2.おかしな現場
案内された墓場で俺を出迎えてくれたなぁ、ここショックレー騎士爵領にある「癒しの滴」修道会の修道院に勤めている、アーベントって若い修道士だった。俺の事はメスキットから聞いていたらしく、面倒臭そうな案件になると踏んで直ぐに、領主とも相談の上で冒険者ギルドに連絡を取ったらしい。……俺ぁメスキットのやつを恨んだね。
アーベントの隣にいるなぁ、ここの領軍のトップだってぇおっさんだった。名前はホジスンっていうそうだ。腕っ節にゃあ覚えがあるが、頭を使う仕事は苦手らしい。そんなホジスン団長がここにいるなぁ、この一件に事件性があるのかどうかが判らねぇからだろう。領内の保安を預かっている身としては、のほほんと知らん振りもできねぇんだろうな。
そして……この二人の隣に立っておいでなのが、勿体無くもご領主のショックレー騎士爵様だった。騎士爵ってなぁ貴族の中じゃ一番下だってぇけどよ、俺みてぇな下っ端冒険者から見りゃ雲の上のお殿様だ。何でこんな場にお出まし遊ばしたのかね。
挨拶もそこそこに、問題の墓ってのに案内されたわけだが……なるほどね、こりゃギルマスが説明に困るわけだぜ。
墓石の手前に置いてある石の板が、半地下の墓室の蓋になってんのか。……あぁ……地縛霊やってる「賢者」のやつが、「納骨棺」とか「かろーと」とか言ってたなぁ、この半地下の墓室の事かよ。やっと解ったわ。
けど……この石板って結構な重さがあるみてぇだが……
「中にあった屍体は一体だけだ。そして石蓋はきっちりと閉じてあった。これだけの重さの蓋を、中に入った一人だけでしっかり閉じられるとは思えんから、何者かが屍体を放り込んだ後で、石蓋を元に戻したと考えるのが妥当だ」
あぁ……ホジスンの旦那が気にしてんなぁ、そこか。
「ホジスン団長に言われて、簡単に屍体を検めたんだが……少なくとも外傷のようなものは見当たらなかった。それ以上の詳しい検査は、君が到着してからと思ってね」
「そりゃ、お気遣い戴いてすいませんね……」
あー……思い出したわ。そもそも「賢者」のやつが「ニホン」の墓の造りなんて言い出したのも、同じような屍体の事が話に出たのがきっかけだった。
「下手人の詮索をする前に、ちょいと確かめてぇ事があるんですが……お墓ん中に入らせてもらってもよござんすかね?」
おっかなびっくり頼んでみたんだが……領主様はあっさりと許可を出してくれた。で、俺ぁ自分が入れるだけ石蓋を持ち上げて、後ろ向きに墓室の中に入って行った。石蓋の重みは背中で支えてやって、ゆっくりと階段を降りていけば……石蓋はきっちり嵌ったみてぇだが、俺は暗闇に取り残されちまったぃ。ま、直ぐに蓋を開けてくれたんだけどよ。
「いやはや恐れ入った。まさか一人でこんな真似ができようとは……」
「ソロの冒険者だそうだが……これは冒険者ならだれでも知っている技なのかね?」
領主様が少し警戒気味にお訊ねになったんだが、
「どうですかね? 少なくとも、俺は聞いた事がありやせん。試しにやってみたらできただけで」
……「賢者」のやつから聞いてなきゃ、俺だって思いつきゃしねぇよ、こんな遣り方。
「ともあれ……これで事件性は少し薄れたという事か」
「これ以上は屍体の検屍待ちという事ですな」
……俺の仕事はこっからが本番かよ。まぁ、今回は俺一人じゃなくて、アーベントって修道士も一緒なわけだが。
「一応確かめときますがね、このホトケさん、『浄化』は……」
「あぁ、ちゃんと『浄化』済みだ。死霊術師の君には不本意かもしれないが、とある事情があってね」
「事情?」
「その事は後で話そう。君も自分で確かめたとは思うが、毒や瘴気が墓室内に籠もっていないのは確認してある。病毒も残っていないようだ」
「検屍はこん中でやるんですかぃ?」
「いや、異存が無ければ運び出して、然るべき部屋で行ないたい」
勿論、俺に異存なんてあるわきゃ無ぇわな。
「では……墓室内の調査は別の者に任せて、我々は検屍にとりかかるとしようか」
【参考文献】
・芹沢常行(一九八五)墓借り自殺人.「完全犯罪と戦う――ある検屍官の記録」p162-168.中公文庫.
※底本は芹沢常行(一九七五)「完全犯罪との闘い――ある検屍官の記録」文化出版局.