出とかできるんですかぃ?」

「速やかに分解されるような毒でなければ、何らかの形で内部に残留している筈だ。それを期待しよう」



・・・・・・・・



 結果から言うと、アーベントのやつが腹部穿孔って方法で調べたところじゃ、屍体から毒物の痕跡は見つからなかったようだ。断言はできねぇが、多分事件性は無ぇだろうってのが、俺とアーベントの結論だった。



「そうなると……故人はなぜまた墓室になんか潜り込んだのかという事になるが……死期を悟って、他家のでもいいから墓に入りたかったのか?」


 アーベントは首を(かし)げてるが、俺にゃあ別の考えがあった。


「寒さを凌ぐため? 墓の中でかね?」


 アーベントは面喰らってるみてぇだが、実はそうおかしな話でもねぇんだよな。


「墓穴だってぇから奇妙に見えますがね、穴ん中ってなぁ割と(あった)けぇんですよ」



 ――寒冷地で地面が凍る深さの事を、「凍結深度」と言う。

 日本だと六十センチを凍結深度としている事が多いが、場所によっては一メートル近いところもある。逆に言えば、凍結深度より深い場所では、地面が凍結する事は無い。

 冬の地温は外気温よりも暖かい事が多いので、竪穴(たてあな)式住居のような半地下式の住居では、冬の寒さを幾分なりと防ぐ事が期待できる。



「……そう言えば……入り口が階段になっていたせいで気付かなかったが、あの墓室はかなりの深さがあったな」

「少なくとも風は防げやすからね。そこまで悪い場所じゃなかったと思いますぜ。ホトケさんはどうしてかあの墓の造りを知ってたんでしょうよ。ひょっとしたら、これが初めてじゃなかったかもしれやせんぜ」

「……ショックレー卿に聞いたのだが……隣領ではあの形式の墓はそこまで珍しくないそうだ。故人が知っていた可能性はあるな」

「へぇ……話を続けますがね、墓ん中は外よりゃ(あった)けぇと言っても、快適ってのには程遠いわけです。……そんな場所で、やっこさんはどうしたと思います?」

「……暖を採ろうと火を()いたか? しかし、あんな密閉空間で火など()いたら……」

「へぇ。息が詰まっておっ()んじまった――てのがこの一件の顛末じゃねぇかと」

「……自分にも筋の通った説明のように思える。他の者とも相談する必要はあるが、ショックレー卿にはそう報告する事になりそうだ」


 ちょいとおかしな一件だったが、ともあれこれで決着が付いた。


 ……そう思っていたんだがよ……

後を引くような終わり方で申し訳ありませんが、今回の更新分はこれで終わりです。話の続きは次回に持ち越しで。

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